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#王子
「なっ……何だ、この光は……!?」
久遠様の驚愕に満ちた声が鼓膜を震わせる。
私の掌から溢れ出した真っ白な光は、まるで意志を持つ生き物のように空間を駆け抜け
彼を背後から飲み込もうとしていた「黒い霧」を、跡形もなく霧散させた。
一瞬の静寂。
銀座の賑わいが嘘のように遠のき、世界には私たち二人だけが取り残されたような錯覚に陥る。
私の手の中に残ったのは
じんわりとした不自然な温かさと、自分でも信じられないほど激しい動悸だけだった。
「今の…私の、手から……?」
呆然と自分の掌を見つめる私を、久遠様が強い力で引き寄せ、その胸に抱きしめた。
「千代、怪我はないか!」
「は、はい……。私は大丈夫です。でも、あの黒い影が、久遠様を狙っているように見えて……っ」
久遠様の表情が、これまでに見たことのないほど険しく、鋭いものに変わった。
彼は警戒を怠らず周囲を一瞥すると、私を庇うようにして馬車へと促す。
「……一旦屋敷へ戻ろう。ここは危険だ、お前の身に、これ以上の注目を集めるわけにはいかない」
屋敷に帰り着くと、久遠様は私を奥の書斎へと連れて行った。
重厚なマホガニーの机、壁一面を埋め尽くす革装丁の本。
そこは軍の最高機密も扱う、彼だけの聖域。
女中さえ滅多に入ることのない、冷厳な空気が漂う場所だ。
「千代、さっきの光……お前、あれをどうやって出した? 以前に、一度でも出したことはあるのか」
「わ、わかりません。五條の家では、ただの一度も……。ただ、久遠様が危ないと思って、絶対に助けなきゃと手を伸ばしたら、勝手に光が溢れ出したんです」
私が申し訳なさに俯くと、久遠様は椅子から立ち上がり、私の前に膝をついた。
昨夜、初めて出会った時と同じ姿勢。
だが、その瞳に宿る熱は、より深く、重く、逃れられないものへと変質している。
「驚いた。お前の中に、これほどの清浄な気が眠っていたとはな」
彼は私の右手をそっと両手で包み込み、自分の頬に寄せた。
軍人らしい硬い皮膚の感触が、私の肌に伝わる。
「俺は戦場で数多の命を奪い、浴びた返り血の呪いを受け続けている。常に精神を削られ、正気を保つのも容易ではない。時折、その呪いが『影』となって具現化し、俺自身の命を喰らおうとするのだ」
「……だが今、お前が触れた瞬間、その呪いが完全に消えた。これほど体が軽いのは、何年ぶりだろうな」
「私の力が……久遠様の苦しみを、消したのですか?」
「ああ。五條家は、お前のことを『無能』と抜かしたそうだが……笑わせるな。あの節穴どもには、この輝きが見えなかったのか」
久遠様は低く、どこか愉悦を孕んだ声で笑い、私の指先に愛おしそうに口づけを落とした。
「お前は無能どころか、この国に数人といない『浄化』の異能者だ。汚れを払い、呪いを解く……もはや神に近い力だ」
「わ、私にそんな力が?」
「五條の連中は、自ら一族の至宝を捨てたというわけだ。滑稽な話だな」
「至宝……私が…っ」
信じられなかった。
掃除をしても、洗濯をしても、何をしても「出来損ない」と罵られ
暗い蔵の中で死を待つだけだった私が。
誰かの役に立てる力が、誰かを救うための光が、私の中にあったなんて。
「……千代。お前のその力は、あまりに強すぎる。世に知れれば、軍も政府も、お前を強力な道具として奪い合おうとするだろう」
「そ、そんなに危険なものなのですか……?」
「あぁ、お前を戦場へ連れて行こうとする連中も現れるはずだ」
久遠様の掌の力が、少しだけ強くなる。
まるで、今すぐどこかへ消えてしまうのを恐れるかのように。
「だが、安心しろ。何があっても、俺がお前を離さない。誰一人、お前の髪一筋にも触れさせはしない。お前を道具として扱う奴は、この俺が全員叩き斬ってやる」
その執着に満ちた言葉が、今は少しも怖くなかった。
むしろ、自分を必要としてくれる、彼を守るための力が自分にあることが、誇らしくて──。
「久遠様。私……もっと、この力の使い方が知りたいです。あなたが苦しまないように、あなたをお守りしたいです」
初めて、自分の意志で、未来へ向かう言葉を口にした。
その瞬間
久遠様は目を見開き、そして感極まったように私を強く、壊さんばかりの勢いで抱きしめた。
「全く…千代、お前はなんて健気なんだろうな……」
耳元で囁かれる、甘く危険な響き。
私の小さな成長と、彼の深すぎる愛。
けれど、この「浄化の光」が放たれたことで、帝都の闇に潜む邪悪な影たちが
一斉にこちらを向き始めたことを、私はまだ知る由もなかった。