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#医者
GUMI。
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面白かった!合コン帰りの偶然から始まった一夜の過ちが、実はちゃんとした恋愛に繋がっていく展開がすごく良かった。安西先生の「三年前から好きだった」って告白には胸が熱くなったし、表向きは遊び人だけど実は一途っていうギャップも刺さる。絢香の「先生のことはまだ好きじゃない」って正直な返しも彼女らしいなって思った。続きが気になる!二人の同居生活、どう転ぶんだろう🏠
やってしまった……。
隣で寝息を立てているよく見知った顔を見下ろした私は、自己嫌悪に陥りながら大きなため息を吐く。
ここは都内の五つ星ホテル。
肌ざわりの良いシーツと、絶妙な硬さの枕。アンティーク調のシャンデリア。洒落た高級ソファー。
その背もたれには着ていたワンピースが無造作に掛けられている。
昨日はハズレ合コン帰りにたまたまこの人に会って、『飲み直したいから付きあってください』と私から誘った。
連れてこられたのが、私のお給料では行くことのできない高級ホテルのバーラウンジだったのもあってテンションが上がって飲み過ぎてしまったのだ。
記憶がなくなるまで飲んだわけではないのだけれど、正常な判断が出来なくなるまで酔っていたのは事実だ。
でもだからって、こんな女遊びばっかりしているふしだらな男とシテしまうなんて私もどうかしていた。
お酒の力って恐ろしい。
――と、とにかく急いで着替えて家に帰ろう。
(よいしょっと……)
そっと起き上がりベッドから抜け出そうと試みた。
けれど、
「え、ちょっと……あ」
突然腕を掴まれて布団の中へと引き戻されてしまったのだった。
***
「よお、竹光ちゃん。おはよう」
今朝あんなことがあったというのに、どうしてこんなにも能天気に声をかけてこれるんだろうか、この男(ヒト)は……。
私はパソコンに視線を向けたまま完全無視を決め込んだ。
お願いだから察して欲しかった。顔をみれないくらい気まずいという私の乙女心。
今日くらいそっとしておいてくれませんかね!
「あれ、聞こえなかった? もしかして相当お疲れ? まあ、そうだよな。だって朝から二回もーー」
「あの!」
その言葉を遮るように座っていた椅子から思い切り立ち上がった。
「ち、ちょっといいですか、安西先生!」
いいながら私は先生の腕を掴んでナースステーションから廊下へ引きずり出す。
ここは都内にある総合病院の外科病棟。私は看護師として働いている|竹光絢香《たけみつあやか》。
これから朝の申し送りが始まろうとしているというのに、わざわざ余計な話を持ち掛けて私の気を引こうとしてきたのは外科医の|安西正臣《あんざいまさおみ》先生だ。
周りに誰もいないことを確かめると百八十五センチある長身の彼を見上げる。
少し垂れたやさしげな目。それを誤魔化すかのように生やした不精ひげ。
私が看護師として働くこの外科病棟には院内の人気を二分すると言われているイケメン医師が二人いるのだけれど、目の前にいる安西先生もイケメンの部類に入ると思う。
三十五歳独身。外科医としての腕もいいし、気さくで患者さんからもスタッフからも信頼されている。
でも、どこかつかみどころのないゆるっとした性格で合コン好き。特定の彼女を作らないいわゆる遊び人としても有名だ。来るもの拒まず去る者追わずという精神らしい。
「あの、……て、どうしてそんなにうれしそうなんですか?」
私に引っ張り出されてなぜかにやけているその顔をあきれ顔で見上げる。
「ようやく絢香が俺のこと見たなと思ってさ」
「それは……ん? なんで名前で」
さっきの挨拶では、普段通りに竹光ちゃんと呼んでいたはず。
「だって昨日の夜、『二人の時は絢香って呼んで』っていったろ?」
にやり、と微笑まれ私は昨夜の言動を思い返す。
ベッドの中で『竹光』と名字で呼ばれたことに距離を感じて、私からそう言ったんだった。
低音の先生の声が私の名前を呼ぶ度、鼓膜がくすぐられて頭がぼうっとしたのは忘れたくても忘れられない。
「……た、確かにいった。言いましたね」
「うむ。とにかくだ、いきなり無視はないぜ」
「無視なんてしてません」
