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「……やりすぎちゃったかな、アイラ」
きらびやかな園遊会の喧騒に戻ったものの、私の心はどこか上の空だった。
アイラは「大成功よ! あの鉄壁が崩れる音が聞こえたわ!」と扇子を揺らして上機嫌だけど
私の手首にはまだ、アルくんに掴まれた時の熱い感触がジンジンと残っている。
あんなに余裕のなかった彼の形相。
あんなに低くて、耳元を焦がすような独占欲に満ちた声。
求めていたはずの反応なのに
いざ向けられると、喜びよりも先に
「彼を傷つけてしまったのではないか」という不安が胸の奥をチクりと刺した。
一方のアルくんは、少し離れた場所で表情を硬くし、警護の任務に戻っていた。
人混みの隙間から時折視線が合うけれど
彼はすぐに、ひどく悲しげな……まるで自分を責めるような顔をして、すっと目を逸らしてしまう。
(嫌われちゃった……?あんな風にわざと嫉妬させて、彼を追い詰めたのが、彼にとって耐え難い不快感だったのかもしれない…)
そんな予感に押し潰されそうになり、私は手近なテーブルに置かれたグラスを手に取った。
「エマ様、そんなに暗い顔をしないで。…少し、お酒の力を借りてリラックスしましょうか。あなたの美しい瞳には、輝きが似合います」
寄り添うように声をかけてきたのは、協力者のカイル様だった。
差し出されたのは、宝石のように透き通った琥珀色の果実酒。
「あ……、ありがとうございます、カイル様」
私はお酒が弱いくせに、喉の渇きと心のモヤモヤを強引に流し込むようにそれを一気に煽ってしまった。
鼻に抜ける果実の香りと、後から追いかけてくる強いアルコールの熱。
「ちょっと、エマ!?それ、見た目以上に度数が高いわよ!」
アイラの焦った制止も、今の私の耳には遠く響くばかり。
一杯、二杯……。
ふわふわとした浮遊感が全身を包み込み、色鮮やかな会場の景色がゆっくりと回り始める。
「ふふ、アイラ……なんだか、世界がキラキラしてるわ。遠くにいるアルくんが、三人くらいに見えるの……」
「ダメだわ、完全に酔ってるじゃない! カイル、ごめんなさい、ちょっと彼女をあっちの椅子で休ませて……」
カイル様が私の肩を支えようと手を伸ばし、指先が私の肌に触れそうになった、そのとき
急激な吐き気と、頭を万力で締め付けるような鋭い痛みが、突如として襲ってきた。
(……これ、お酒だけじゃない。この、凍りつくような感覚は……「魔力酔い」だわ…!)
なんて最悪のタイミング。
お酒によって魔力の循環が不規則に乱れたせいか
いつもより何倍も重く冷たい悪寒が、心臓を鷲掴みにする。
指先が瞬時に氷のように冷え切り、視界が急速にブラックアウトしていく。
「っ、あ……」
膝から崩れ落ちそうになった私の視界に、猛烈な速さで迫る黒い影が飛び込んできた。
「エマちゃん、大丈夫…っ?」
カイル様の手が触れるよりも、重力が私を床へ叩きつけるよりも早く。
強引なまでの力強さで、横から私を抱き留めたのは
ずっと遠くにいたはずのアルくんだった。
「アル、くん……っ」
「…顔が真っ赤じゃないか。こんなに魔力を乱して…あんなに強いお酒を飲むなんて…」
震える声で叱りつける言葉とは裏腹に
私を抱きしめる彼の腕は、小刻みに、けれど激しく震えていた。
彼は、任務の最中でも、誰よりも早く
私の小さな異変に気づいて、迷わず駆けつけてくれたのだ。
「アルヴィン卿、彼女の具合が悪いようです。私が別室へ───」
「……下がってください、伯爵。彼女の『特効薬』は、僕だけだ。……これ以上、彼女に触れないでいただきたい」
「!……ふっ…承知致しました」
アルくんは、カイル様を射殺さんばかりの氷のような視線で射抜くと
私をひょいと軽々しく、お姫様抱っこで抱え上げた。
その逞しい胸板から伝わってくるのは、荒い鼓動と、激しい怒り。
そして、それ以上に切実な、今にも泣き出しそうなほどの後悔の念。
「……ごめんね、エマちゃん。あんなに怖がらせてしまったのに、結局、こうして僕が触れるしか解決策がないなんて。……僕を、卑怯だと恨んでもいいから」
耳元で、壊れそうなほど繊細な声で絞り出すように囁かれた言葉。
アルくん、違うの。違うのよ。
私はただ、ずっと、あなたのその熱が、あなたのその独占欲が、欲しかっただけなの───
けれど、回るアルコールと魔力酔いの冷たさが混ざり合った意識は
彼の腕の中の安心しきった温もりに溶けるようにして、そこでぷっつりと途切れてしまった。