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#独占欲
#溺愛
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「───五條家の出来損ないが、どの面下げてここへ来たのかしら」
華やかなシャンデリアが幾千もの光を撒き散らす、鹿鳴館の大広間。
久遠様の隣で立ち尽くす私の背中に、氷の針のような冷ややかな声が突き刺さった。
振り返ると、そこには見覚えのある、そして夢にまで見た忌まわしい顔があった。
贅を尽くした最新の夜会服に身を包み、傲慢な笑みを浮かべた義母と異母妹の美夜だ。
五條家の人々もまた、帝都の有力家系としてこの夜会に招かれていたのである。
「千代、その着物……。泥棒猫のように久遠様をたぶらかして手に入れたの?」
「無能のくせに、身の程を知りなさい。恥というものを知らないのかしら」
美夜が刺繍の施された扇で口元を隠し、周囲にわざと聞こえるような高い声で嘲笑う。
その言葉を皮切りに、着飾った華族たちの間から心ない囁きが漏れ聞こえてきた。
「ああ、あの子が例の……」
「五條家の恥晒しと噂の娘ね」
「伯爵様も酔狂なことだ」
逃げ出したかった。
私は思わず、久遠様の腕を掴む指に力を込める。
(やっぱり、私なんかがここに来るべきじゃなかった。私のせいで、久遠様にまで恥をかかせてしまう……)
視界が滲み、床の絨毯の模様だけを見つめて震える私。
その時、私の肩を抱く久遠様の腕に、ぐっと強烈な力がこもった。
「……五條殿。貴殿の家では、招待主の妻を公衆の面前で侮辱するのが作法なのか?」
地を這うような、低く冷徹な声。
その一言で、喧騒に包まれていた広間の空気が一瞬にして氷結した。
「く、久遠伯爵……! いえ、これはその、教育の行き届かぬ娘が、つい身内への親しみから失礼を…」
慌てて顔を引き攣らせて取り繕おうとする義母を、久遠様は射抜くような鋭い眼光だけで黙らせる。
「無能だと? 笑わせるな。我が妻、千代は、帝都の闇を祓う唯一無二の『浄化』の異能者だ。軍部も一目置く至宝を、掃き溜めに捨て置いた貴殿らの眼識の無さを、まずは恥じるがいい。五條の家紋が泣いているぞ」
「じょ、浄化……!? そんな馬鹿な、この出来損ないにそんな力があるはずが……!」
驚愕に目を見開き、絶句する五條家の人々。
久遠様は彼らをゴミのように一瞥だにせず
私の腰を引き寄せ、広間にいる全員に聞こえるよう堂々と宣言した。
「千代は俺の魂の番だ。彼女を傷つける者は、たとえ親族であろうと俺自ら叩き斬る。……そのことをゆめゆめ、忘れるな」
その圧倒的な威圧感と「軍神」としての覇気に、義母たちは顔を真っ青にして後ずさり
周囲の囁きは一瞬で驚嘆と羨望の声へと塗り替えられた。
「さあ、行こうか、千代。これ以上お前に不愉快な空気は吸わせたくはない」
久遠様にエスコートされ、私たちは夜風が吹き抜けるバルコニーへと出た。
遠くで鳴り響く優雅なワルツの音を聞きながら、私はようやく止まっていた呼吸を吐き出した。
「久遠様……。あんな風に、私のために……本当に、ありがとうございます」
「礼などいらん。お前は俺の妻だ。守るのは当然だろう」
久遠様は私の頬に大きな手を添え、愛おしそうに親指でなぞった。
彼の瞳には、先ほどの冷酷さは微塵も残っていない。
「千代。あんな奴らの言葉に耳を貸すな。お前は、俺が見つけた世界で一番価値のある人間だ。もっと胸を張れ」
「はい……っ、私、久遠様のためにも…もっと、もっと強くなります。いつか、久遠様にふさわしい妻になれるように」
私が涙目のまま顔を上げて微笑むと、久遠様の琥珀色の瞳が、月光を反射して怪しく、熱く揺らめいた。
「……困ったな。そんな顔をされると、夜会など放り出して、今すぐ屋敷へ連れ帰りたくなる」
耳元で囁かれる甘い吐息。
私の心臓は、またしても激しく、痛いほどに脈打ち始めた。
蔑まれていた過去が、彼の圧倒的な愛によって一つずつ塗り替えられていくのだった。