「じゃあさっきの態度はなんなんだ?」
先生は私を真っ直ぐに見つめながらジリジリと距離を詰めてくる。
「あれは、その……」
「その?」
「さっきまで同じベッドにいた人と職場で顔を合わせて戸惑ってしまっただけです。無視してすみませんでした」
私は早口でそう伝えた。
本当はいいたくなかった。できれば察してほしかったのだけれど、この人にはそういう乙女心を理解するなんて到底ムリだろう。
「あ、そう。なるほどね。てっきりヤリ逃げするつもりかと思ったぜ」
「ヤリ逃げ!?」
そういういのは普通、男が女にするものじゃないの?少なくとも私の認識ではそうだ。世の中には、男性をもてあそぶような女性もいるのかもしれないけれど。
先生の言葉に面食らいつつ、私は慌てて首を横に振る。
「私はそんな女じゃありません!」
私がそう言い切ると、先生はしたり顔でこう言った。
「そかそか、そうだよな。今の言葉忘れんなよ」
「……え。ちょ、それってどういう意味ですか?」
「さて、今日も仕事頑張ろうな、絢香」
先生はくるりと踵を返す。そしてひらひらと手を振ってエレベーターホールの方へ歩いて行ってしまった。
「やだ、なんで答えないで行っちゃうの?」
追いかけて、問いただそうかと思った。けれどもう始業時刻になる。仕方なくナースステーションへと戻すとすでに朝のも仕送りが始まっていた。
「絢香! こっち」
すると同期の及川日菜が私を見つけて手招きする。
「今日来てないのかと思った。どこ行ってたの?」
「ちょっとトイレにね」
「そう。もしかして体調でも悪いの?」
眉間にしわを寄せ本気で心配してくる日菜は、同じ女である私から見てもとてもかわいい。
少し頼りないところがあるけれど、何に対しても一生懸命でそこがまた男心をくすぐるのだろう。
「日菜はかわいいね」
「どうしたのいきなり? やっぱり絢香、今日変じゃない?」
「そんなことないよ。元気元気。さて、今日も張り切って仕事しましょう」
とはいったものの、二日酔いと安西先生との出来事が尾を引いてあまり仕事が手につかなかった。
……今日は速攻で帰って寝よ。
仕事が終わると私はパソコンをログアウトしてそそくさとナースステーションを出た。
新人の頃は先輩が帰るまで居残っていたけれど、三年目の今は仕事が終わったらすぐに帰ることにしている。
もちろん、忙しい時は残業もする。でも自分の生活を犠牲にしてまでサービス残業を続けるべきではないと思う。
それを美徳とする人もいるにはいるけれど、私には合わない考え方だ。
地下にある更衣室のドアを開けると、昨日の合コンメンバーの一人と鉢合わせた。
「絢香おつかれ」
「ああ、里奈。おつかれ」
彼女は内科病棟で働いている。同期で研修のグループが同じで仲良くなり、ロッカーが隣同士ということもあって顔を合わせれば仕事や院内の噂話ばかりしている。
「昨日ごめんね。あの合コンまじはずれだったわ。しかも、女の子から三千円徴集とかありなくない? ほんと最低」
里奈は幹事としての責任を感じているようだった。
確かにハズレの合コンではあったけれど、
「ううん、平気。ご飯美味しかったからぜんぜんきにしてない」
食事がおいしかったのは本当。
それに私はそこまで合コンに期待していない。どちらかと言えば、仲のいい里奈に誘われたから参加しているというだけだ。
「絢香やさしい~今度こそいい男そろえるから埋め合わせさせてね」
「うん。また誘って」
ガコンと扉を開け、私服を取り出すと里奈が目ざとくそれを見つけてきた。
「あれあれ、そのワンピ昨日と同じやつじゃん! もしかして、朝帰り?」
図星を突かれ、必死で動揺を隠す。
「ううん。そんなんじゃなくて、寝坊して脱いだものをそのまま着て来ちゃった感じ、あはは……」
「なるほど。でも絢香らしくないね。いつもきちんとしてるし、寝坊とかもしなさそうじゃん」
里奈が言うように、私は割ときちんとした生活を送っている部類の人間だと思う。
昔からから真面目、きれい好き、きちんとしている。そう言われることが多くて、自分でもそうしなければいけないと思って生きている。
たまに息苦しくなることはあるけれど、だらしないよりはよっぽどいい。
「絢香って仕事も生活も抜け目なしって感じだもん。憧れちゃうな」
「買いかぶり過ぎだよ! 私だってやらかすことあるよ」
