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*****


翌日。

終業時間まであと二時間だというのに、今日はまだ馨の顔を見ていなかった。

午前中は馨が外勤で、午後は俺が会議。

馨には会えていないのに、顔も見たくない黛と三時間も同じ会議室にいることが、不愉快でたまらない。

大事な経営会議ではあるけれど、早く終わって欲しかった。

「では、本日の経営会議を終わります」

司会進行役の社長秘書が言った。

俺は社長と副社長が退室するのを辛抱強く待った。

「槇田部長」

声を掛けてきたのは林営業部長。その後ろには、黛。

「この後、少し時間を貰えないかな。新人研修のことで相談があるんだが」

「わかりました。資料を揃えて、伺います」

俺が部屋に戻った時、馨は電話中だった。一瞬でも目が合わないかと三秒ほど見ていたが、馨は手元の資料から目を離さなかった。

今日は金曜日。

何としてでも、今日中に馨と話がしたかった。

その為にも、さっさと仕事を終わらせようと意気込み、営業部長の部屋をノックした。

部屋にいたのは部長と黛。

会議室から戻る前に喫煙室に寄ったのだろう。部屋は煙草臭かった。

禁煙してから、煙草の臭いに敏感になった。


そう言えば、昨日の馨からも煙草の臭いがしたな。


匂いが移るほど馨が黛の近くにいたと思うと、ムカついた。

禁煙して口寂しいからと馨にキスをせがんでいたのが懐かしい。

禁煙して二か月ちょっと。

無性に煙草が吸いたくなった。

違う。


馨にキスしたい。


それが出来ないから、煙草に気を取られる。

「じゃあ、そういうことで。交換する人間の配置は黛君と決めてもらっていいかな」

林部長がネクタイを整えながら立ち上がった。

「この後、接待があってね」

「わかりました。お疲れさまです」と言って、俺は立ち上がって会釈した。

「終わり次第、向かいます」

黛はドアを開け、見送る。

ドアを閉めて振り返った黛と目が合う。ここが職場でなければ、殴り合いになっているであろう、睨み合い。

だが、ここは職場で、俺たちは分別のある大人だ。殴り合いはしない。

多分。

寒々とした空気の中、淡々と打ち合わせを済ませた。

「では、来月一日からこのようにお願いします」

終業時間二十分前。

俺は立ち上がった。

「はい。よろしくお願いします」

目の前の男には言ってやりたいことが山ほどあったが、今はそれよりも馨を捕まえることの方が先だ。

それに、俺は大人だから、職場で自分から喧嘩を売るような真似はしない。

自分にそう言い聞かせて部屋を出ようとした。

「ああ、そう言えば」

わざとらしい声に、仕方なく振り返る。

「さっき桜から電話があって、来月は帰国できないかもしれないそうなんですよ。義姉《ねえ》さんから聞きました?」

馨を『義姉さん』と呼ばれ、虫唾が走る。

「『義姉さん』と呼ぶのは気が早いんじゃないか?」

「安心してください。あなたを『義兄にいさん』と呼ぶことはありませんから」


俺が馨と結婚することはない、と言いたげだな。


「ならば、馨が君の義姉あねになることもないだろうな」


結婚できないのは、俺ではなくお前の方だ。


「それはどうでしょうね。昨日の様子では、あなたとの結婚に迷いがあるようでしたけど?」


迷い……?


「それはそうですよね。次期大臣の息子の嫁なんて、彼女には荷が重すぎるでしょうから」


やっぱり————!


馨は俺の両親のことを知ってしまった。最悪なことに、黛の口から。

「君には関係のないことだ」

「槇田さん。傷の浅いうちに義姉と別れてやってください。あなたとの結婚で立波リゾートに注目が集まることは、彼女が最も望まないことだ。過去を暴かれるようなことがないとも限らない」

黛の言う『過去』が、那須川勲の死を指していることはわかった。

黛がニヤリと君の悪い笑みを浮かべる。

「あなたのご両親も望まないでしょう? 実家に訳ありな嫁なんて」

「訳ありだなんて失礼な——」

「義父の不審死は充分訳ありじゃないですか」


不審死——?


「転落死だろう」

「——だといいですね?」

「そうやって馨を脅したのか」

「忠告、ですよ」

思いっきり、力の限り殴ってやりたかった。

こんな言われようをしては、馨が結婚に尻込みするのは当たり前だ。

「なら、俺からも忠告してやるよ」

だが、今は黛《こいつ》を殴るより馨と話す方が先だ。

「お前が俺のことを知っている以上に、俺はお前のことを知っている。暁不動産の内情も、な」

黛の眉がピクリと動いた。余裕の笑みが消え、不機嫌そうに俺を睨む。

「さて、立波リゾートにとって有益なのはどちらかな?」


不景気の煽りを受けた暁不動産と、次期大臣とのパイプ


両親の肩書を利用したことはなかったし、したくもなかったが、今は何の躊躇いも嫌悪感もなかった。

むしろ、生まれて初めて父親が次期大臣候補であることに感謝した。


黛を黙らせるためなら、いくらでも利用してやる——。


「ああ、そうだ。俺と馨が結婚しても、俺を義兄さんとは呼ばなくていいから。そうはならないからな」

「それはどうでしょうね? 馨が何より大切なのは桜だ。俺が桜の秘密を握っている以上、馨は間違いなくあんたじゃなく俺を選ぶ」


桜の秘密……?


馨が俺に全てを話していないことはわかっていた。けれど、いつか話してくれればいいと、聞かなかった。

だが、状況は変わった。

すぐにでも、俺の両親のこと、桜の秘密のことを話し合う必要がある。

「黛。秘密漏洩を防ぐ目的で社内に防犯カメラが設置されているのは知っているな」

「それが?」

「部長の部屋ここも例外ではないのは?」

黛の表情が曇る。

「写真を持っているのは、お前だけじゃなさそうだな」

怒りに震える黛を尻目に、俺は営業部長の部屋を後にした。

共犯者〜報酬はお前〜

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