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六話 家族
俺たちが三年生に上がると同時に智也くんが高校に入学した。智也くんの入学式のためだけに二人の両親が帰ってきた。
母親は髪をキチッとまとめていて、仕事の邪魔にならないようにか黒く艶のある髪を高く結んでいる。分厚い縁のメガネをかけていて、スーツはシワ一つない。かなり几帳面で、厳格な人のようだ。
父親の方はかなり若く、痩せ型のスラリとしたスーツ姿が見えた。父親は黒髪の短髪で、目が光輝によく似ていた。
二人と智也くんが入学祝いの看板の前に立つ。彼らは手の空いている光輝ではなく、秘書のような人にカメラを持たせ、キチッと制服を着た智也くんと撮影をすると、光輝には目もくれず中へ入っていった。光輝は一切気にしていないようで、スマホをスクロールしながらラーメン屋さんを探していた。
智也くんに手を振り別れたあと、俺たちは昼ごはんを食べにラーメン屋に寄ってから家へ帰った。家へ帰ると二人の両親がいて、智也くんは部屋に行ったみたいだった。俺のことは智也くんから聞いていたようで、光輝の友達だからと何も思っていないか、もしくは無能なゴミとでも思っているのだろう。
光輝は最近テスト期間だったから疲れたのか、部屋に行くとそのまま寝てしまった。俺は光輝に布団をかけてから夜ご飯の買い出しに行くために冷蔵庫を確認していた。
智也くんに夜ご飯は何が良いか聞こうと部屋に入ると、智也くんはシャーペンを握りながら机上に頭を垂れて眠っている。兄弟でよく似ているものだから思わず少し口角が上がってしまった。
階段を降りると、そこにはメガネを机に置き、ソファにくつろぐ母親がいた。
「……あぁ、初めまして。夏目 裕子と申します。智也から話は聞いております。……光輝のご友人だそうですね。」
「あ、霜坂冬夜です。はい、光輝たちにはお世話になってます。」
「……なぜ、光輝と居るんですか?」
その質問にどんな意図が込められているのか、俺は理解できないフリをしてゆっくりと口を開いた。
「同じクラスで、俺が困った時とかによく助けてくれていて俺の数少ない中の信頼している人物です。」
「………あんな子が、信頼できると?」
「俺にとっては、信用できる人なんです。」
それは、彼女の過去から来ている言葉だと俺は知っていた。以前勉強中に光輝が教えてくれた話だが、彼女、裕子さんは三姉妹の長女だったが、次女の方が優秀で、よく比べられていた裕子さんは妹たちに劣等感を抱いていた。嫉妬ばかりしていた裕子さんは妹に勉強を教えられながら、大学では好成績を収め、やがて光輝の父親と出会い結婚。裕子さんは今も妹たちに劣等感を抱いていて、その嫉妬心から自分の子供が誰かに負けることを許せずにいた。
「光輝は、良いやつですよ。」
「あの馬鹿な子が?智也よりも低脳よ。髪まで染めて、制服まで着崩して本当にだらしない!我が家の恥よ!」
「……俺は相手の頭の良さは気にしない人なんです。勉強が出来なくても常識があるならそれでいいです。まぁでも、俺が一番嫌いなのは会話ができないバカです。それは貴女もでしょう?」
「……貴方は、私の妹によく似てるわ。その光を受け止めるサラサラな黒髪も、色白で透き通るような肌も、笑うフリして真っ黒な瞳も。人を選ばないバカさも。……でもきっと、そのバカさが、私が勝てない理由だったのでしょうね。……失礼、私事ですのでお気になさらず。」
「いえ…貴女のことは光輝から聞いていました。光輝は貴女によく似ていますよ。」
「ふっ……貴方は人を見る目があまり良くないようね。」
彼女はきっと、劣等感があってもその裏には愛がある。憎い妹の話をするならば、そんなに暖かい涙を浮かべるはずがない。どれだけ憎くても、家族を愛してしまうのは何故だろうか。彼女が憎い妹の話をするように、俺の母も、憎い夫の血が入った俺の話をするときに泣いてくれただろうか。母は、俺を愛していただろうか。
俺が家を出てコンビニ辺りまで来ると、聞き覚えのある声が聞こえ振り向くと、後ろから智也くんが走ってくるのが見えた。彼の息は荒く、頬が赤く火照っている。かなり急いで走ってきたようで、薄着で髪もボサボサだ。数回咳をした彼の背中をさすっていると彼は俺の腕を強く握り、いつもの穏やかな顔はなく、そこには険しい顔があった。
「……出かけるって、なんで言ってくれなかったの。」
「え?いや、寝てたから。別に遠くに行く訳じゃないしわざわざ言う必要もないかなって。」
「一人は危ないんだから起こしてでも言ってよ!!」
強く怒鳴る彼に驚いてポカンとした顔をしていると、彼は我に返ったように謝り続けた。彼は重くなったビニール袋を俺の手から奪い取り、片方の手は俺に伸ばされかけたが、ほこりが着いていたとすぐに手を引っ込めてしまった。
「智也くんももう中学生か。」
「冬夜さんも、高校三年生ですね。高校生活最後の年だ。」
「言っても、高校生活最後を楽しむよりも進路を考えろと急かされる毎日だよ。」
「……進路は、どうするんですか?」
「まだ決まってないんだ。夢もやりたいこともない。何も無い俺はなにも出来ないんだよな。」
「ずっと、僕たちの家にいて欲しいです。僕が願うのはそれだけです。……それだけなんです。」
「そう?……そういえば、智也くんは中学校でなにかしたいとかあるの?」
「…………僕の夢は教師でした。」
