テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#1x1x1x1
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
902
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
3,116
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
地下へ続く重い鉄扉が、まるで現世との繋がりを完全に断絶するかのように、低く唸るような音を立てて閉まった。
その瞬間、地上の喧騒は塵一つ残さず消え去る。
そこにあるのは、どこまでも深い静寂。
冷徹な結界のように行く手を阻む石壁。
何世紀もの時間を吸い込んで 黒ずんだ古い煉瓦。
…そして、暗闇の棚に眠る、血のように濃い何百本ものヴィンテージワイン。
薄暗いガス灯の光が揺らめき、長い地下通路を琥珀色に染め上げていた。
「ボス、外の警備は完了しています」
インカム越しに、コンシリエーレの冷静沈着な声が鼓膜を叩く。
「この地下へ通じるルートは完全封鎖済みです。ネズミ一匹通しません。どうぞごゆっくり、お好みのボトルをお選びください」
「……ああ」
短く、低音で返す。
マフィオソ――この裏社会の絶対的な支配者であるドン・ソネリーノは、静かにワイン棚へ視線を向けた。
厳格な黒いフェドラ帽。
寸分の狂いもなく完璧に締められた斜め縞のネクタイ。
埃一つ許さない、仕立ての素晴らしい最高級のコート。
いつものように、彼には一切の隙がなかった。
……そのはずだった。
「――最高級の獲物を誰もいない奥深くに隠すのが、本当に好きだな。お前のファミリーは」
不意に、暗闇の、それも最も深い奥底から、冷やかすような声が響いた。
「……」
マフィオソの切れ上がった視線が、刃のように細くなる。
幾重にも連なるワイン棚の影。
そこから滑るようにして姿を現したのは――チャンスだった。
本来なら部外者が立ち入れるはずのないこの聖域に、彼は黒いスーツをだらしなく着崩した姿で佇んでいる。
指先でトランプのカードを器用に弄びながら、その口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「だがさ」
ピン、と小気味よい音を立ててカードを弾く。
「どれだけ厳密に鍵をかけようが、どれだけ兵隊を並べようが、世界を騙すイカサマ師には何の意味もないぜ?」
「……侵入経路は」
「秘密」
チャンスが肩をすくめて笑う。
「これを知ったら、あのプライドの高いコンシリエーレが泣いちまうからな」
「後で存分に泣かせておく」
「怖。相変わらず容赦ないね、ボス」
だが、チャンスの歩みは止まらない。
恐怖など微塵も感じていない様子で、自然な、しかし無駄のない足取りで距離を詰めていく。
気がつけば、マフィオソの背後。
衣服を掠めるほどの至近距離から、マフィオソの硬質な首筋に吐息が吹き付けられた。
「今夜は何飲む気だった?」
チャンスの長い腕が伸び、マフィオソのコートの襟元へ、挑発するように触れようとする 。
「伝説の1945年物? それとも――」
その瞬間だった。
「……お前は」
マフィオソが、地を調うような低い声で呟く。
「私を甘く見すぎだ」
「?」
次の瞬間――。
パリンッ!!!!
地下室の鼓膜を破るような、凄まじい轟音が炸裂した。
マフィオソが隣の棚から容赦なく掴み取った、数千万の価値を誇る最高級のヴィンテージボトル。
それを、チャンスの顔のすぐ横の煉瓦壁へと全力で叩きつけたのだ。
深い闇の中で、極上の赤ワインが鮮烈に炸裂する。
鋭利なガラスの破片が火花のように飛び散り、地下の神聖な静寂が一瞬にして完全に破壊された。
「なっ――!?」
さすがのチャンスも、予測不能の暴挙に一瞬だけ身体を硬直させた。
そのわずかな隙を、マフィオソが逃すはずがない。
「捕まえたぞ、ペテン師」
マフィオソは強引にチャンスのスーツの胸ぐらを掴み上げた。
そのまま、圧倒的な力で彼を背後のワイン棚へと叩きつけるように押し付けた。
ガタガタッ!!