酔った勢いで安西先生と寝てしまったり……とか。
「本当に? そんな絢香見てみたいわーじゃ、お先~」
早々に着替えを終えた里奈は足早に更衣室から出ていく。
ヒップラインを強調したタイトスカートに、栗色に染めた長い髪。昨日の合コンでは里奈が男性の視線を集めていた。
私に憧れてるだなんて言っていたけれど、里奈はそのままでいい。十分魅力的だ。
通用口から外に出ると辺りはまだ薄暗く、ずいぶんと日が伸びたのだと感じた。
私の住むアパートは病院からバスで十分程の所にある。
病院の入り口にバス停があり、乗り降りも便利だ。停留所のベンチに座り読みかけの文庫本を取り出す。
しばらくすると目の前に一台の車が止まった。バスではないのは明らかだ。
顔をあげずにいると、クラクションが鳴らされた。
「おーい、絢香」
いきなり名前を呼ばれて顔をあげると、黒いSUV車の運転席の窓から安西先生がこちらを見ている。
「やっとこっち見たな」
私と目が合うと、先生は嬉しそうに笑った。
「安西先生?」
車通勤だったんだ……昨日は病院の駐車場に置いていったんだろうか。
「乗れよ!」
立てた親指で助手席を差した。
「いえ、結構です。もう少しでバスがくるんで」
それに、こんな場所から先生の車に乗り込んだら誰かに見られてしまうかもしれない。遊び人の安西先生と噂になるのはまっぴらごめんだ。
「いいから乗れって。こんなところに停めて、バスが来たら迷惑になるだろうが!」
「それ、先生が言います?」
遠くの方からバスが近づいてくるのが見える。すると先生は「ほら、バス来たぞ。早くしろ」と声を張った。
そう急かされて、私は断ることもできずに助手席へ乗り込む。
「いやーよかったよ」
車を発進させて、先生は言った。
「絢香がバス停にいてくれて。夜勤のスタッフに聞いたらもう帰ったっていうんだもんな」
「探したんですか? 私のこと」
まさか変なこと言ってないでしょうね?と不安がよぎる。
「ああそうだよ。『竹光ちゃんいる?』って聞いたら『帰りました』って言われちまったよ」
「それで、ご用件は?」
「メシ行こうと思ってさ。付き合ってよ、夕飯」
「ごめんなさい。昨日からこの服なので今日は……」
「じゃあ、家よる? 着替えたいんでしょ」
着替えていないことにかこつけて、食事の誘いを断ろうとした。けれど、安西先生は断る隙を与えてはくれない。
「そうですけど……」
「じゃあ、行こう。家どの辺? ほら早く言わないと信号変わるぞー」
「……大通り沿いに最近できたタワマンの裏です」
おかげで日当たりが悪くなってしまった。
「ふーん、あそう。俺そのタワマンに住んでんの」
「ええ!」
まさか、先生が近所に住んでいたなんて。
病院の近くに住んでいる先生たちは多いのは知っていたけれど、まさか安西先生もご近所さんだなんて偶然にもほどがある。
アパートの前で車から降りると、三十分後に迎えに来ると言われた。
「どうしてあんなに強引なの……」
先生の車が見えなくなってから、私は思わず独り言ちる。
ゆるっとしていて適当なイメージがあっただけに、ぐいぐいと迫ってくる先生にただただ驚くばかりだ。
部屋に戻ると軽くシャワーを浴びて、化粧をした。クローゼットを開けてストライプの襟付きシャツにスキニーデニムを取り出す。
バッグはハイブランドのミニショルダー。ショートヘアに似あうといわれて購入した大ぶりのピアスを付け、七センチヒールのパンプスを履いた。
正直乗り気ではなかった。でももし今逃げても明日病院で顔を合わせる。どうせ逃げられないのなら、行くしかないのだ。
外に出ると、先生が立っていた。
ネイビーのジャケットにインナーは白いTシャツ。ボトムスはデニムで足元はスニーカーだ。
シンプルで清潔感のあるファッションはとても好感が持てる。
「お待たせしちゃいましたか?」
駆け寄って尋ねると先生は首を左右に振った。
「いや、俺も今着たとこ。じゃあ行こうか。通りでタクシー拾おう」
大通りに出てすぐにタクシーに乗れた。先生は行き先を告げる。
そこは私が行きたいと言っていた創作和食の店だった。高級且つ大人の居酒屋というイメージで、人気ゆえに予約があまりとれない。
私は驚いて先生の顔をみた。
「昨日、行きたいって言ってたろ。昼に電話したら予約取れるっていうから絶対に絢香を連れて行こうって思ってさ」