本当はずっと兄が嫌いだった。兄への劣等感が醜くて、成長するにつれ、その気持ちが気持ち悪いほど大きくなっていたからだ。兄さんはなんでも出来る。友達も多くて、僕の知らないことは全部知ってる。
昔から、僕の欲しいものは 全部兄さんが持ってたんだ。僕が望むものはいつも、兄のところにあって手が届かない。それが悔しくて、悲しかった。
だから兄を遠ざけたかった。現実を見なければ少しでも自分を正当化できると思っていた。
ある日、兄が友達らしき男の人を連れてきた。でも今までのお兄ちゃんの友達にはいないようなタイプで、真面目で少し冷たさを感じる人だった。でも実際は暖かい人で、人をよく見ている優しい人だと知った。
彼の笑顔が僕だけのものになればいいのにと何回願ったことか。彼の視線の先にいるのが、兄ではなく僕だったらどれだけ良かったことか。どんどんデカくなる嫉妬も劣等感も、全て彼が持って出ていってくれればいいのに。でも、そばにいて欲しい。
ほら、また届かない。
「へぇ〜、智也くんって教師目指してるんだ。いいね、似合いそう。智也くんなら良い先生になるんじゃない?」
「……冬夜さんは知らないんですよ。僕がどれだけ向いてないか。ただの夢見ごとです。現実はまだ見れません。」
「……そうだねぇ、まだ高校生になったばっかりだし、現実を見るのは早すぎるかな〜」
帰宅後、その家には何も無い静寂な日常が戻ってきた。一つ変わったのは、玄関に置いてある小学生のころに光輝がとったトロフィーの横に、新たな家族写真が一枚増えていたことだ。そこに金色の髪は見当たらなかった。
智也くんと二人で帰る帰り道。雨がポツポツと降り出して、少し強くなってきた。俺は雨を避けることも、逃げることもせず、ただ空の雨雲を眺めていた。その雨雲を遮ったのは智也くんの赤いらしい傘だった。
くだらないと言えばくだらないんだろう。赤色の信号が命令をくだしてくるように、それに無意識に反応してしまうように。止まった足から世界が止まったように白黒に冷えていく。向かい側の信号の下に立つ人も、あそこの傘をさすひとも、フードを被って走っている人も、みんなみんな、光ひとつない真っ黒な瞳をしている。
脳裏にこびりついたあの日の雨音は強くなっていく一方だった。少しでも気を抜けばフラフラになったボロボロの母が前から走ってくる。彼女が振りかざした包丁はいつも俺を一刀両断に切り裂く。
冷たい汗が止まらない俺の汗を拭ってくれるのはいつも光輝だった。光輝が視界に入ると世界に色がつく。一番綺麗な金色の髪が目に入る。俺の冷や汗を拭う彼の顔は誰よりも優しくて柔らかい。
そのはずだった。今日俺の視界に入ったのは智也くんだった。ハンカチで俺の額の汗を拭う様は、光輝にそっくりだ。ただ光輝と違うのは、色が見えないことだ。
「あ、青です。行きましょう。」
いつの間にか、彼は俺の身長をはるかに越していた。来たばかりの頃は俺の方が高かったのに。智也くんを見てみると、横顔も光輝によく似ていることに気づいた。
光輝は儚く繊細な美しい顔をしていて、智也くんは凛々しく、優し気な顔をしている。
考え事をしながら彼を眺めていると、彼の肩が濡れているのが見えた。彼はずっと傘を俺に傾けていて、俺だけを濡らさないようにしていたのだ。
「智也くん、肩が濡れてる。」
「僕はいいんです。二人濡れるより、一人の方がいいでしょう?」
もっともな言葉に、反論の言葉が詰まるが、それでも自分のせいで彼の肩が濡れるのは嫌な気分だったので俺は傘の持ち手部分を一緒に持って、傘を真っ直ぐに正した。
「……冬夜さんは、光輝が好きなんですか?」
「え!?……いや、……そんなことはないけど嫌いじゃないってだけであって……」
「…………」
咄嗟に彼から目を逸らし、慌てて口を高速回転させた。彼がどんな表情をしているのかはわからなかったが、足元の水溜まりを見ると、彼が真顔で俺を見ていることに気づいた。その視線に気づくと、途端に背筋が凍りそうな不気味さを覚えた。
「……――――です。」
「……え?なんて?」
智也くんが喋ったタイミングと同時に横を軽トラックが走っていく。車の音と雨の音でお互いの声が聞こえづらかった。
「好きなんです。冬夜さんのことが。」
予想だにしなかった言葉に一瞬固まって、真っ白になった頭をフル回転させた。最適解の答えを、彼を傷つけないように言うことが、どれほど難しいか俺はわかっていなかったのだ。
「俺も智也くんのこと好きだよ?どうしたのいきなり。」
俺は確かに家族として智也くんが好きだった。固まって動かない彼を置いて歩きだそうとすると、いきなり左腕を強く引っ張られ、傘下に引きずり込まれる。
すると、前を緑色の軽自動車が猛スピードで横切った。引っ張られていなかったら、もしかしたら轢かれていたのかもしれない。
「……はっ……はぁっ……あ、ありがとう智也くん。マジで助かった――」
智也くんの顔を見ようと、彼の方を見上げると同時に彼の腕が背中に周り、強く抱き締められた。彼の手にあった赤い傘は俺の頭上だけにさされていた。
「……結婚したいほど、愛してるんです。冬夜さんのことを誰よりも愛しているんです。」
何故こうも兄弟揃ってすぐに結婚などの重い話に振られるのか、なぜこうも、息が冷たいのか。俺には理解できなかった。
「俺なら冬夜さんをずっと、一生支え続けられます。」
「…………」
雨音と心臓の音だけが、赤い傘の下に広がっていた。そのときの俺は気づけなかった。遠い後ろに金髪の男が立っていたことに。
腐男子