棚が激しく揺れ、眠っていた他のボトルたちが悲鳴のような音を立てる。
壁を伝った濃厚なワインが床へと広がり、二人の足元にルビー色の海を作り出していく。
熟成された甘く豊潤な香りが、密閉された地下空間全体へと急速に充満していった。
「……はは」
チャンスは背中を打ち付けられながらも、強がりの笑みを浮かべようとする。
「やるじゃん、ボス。だけどさ……数千万飛ばしたぞ、今の一撃で」
「安いものだ」
マフィオソの瞳には、冷酷な光だけが宿っている。
「お前そのふざけた口を、完全に黙らせられるならな」
「うわ、愛が重いね」
だが、チャンスはどこまでも嬉しそうだった。
完全に退路を断たれ、力で押さえつけられているというのに、その口元だけが歪んだ愉悦に濡れている。
マフィオソは、その傲慢な余裕が何よりも気に入らなかった。
「……」
マフィオソの長い指先が、自らの首元へと伸びる。
スルリ。
完璧に締められていたはずの、斜め縞のネクタイがゆっくりと解かれていく。
その冷美な仕草に、チャンスのサングラスの奥の目が初めて細められた。
「おいおい……」
チャンスの声に、かすかな緊張が混ざる。
「それを自ら外すのは、反則だろ、ボス」
「黙れと言ったはずだ」
マフィオソは容赦なく、解いたばかりのシルクのネクタイを、チャンスの開いた口元へ押し込んだ。
「んぐっ……!?」
「静かにしろ。お前のさえずりは耳障りだ」
「……っ、ん、」
布に声を遮られ、珍しく喋る権利を奪われたチャンス。
今や地下室に響くのは、二人の重なり合う荒い呼吸と、滴るワインの音だけだった。
マフィオソは冷徹な支配者の目で、自由を奪われたペテン師を見下ろす。
「私の縄張りに無断で足を踏み入れ、好き勝手にかき回した代償だ。たっぷりと支払ってもらう」
低い声が、チャンスの鼓膜を震わせる。
「……っ」
さらに、マフィオソの容赦ない手が動いた。
チャンスのシャツのボタンを、片手で乱暴に、引きちぎるようにして外していく。
パチ、パチ、とボタンが硬い石の床へと落ちる音が虚しく響く。
露わになっていく、チャンスの胸元。
そこへ、先ほどの割れた赤ワインが壁から滴り落ちてくる。
ドロリとした真紅の液体が、熱を帯び始めたチャンスの肌の上を、ゆっくりと伝い落ちていく。
「……っは」
チャンスが苦しげに、息を呑んだ。
マフィオソは、そのワインに濡れたチャンスの首筋へと、ゆっくりと顔を寄せた。
濃厚な極上ワインの芳香。
マフィオソ自身から漂う硬質な煙草の匂い。
そして、組み敷かれたチャンスの身体から立ち上る熱。
それらすべてが、濃密に混ざり合い、発酵していく。
「ん、……っ」
ネクタイに遮られた、声にならない吐息がチャンスの喉から漏れる。
マフィオソはワインで濡れた指先で、チャンスの顎を強引に持ち上げた。
「いつも余裕ぶるなと言っただろう、チャンス。……今夜は、お前が私に追われ、支配される側だ」
その決定的な言葉。チャンスの瞳が揺れた。
「……ボス」
ネクタイ越しにくぐもった、掠れた声が響く。
「それ……、ズルい……っ」
「知らん」
だが、チャンスを支配しているはずのマフィオソ自身も、その冷徹な仮面の裏で、確実に呼吸を乱していた。
冷たい地下室。
衣服を汚す甘いワインの香り。
そして、互いの境界線を曖昧にしていく、引き裂かれた衣服。
完全に、室内の空気は一線を越えていた。
「……っ、ん」
チャンスは諦めたように、背後の壁へと頭を預けた。
その無防備な首筋に、マフィオソは躊躇なく、ワインを割り吸うようにして自らの唇を強く押し当てた。
「んんっ……!」
チャンスの身体がビクリと大きく跳ね上がる。
マフィオソの唇が、チャンスの鎖骨に溜まった赤ワインを、なぞるようにして深く吸い上げた。
アルコールの刺激と、チャンスの肌の体温が、マフィオソの胸の奥を激しく狂わせていく。
マフィオソは空いた手で、チャンスの衣服を緩め、その身体をさらに深く組み伏せた。
スラックスの生地が擦れ合い、緊迫した音が響く。
「お前が私を狂わせたんだ、チャンス。……なら、最後まで付き合え」
「……あ、っ……」
口を塞がれたままのチャンスの身体が、焦燥に駆られたようにマフィオソを強く求め、引き寄せる。
床に広がった最高級ワインの海が、二人の激しい衣擦れに合わせて波立っていた。