「そうでしたか……」
正直よく覚えていない。バーで話したのかもしれない。
酔っ払いの私の話を覚えていてくれてたなんて驚いた。おそらく仕事も急いで切り上げてきてくれたのだろうし。
「ありがとうございます。先生って優しいんですね」
先生の目を見てそう伝えると、照れたように鼻の頭を指で掻いた。
その表情やしぐさがどこかとてもかわいらしく見えて、不覚にも、目の前のガタイのいい髭の年上男に母性を感じてしまった。
店に入るとカウンター席に通された。目の前には寿司屋のようなショーケースがあり、食材が並んでいる。
店内は気をふんだんに使った和の雰囲気で、スーツ姿の男性や女性が多い。思わず自分お服装で浮いてしまわないかが気になった。
「絢香、何食べる?」
安西先生から渡されたメニューを見て、面食らった。普通の店ならあるはずの値段が記載されていない。
馬刺しにウニ、和牛ステーキ、てんぷら。海鮮丼。
――食べたいものを好きなだけ食べたら支払いできないかもしれない……。
「私はウーロン茶とこのさつま揚げを……」
「どれ、さつま揚げだけ?」
「はい……」
「それじゃ腹いっぱいにならないだろ! 俺が頼んだもの食べろよ、いいな」
先生はそういうと、あれこれと注文していく。どれも私の好きなものばかりで嬉しい反面支払いできるかどうかと不安が募る。
「あと、生ビールをおねがいします、絢香もそれでいい?」
「あ、はい。いいです」
足りない分は建て替えてもらって分割払いでお願いしよう。
ビールとお通しが運ばれてきて、私たちは乾杯をした。キンと冷えたグラスで飲むビールはとてもおいしい。
「おいしいですね」
「うん、うまい。ってどうした、元気ねえな?」
先生は私の顔を覗き込んだ。そんなに顔に出ていただろうか。先生に気付かれたくなかったのに。
「いえ、そんなことないです」
私は笑顔を作り、首を左右振った。
「来たかったお店なので、すごく嬉しいです。ただ、思ったより大人なお店だったので緊張しちゃってて」
緊張しているのは事実だ。里奈が絶賛していたから来てみたかったのだけれど、居酒屋とは名ばかりの超高級店だったのだから。
「大丈夫。絢香は大人っぽいし美人だから! たくさん食べろよ! 俺のおごりだ」
「そんな、私も払います」
昨日のバーでもおごってもらった。連日ごちそうになるわけにもいかない。
「俺が誘ったんだし、好きな子にいい所見せたいのが男ってもんだろ?」
「……好き、な子?」
私は目をしばたたかせた。
それはつまり安西先生が私を好きということ?
「なあ絢香、俺と付き合わない?」
いいながら先生はまた鼻の頭を指で掻いた。
「ええ! 付き合う? 私と先生が?」
思いのほか大きな声が出てしまい、慌てて口を手で押さえた。店員や客が何事かとこちらを見ている。
「おまえ、そんなに驚くことでもないだろ? 昨日セックスだってしてるし」
「ま、まあそうなんですけど……あれは……」
酒の勢いというか、雰囲気に流されてというか、いわゆる一夜の過ちのようなものだと考えていたけれど、先生はそうじゃなかったということか。
だから『やり逃げするつもりかとおもった』なんて言ってきたんだ。
「なんていうか、順番が逆になってしまったけど、ちゃんと俺と付き合ってくれないか?」
突然こちらを向き、姿勢を正す先生。
「待ってください。先生ってたくさん彼女がいるんじゃなかったですか?」
合コン三昧の女好きは単なるうわさではないはずだ。
「……それは誤解だ。確かに合コンは好きでたくさん参加しているが、真面目に付き合えるこ子を探しているんであって動機は不純なものではないぞ。付き合った人数は多いが長続きしないだけだ。今はいない」
そう言われると、なんとなく友達に誘われたからという理由で合コンへ参加していた私の動機の方が不純に思えてくる。
「言っておくが俺は、好きな女しか抱かない主義だ。誰でもいいわけじゃない。遊び人って言われてるのは知ってる。でも、絢香にまでそう思われたくない」
先生は少し悲しそうに顔を歪める。これじゃまるで私の方が悪い女みたいじゃないか。
「い、いつからですか? 私のことが好きって、そんなにいきなり言われてはいそうですかって受け入れられるわけがないじゃないですか!」
「……三年前からだよ」
そんなに前から?
