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七話 不安の価値
「…………」
俺が彼の肩に手を置いた途端、彼の手は緩まり、すぐに手を離した。彼の顔はすでに優し気な笑顔に戻っていて、俺は安心すると共に罪悪感が湧き上がってきていた。
「大丈夫です。わかってますから。冬夜さんは兄を選んでいるのでしょう。……ただ、一回ぶつけてみたかっただけなんです。すみません、身勝手なことをしてしまって。さぁ、早く帰りましょう。」
家に帰ると、光輝がリビングのソファに座っていた。友達とメッセージのやりとりをしていたようだ。その日の夜ご飯は俺だけが気まづかった。智也くんは何事も無かったかのようにいつも通りで、光輝と智也くんはなんら変わらない日常の一部だった。
俺はずっと智也くんを気にして、チラチラと智也くんの顔色を伺い続けた。智也くんは目が合う度になにかよくわからないようなフリをして笑いかけてくるだけだった。
その夜、俺はただ、夢の中に逃げるだけだった。
『なによこの点数は!!!!それでもあなたは私の子なの?!どうしてこんなに出来ないのよ!!』
『智也。今回もいい点数だったわね。気を抜かずにこれからも励みなさい。いい点数だったから、なにかご褒美をあげるわ、なんでも言ってちょうだい。』
『それでも跡取りの自覚があるのか?将来俺がいなくなればお前が社長になるんだ。そんなこともわからなかったか?』
『智也、なにが欲しい?なんでも言ってみなさい。父さんが持ってきてやるからな!』
『あんたなんか産まなきゃ良かった!!』
「光輝?」
「……っ!はぁっ……っはぁ……」
「悪い夢でも見てたのか?魘されてたから起こしたんだが……」
愛しい人の声で目が覚める。俺を蝕む悪夢たち。やっと眠れると思えば悪夢。もうやめてくれと、寝ることさえ出来なくなっていた。
冬夜くんに出会ってから、悪夢は減っていった。夢を見ることもなく、よく眠れるようになった。彼は永遠にオレだけの光だ。誰にもとらせやしない。そう、決めていた。
オレは生きているという実感がない。何年経っても生きていくという自覚がもてないのだ。それは、生きたいと思っていないからなのか。それなら、なぜ多くの人たちは生きていけているんだろう?
智也は昔からすごかった。頭が良くて、いつも成績は上位だった。
でも、両親は智也のことを全然知らない。智也が好きなのは甘いものじゃなくてしょっぱいもの、野球じゃなくてサッカーの方が好き、赤色よりも青色の方が好き。
智也は優しいから、両親にホントのことを言わなかった。嘘をつくことで親孝行しているのだ。
それに対してオレは親不孝者で、彼女たちが親という実感さえ持てていない。彼女たちがオレの親と認識はできるが、実感がもてないのだ。彼女たちと過ごした時間よりもお手伝いさんと過ごした時間の方が長い。
金髪にしたのは白黒な世界が少しでも面白く色づいてくれると期待したから。
ピアスを開けたのは痛みを誤魔化したかったから。
女のコたちと遊んだのは心の空虚さを埋めたかったから。
努力することさえ辞めてしまったオレは、智也を支えることさえできない。応援することも慰めることも、オレにはできない。智也への劣等感から、オレは自分の価値にモザイクをかけていた。
智也が部屋で勉強をしていて、冬夜が絵を描いている間、オレは暗くなった空の下、ベランダに出てタバコを吸った。白い煙は黒い空に混ざりこんだが、一瞬で風にかき消されてしまった。
(このまま風に乗って消えれたら良いのに。)
欠けた月に手を伸ばし、自分の無力さに気づく。夜空を照らす星たち、もしあの星たちが人類が流してきた涙だとしたら、自分の頭上で一番強く光輝く星はオレの星だと、バカげた妄想をしていた。
(そんな綺麗事は人間が押し付けただけで、何十億キロも先でガスの塊が燃えているだけだ。)
タバコの煙はオレの前を曇らせた。もしかしたら、オレの未来を見えなくしてるのはオレなのかもしれない。
冬夜くんと過ごすうちに、見ないようにしてた部分が見えるようになってきた。
冬夜くんと智也が二人でいるところを見ると、オレはいけなくなる。その完璧な絵面を壊してしまいそうで、オレがいなくてもいいって、自分で言って勝手に悲しくなるんだ。わかりきっていた答えをずっと知らぬフリをしていた。それでも、彼らと過ごせば過ごすほど、生きようとすればするほど、見逃せなくなってくる。気づきたくなかったもの。
『俺はいなくていい』
冬夜が描くオレは、オレのまんまで、冬夜に全て見透かされてる気がしてならない。そのまま、オレの気持ちも見透かしてほしいと、期待してる自分もいた。
彼の絵に描かれたのは、オレの存在価値だった。
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