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事件から数日後、クラウディウスは久々にオランジュ家を訪れた。エルヴィーラの風邪が長引いていると聞き様子を見に来たのだ。
「此方へ、どうぞ」
侍女に案内をされてエルヴィーラの部屋へと向かう。
今日はオランジュ夫妻は不在でいない様だ。差し詰め娘のヴェローニカの件だろう。
あの日、彼女はティアナに対しての様々な嫌がらせと誘拐の幇助を自白した。レンブラントは怒りに震え手を出すのではないかと心配になったが、何とか耐えていた。その後オランジュ家に使いを遣り、事実を告げた上で抗議した。
「エルヴィーラ、調子はどう?」
部屋に通されるとエルヴィーラはベッドに座り本を読んでいたが、声を掛けると顔を上げクラウディウスの姿を確認するとニッコリと笑う。
「心配はしていたんだが、少し立て込んでいてね。すまない」
「何か、あったんですか」
人払いをして二人だけとなると、エルヴィーラはまるで小鳥が囀る様に愛らしい声で話し出す。
「エルヴィーラ……」
「ふふ、どうなさいましたか」
彼女を見て様々な思いが溢れてきた。
気が付けばクラウディウスはエルヴィーラに縋り付く様に抱きついていた。そんな情けない自分を彼女は優しく抱きとめてくれる。
「そんな事が……。ですが、ティアナ様がご無事で良かったです」
簡潔にこれまであった事を説明をした。途中不安気にしていたエルヴィーラだったが、最後には安堵のため息を吐く。
「ただ今回の事、不明瞭な事ばかりでわだかまりが拭えない。私は騎士団が動いていた事すら聞かされていなかったんだ」
普段彼女にこんな踏み込んだ仕事の話はしない。だが気が付けば次から次へと不安な思いが溢れ出し、止める事が出来ないでいた。
ーー父から試されている。
そう感じた。
今この国の王太子なのは自分だ。だがこれから先そうであり続ける保証はない。元々クラウディウスは不安定な立ち位置にいる。
第二王子である直ぐ下の弟のハインリヒの母は、側妃で昔から国王の寵愛を受けている。家柄も申し分なく、思慮深く強かな女性だ。口にこそ出さないが、息子のハインリヒを王太子に据えたいと考えている事は明確だ。
クラウディウスの母は正妃であり、家柄はこの国の上位を争う程の有力貴族と言える。ただ母は国王と表面上仲睦まじく振る舞ってはいるが、実際の二人の関係は冷え切っている。詳しい事柄は知らないが、母は元々正妃になる予定ではなく別に婚約者がいたと聞いた。要因はそこにあるのだと思う。
そんな二人の妃は王子であるクラウディウスやハインリヒを授かった事で険悪となり歪み合う事になった。無論それは息子達の関係性を表している。
ハインリヒは昔からとても優秀で才気溢れ、何事においても才能を発揮していた。そんな優秀な弟に負けない様にとクラウディウスは必死になって何事も励んで来た。だが、持って生まれた才はどうしても変えられない……そう感じている。
「クラウディウス様は何れこの国を担う王になられるお方です。もっと自信を持って下さい。より良い国を築き、この国に生まれて良かったと誰もが思える様な国になさるのでしょう」
幼い頃、彼女に話したクラウディウスの夢だ。
(そうだ……私はこの国をより良き国に、歴代のどの王よりもより良き王になると誓ったんだ)
「弱音など吐いてすまなかった。ありがとう、エルヴィーラ。やはり私の妃に相応しいのは君しかいない」
彼女は幼馴染で許嫁で、誰よりも自分を理解し信頼を寄せてくれている。とある事が原因で、精神的な理由から家族と自分以外とは話す事が出来なくなってしまった。それ故に王太子妃に相応しくないと言う者も少なくないが、クラウディウスは彼女以外の女性を妃に迎える気は毛頭ない。
「私の愛しいエルヴィーラ、愛している」
「クラウディウス様……私も何があろうとずっと貴方をお慕いしております」
彼女の美しい青い瞳を覗き込み、白く柔らかな頬に触れ、ぷっくりとした赤い唇に口付けた。
「それにしても、お父様達には困ったものです。レンブラント様やティアナ様にご迷惑をお掛けしてしまい本当に申し訳ないです」
「君が気に病む必要はない。悪いのはヴェローニカと、それを許してしまうオランジュ夫妻だ。今後どうするかはまだ分からないが、また修道院に送り返すのが妥当だと私は考えている」
クラウディウスの意見にエルヴィーラも頷き賛同した。
「姉として、心を入れ替えて欲しいと願っていましたが……あの子には無理だった様ですね。残念でなりません」
「人はそんな簡単には変われないという事だな」
(そうだ、人はそんな簡単に変わる事など出来やしない……だが、私は今のままではダメだ)
自身の言葉が鋭く痛いくらいに突き刺さる。
今回の件、明らかに自分の失態と言わざるを得ない。
大切な友人の婚約者を危険晒した上に、結局何が起きているのかさえ分からないまま手を引かざるを得なかった。
『私からの報告は以上です』
『そうか、ご苦労だった。後の事は騎士団に一任する』
『お待ち下さい、父上。今回の件は私の側近の婚約者等を巻き込み起きた謂わば私自身の問題でもあります。このまま黙って手を引く訳には……』
『クラウディウス。この私が決めた事に、不服でもあると言うのか』
『いえ、決してその様な事は……出過ぎた発言でした』
ゴーベル家の屋敷から帰還した後、クラウディウスは国王である父に報告を上げた。そして自分の無力さを痛感した。