「三年前って、私が新人で入職してきたときからってことですよね」
「ああ、そうだ」
――「お待たせしました」
目の前には湯気の立つウニのグラタンが運ばれてきた。
「お熱いのでお気を付けください」
「ああはい。ありがとうございます。……まあ、食べながら話そうぜ」
皿の端のホワイトソースはまだぐつぐつと音を立てている。
「おいしそう」
「本当に旨そうだな」
取り皿に盛り付けたグラタンを私に手渡してくれる。
香ばしいチーズの香りと黄金色にとろけたウニが濃厚なホワイトソースと絡んで舌の上で溶ける。ホタテのシャキシャキとした触感もいいアクセントになっていた。
「おいしいです。今まで食べたグラタンの中で二番目に好きかな」
「ははは、二番か」
「すみません、つい」
思わず口を噤んだ。飲食店で言わない方がいい話だったと反省する。
「でもこれが二番目だと一番目は余程うまいんだろうな。なんて店?」
「……キッチンタケ。父の店のグラタンです。父は洋食店を営んでいたんですって、こんな話、興味ありませんよね?」
「いや、聞きたい。話してよ」
先生は興味ありげに私の目を覗き込んだ。
私はこの目を知っている。仕事中、困難な局面で民が顔をしかめる中、先生だけは違ってまるで少年のようにキラキラさせていた。
はじめそれを見た時にははなんて不謹慎のだろうと思った。
でも違った。それは物事に対する興味や熱意や真剣な思いの表れなのだと気付いてからは先生に対する見方が変わった。
その目を自分に向けられて、思わず話してしまった。
キッチンタケは創業10年の小さな洋食店だった。
ホテルのレストラン部門で働いていた父は、ホール担当だった母と職場結婚した。私が生まれて少したってから独立し、お店を開いた。
高級ホテルのレストランの味をリーズナブルな価格で食べられるとあって、客の絶えない人気店だった。
「誕生日とかお祝い事があるとよく作ってくれたんですよ。かぼちゃとかほうれん草とか季節の野菜を入れて、チーズをたくさんかけて……弟たちと取り合って食べたのはいい思い出です」
自分でも驚くほど饒舌に語ってしまった。
「それはぜひ、食べてみたいな」
「……それが、もう食べられなくて」
どう伝えればいいか悩んだが、先生ならちゃんと受け止めてくれる気がした。
「私が中学に入学した年にがんで亡くなりました。スキルスです。看護学校で勉強して、どうしてあんなに急に死んでしまったのかが分かりました」
早く社会に出たったかったこともあり、看護師養成の専門高校へ進学した。そこでどうして父ががんとわかってから数か月で死んでしまったのかようやく理解できた。
五年間で正看護師の受験資格を手に入れ、無事国家試験を通過し就職。
消化器外科の病棟へ希望を出したのは父のことがあったからだ……。
「そうか。お父さん、亡くなったんだね。中学生だったんじゃ、いろいろと大変だったろ」
私は力なく首を左右に振った。本当は大変だった。でも、苦労だけじゃない楽しい思い出もたくさんある。
「まだ弟たちは学生ですけど、私が仕送りしてるから以前よりは……ごめんなさい。先生にこんな話をして……」
「ううん。もっと知りたいよ、絢香の事。知ったらもっと、お前のこと好きになる気がする」
先生の目は真剣だった。いったい私のどこが好きなんだろう。
「困った顔すんなよ」
「……だって、先生が私のことを好きになる理由が分かりません」
私はかわいげがないらしい。
母子家庭の長女で、弟が三人いることもあって姉御肌。甘え下手の私は年上の男性からは好かれない。
過去につきあった人はみんな年下だった。頼るより頼られる方が性に合っていたから。
社会人になってからは自分のかわいげのなさを自覚するようになった。
仕事柄、根拠やあいまいさが嫌いで医者にだって意見することもある。力仕事も率先してやるし、髪は仕事中に邪魔になりそうなのでショートヘアにして化粧も身だしなみ程度。
お洒落には気を遣うけれど毎月十万円は実家に仕送りしているので無駄遣いはしない。
今日つけてきたピアスもプチプラだ。
「だって私、かわいげもないですよ?」
先生はそのまなざしを変えない。
