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戴冠から幾月かが過ぎた。
表向き、勇斗は王の側近として、日々の政務を支える立場に収まっていた。異国の王子でありながら、その聡明さと機転を買われ、いつしか宮廷内でも一目置かれる存在になっている。だが、誰も知らない顔が、もう一つあった。
ある夜、勇斗は誰にも告げず、王都の外れにある古い神殿へ足を運んだ。この国の民が古くから崇めてきた、白い蛇を祀る場所だった。
黒色の国では、太陽こそが唯一の神だった。草原を駆ける民にとって、天を巡るあの光だけが、生と死を司る絶対の存在だ。物心つく前から、そう教え込まれて育った。
だが今、勇斗が跪こうとしているのは、その太陽ではなかった。
祭壇の奥、蜷局を巻いた白い蛇の像が、静かに勇斗を見下ろしている。脱皮を繰り返しながら、決して滅びることのないもの――この国の民が、そこに何を見出してきたのか、勇斗にはようやく分かる気がした。
膝をつき、頭を垂れる。
「――俺は、もう」
言葉にしようとして、一度、喉の奥で詰まる。
「太陽の子ではいられない」
誰に聞かせるでもない、ただの独り言だった。それでも、口にした瞬間、何かが自分の中で静かに入れ替わったのを、勇斗は感じた。故郷を捨てるということではない。ただ、これから先、自分が誰のために生きるのかを、この蛇の前で、密かに定めただけだった。
その数日後、月に一度の密会の日がやってきた。
商家の奥、いつもの薄暗い部屋で、監視役の男が書き付けを広げて待っていた。
「此度は、王の戴冠という大事があったな。さぞ、収穫も多かろう」
「……戴冠の儀式そのものは、ただの型通りのものだったよ。目新しい話はない」
「王の周辺の動きは? 新体制で、力を持つ家臣が入れ替わったという噂もある」
勇斗は、記憶の中から慎重に言葉を選んだ。本当のことを、少しだけ。核心には触れないように。
「二、三、名前が挙がってるくらいだ。まだ派閥と呼べるほどのものはない」
実際には、すでに幾つかの勢力が水面下で動き始めていることを、勇斗は知っていた。だが、それを詳らかに語れば、黒色の国がこの国の弱みに付け入る材料を与えることになる。
「歯切れが悪いな」
男が、探るような視線を寄越した。勇斗は、努めて平静を装った。
「王の身辺に近づくには、もう少し時間がいる。……焦って動いて、疑われでもしたら、元も子もないだろ」
それは半分は本当で、半分は嘘だった。慎重を装いながら、勇斗は自分の中に築いた壁の内側だけは、決して男に見せまいとしていた。
「――まあいい。次の報告に期待しておく」
男はそう言うと、書き付けを懐にしまい込んだ。勇斗は、深く息を吐きたい気持ちを堪えながら、平然とした顔でその場を後にした。
夜道を歩きながら、勇斗は自分の胸の裡を静かに見つめ直した。
これは、裏切りだろうか。
故国から見れば、間違いなくそうなのだろう。だが勇斗の中では、もっと単純な理屈があった。誰かを守りたいと願うことが罪になるのなら、その罪を、自分は引き受ける。それだけのことだった。
王の私室に戻ると、書類に囲まれた仁人が、目を擦りながら顔を上げた。
「遅かったですね」
「悪い、ちょっと野暮用で」
もう聞き慣れた言い訳だった。仁人はそれ以上追及せず、ただ小さく笑って、隣の椅子を軽く叩いた。
「疲れました。少しだけ、休憩に付き合ってください」
勇斗が腰を下ろすと、仁人はごく自然に、その肩に頭を預けてきた。表向きは、王と側近。だが、こうして二人きりになったときだけ、仁人は素のままの自分を見せる。
「今日、大臣たちにまた小言を言われました。『陛下はもう少し、威厳をお持ちください』って」
「威厳なんて、お前らしくないだろ」
「でしょう?」
くすくすと笑う仁人の横顔を見つめながら、勇斗は思った。この笑顔を守るためなら、自分はいくらでも嘘をつける、と。
太陽を捨て、白い蛇に誓いを立てたあの夜から、勇斗の中で何かが確かに変わっていた。
これは裏切りではない。
ただ、愛する者のために、生まれ育った場所にすら抗おうとする、一人の人間の在り方だった。
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
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#からぴち
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