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その夜、赤色の国の王都は、鐘の音で目覚めた。
いつもの祈りを告げる鐘ではない。乱打され、途切れることなく打ち鳴らされるそれは、非常を報せる合図だった。
舜太が寝台から飛び起きたときには、すでに窓の外が、橙色に染まっていた。
城下のどこかから、地を震わせるような地響きが伝わってくる。馬蹄の音、怒号、悲鳴――それらが幾重にも重なり合い、もはや何が起きているのか、判然としないほどだった。
「舜太様!」
太智が、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「黒色の国の騎馬軍が……! 東の城壁が破られました」
「そんな、まさか……」
信じられない、というより、信じたくなかった。
着の身着のままで部屋を飛び出した舜太を、太智が後ろから追いかける。廊下という廊下が、逃げ惑う人々でごった返していた。誰かが泣き叫び、誰かが荷物を抱えたまま立ち尽くし、誰かがその場に頽れている。
「父上は? 父上はどこに」
「前線に……! 城壁の守りを、自ら指揮なさっていると」
その言葉を聞くなり、舜太は太智の制止も聞かずに、城壁の方角へと駆け出した。
辿り着いた城壁の上は、地獄だった。
燃え盛る矢が幾筋も空を裂き、崩れた石壁の向こうから、黒い甲冑を纏った騎馬兵たちが、次々と雪崩れ込んでくる。土煙と血の匂いが、鼻の奥を刺した。
その混乱の中央で、剣を振るう父の姿を、舜太は見つけた。
「父上――!」
声を上げようとした、その瞬間だった。
どこからか放たれた矢が、父の胸を貫いた。
驚くほど呆気なく、父の体が崩れ落ちる。舜太は、自分の喉から出た声が、悲鳴なのか、それとも言葉にならない何かなのか、判別できなかった。
「舜太様、いけません!」
駆け寄ろうとする舜太を、太智が力ずくで抱き留めた。
「もう……もう、間に合わんのや! 舜太様まで死んでは、意味がない!」
抵抗する力さえ、いつの間にか失われていた。太智に引きずられるようにして、舜太は炎に包まれる王都を、後にした。
背後で、何かが崩れ落ちる轟音がした。振り返る勇気は、なかった。
城下を抜け、山道に差し掛かった頃には、舜太の足は、ほとんど感覚を失っていた。何のために逃げているのか、それすら分からなくなっていた。
父を失った。国を失おうとしている。これから先、何を拠り所に生きればいいのか――
崩れ落ちそうになったそのとき、舜太の手が、無意識に胸元に触れた。
衣の下、肌身離さず身につけていた、小さな銀細工。月を模したそれに、指先が触れた瞬間、遠い日の声が、耳の奥に甦った。
――本当に運命なら、大人になったとき、それを返しに来て。
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
柔太朗の声だった。
まだ何も知らなかった、幼い日の約束。あの頃は、ただの子ども騙しだと思っていたかもしれない。だが今、その言葉だけが、舜太を現実に繋ぎ止めていた。
「……まだ、死ねへん」
誰に言うでもなく、舜太は呟いた。
「約束、守らなあかん」
傍らを歩く太智が、それを聞いて、静かに頷いた。
「そうです。生きてください、舜太様。……俺が、必ずお守りしますから」
その声には、いつもの飄々とした調子はなかった。ただ、確かな覚悟だけがあった。
夜が明ける頃、赤色の国の王都は、完全に黒色の国の手に落ちていた。
王家に連なる者のうち、生き延びたのは、舜太ただ一人だった。継ぐべき玉座も、守るべき民も、すでにこの手からこぼれ落ちてしまった後で――それでも舜太は、太智と共に、山を越えて逃げ続けた。
胸元の月だけを、頼りにしながら。