「俺はさ、絢香のそういう強がりなところが好きなんだ。しっかりしてて、男に媚びてなくて、でもどこか寂しげで、誰かに甘えたい時もあるんじゃないかなって気になってた。それが俺ならいいのになって思ったりしてな」
この病院へ入職して三年。誰よりも私を見ていたのが先生だったなんて。
「好きだなっておもったけど、年も離れてるし、個人的に誘ったりしたらセクハラって言われるのがオチちだろう? だから昨日、絢香に飲みに誘われてチャンスだって思った。酔った勢いで手を出してサイテーだな、俺。ハハハ……て、絢香? なんで泣くんだよ」
「だって、先生が……」
「ええ、俺? なんか気に障ること言ったか?」
「そうじゃない。嬉しかったの。ううん、ホッとしたの。本当の私をわかってくれる人がいるってわかったから」
絢香はしっかりしている。絢香は強い。ひとりで生きていけそう。
そう言われて生きてきて、自分でもそう思っていたけれど、本当は違う自分もいて。
でもそれを認めてしまったら弱くなってしまうんじゃないかと思ってた。
「本当の自分も何も、絢香は絢香だろ。気の強いところも好きだけど、甘えてくれたらもっと好きになるだろうな……てことで、俺ら付き合う?」
先生は言った。でも鼻の頭は掻かなかった。照れ隠しではなく、本当の気持ちを伝えてくれたんだと信じたい。
「…………はい。でも、正直言って先生のことはまだ好きとは言い切れませんよ」
けれど、彼女になってもいいかなと素直に思えたのは事実だ。
「もちろん。大好きになってもらえるように頑張るから、俺」
そう言われて嬉しかったのは事実で、断る理由も見当たらなかった。
「よろしくお願いします」
「よっしゃー!」
先生は声を上げて両腕を振り上げた。周囲の人達の視線が刺さる。
私は慌ててその手を掴んで下に降ろした。
「ちょっと! 落ち着いてください。みんなに見られてますよ」
「むりむり、めちゃ嬉しい。俺、叫んでいい?」
そんな風に喜んでもらえたら私だって嬉しい。けれど、
「叫んだら、付き合うのやめます。いいんですね?」
先生をじっと見た。これじゃまるで大型犬を躾ける飼い主みたい。
「そんなこと言うなよ。叫ばない。俺は叫ばないぞ」
私の両肩を掴んで言いながら、自分を納得させるように何度も頷く。なんだかかわいく思えてしまう。
「ならいいです。ああそれと、病院では私たちが付きあっていることは内緒にしてくださいね」
今言っておかないと、朝から院内中に吹聴して回りそうな気がした。
「ええ? どうしてだよ。変な虫がつかないように交際宣言するべきだろ」
変な虫なんてつくわけがない。現に今まで付いたためしがないんだから。
「大丈夫ですよ」
けれど先生は首を縦に振らない。
「全然大丈夫じゃないぞ。……あ、いいこと思いついた」
「いいこと?」
「俺と一緒に暮らさないか?」
「いやいやいや、そんなのムリです。いいましたよね、先生のことはまだ好きになったわけじゃないって」
「むしろ、だから一緒に住むのが一番いい。お互いのこと知れるし、もっと仲良くなれる。俺のいいところもたくさん知ってもらえるし、そう努力する」
先生の言い分は一理ある。
けれど、「はいそうですか」と快諾することはできない。だってまだ、先生と付き合ことでさえ戸惑っているというのに。
「おいおい、そんなに悩まないでくれよ。じゃあ、こう考えるのはどう? 俺のマンションに住めば今払っている家賃分浮くだろう? 仕送りに当ててもいいし、絢香の小遣いにしてもいい。そんなに悪い話じゃねえと思うけどな」
「先生はそれでいいんですか?」
私が先生と暮らす理由が家賃を浮かせるためだなんて、いいわけがない。けれど先生は曇りのない目で私を見ていった。
「ああ、問題ない。絢香が俺と暮らす理由はなんだっていいんだ。毎日一緒にいられたら俺は満足だからな。惚れちまった弱みだ」
「ハハハ」と先生は笑った。
未だかつて私は、こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけられたことがあっただろうか。無条件で求められて、少し怖いくらい。
「で、返事は?」
「よろしくお願いします」
頭を下げ、先生見た。すると男の顔をした先生がそこにいた。
――ああ、そうだ。いつも三枚目キャラを演じているけれど、男らしくて色気のあるきれいな顔立ちをしているんだった。