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「樹月もさ、自分のことばっかじゃなくて相手の気持ちも考えられるようになったら、同じように同じくらいの愛情を与えてくれる人に出会えると思うよ。俺に期待するのは時間の無駄」


バッサリ言われてしまい、樹月はぶわっと涙が溢れた。昔は泣いたらその綺麗な指先で涙を拭ってくれたのに。おいでって手を引いてその胸で泣かせてくれたのに。

珍しくもないように穏やかな顔で樹月の泣く姿を見下ろす千紘は、もうあの頃の千紘ではない。何度もそれを確認したのに認めたくなかった。

千紘が変わったわけじゃない。きっと本来の千紘がこちら側で、自分のことを好きでいてくれたから特別な部分を見せてくれていたのだ。


何もかもを理解したら、これ以上何を言っても何をしても無駄だと思い知らされる。


「もう遅いから帰りな。送ってはあげられないよ」


凪は自分の一歩前で樹月を見下ろす千紘の背中を見つめた。表情は見えないが、自分と話す声色とは少し違った。

それに、何度もしつこく「送ってくよ」と言った先程の言葉を思い出した。当然凪が断って1人帰路を歩いていたのだが、樹月には送ってあげられないと言う。

千紘にとって他人を家まで送ることは当たり前のことじゃないのだと凪は思った。


「……いい。1人で帰れるから」


樹月はゴシゴシと服の袖で涙を拭うとふらっと立ち上がって千紘の顔も見ずに背を向けた。悲壮感たっぷりでふらふらと歩いて行く。

まるで悲しんでいることをアピールするように。凪は最後まで大袈裟な奴だと顔をしかめながら軽く息をついた。


「ごめんね、凪。巻き込んで」


千紘は少しだけ体ごと斜めに凪へと向けた。顔の45度の角度が美しい。薄暗く漏れた街灯の光が更に妖艶に見せた。

その顔は穏やかなのに、ほんの少し寂しそうで凪は無意識に本当に樹月を好きな時期があったのだろうと思った。


本人に直接ここまで言うのは、千紘にとっても辛いことだったはず。できたら自分で察して理解して、自らの意思で自分との距離を置いて欲しかったはずだ。


凪はゆっくり手を伸ばした。それから自分よりも少し高い千紘の頭上に手を乗せる。ふわっとした柔らかい髪に指が沈んだ。


「……凪?」


「……泣きそうな顔してる」


凪の言葉に千紘は瞳を揺らした。こんな感情になった時、それに気付いてくれた人はいたっけかな、と千紘は考える。いたとしても随分昔のことだったようで、全く思い出せなかった。

その代わり、凪の言葉だけが温かく胸の奥深くまで千紘を満たした。


「泣かないよ……」


千紘はそう一言だけ呟いて、トンっと凪の肩に額を置いた。

あんなにも外で抱きつくなと騒いだ凪は、仕方ないと眉を下ると優しくその背中を摩った。


暫くすると千紘は顔を上げ「めっっっちゃ満たされた」と満面の笑みを向けた。

凪は肩をすくめ、眉をひそめる。


「よかったな、回復して」


「回復って、最初から弱ってないし」


「はいはい」


「ねぇ、凪。ホントだよ」


「わかったよ」


必死な千紘に、凪はふっと笑みをこぼす。その柔らかな笑顔は千紘を安心させるのに十分過ぎる程だった。


「好きだなぁ……」


「わかったって」


「本気なんだけどなぁ」


「うん、伝わった」


いつもの調子で言う千紘に、凪は軽く目を閉じて言う。あんなにも真剣になぜ好きかを熱弁されたら、さすがの凪だって理解しないわけがない。


「え? じゃあ、付き合ってくれるってこと?」


「言ってない」


凪は面倒くさそうに大きく息を吐いて、また歩みを進めた。邪魔者がいなくなった今、帰宅しない理由がなかった。

しかし、その後をとことことついてくる千紘。


「やっぱ送ってくー」


大きな一歩を踏み出して千紘は凪の隣に並んだ。凪は少しだけ考えてから「好きにすれば」と答えた。

凪を家まで送り届けることが千紘にとっての安心に繋がるのなら、好きにさせてやればいいと思った。


「……凪はさ、本気で好きな子いた?」


千紘は真っ直ぐ前を向きながら尋ねる。凪もチラリと視線を向けたが、千紘の表情はわからなかった。


「いたと思うよ。ただ、アイツみたいにあんなにのめり込んだことはない」


「はは。俺もあそこまで惚れられたのは初めてかな。凪は多そう」


「多そう? ああいうメンヘラっぽいの?」


「一応そのメンヘラ、俺の元彼なんだけどね」


「わかってるよ。死ぬって言って自殺未遂した子とかはいたよ」


「凪の魅力は中毒になるからね」


「なんだそれ」


凪は呆れたように顔を眉間に皺を寄せた。千紘の好意は別として、今の客の中にも千紘以上に自分のことが好きな人間がいたかと考える。

セラピストを辞めてもう会えないと言った時、樹月と同じように泣いて縋ってくる女性はいるだろうか。そう考えた時に何人か思い当たる人物がいた。


「凪はそれだけ魅力的ってことだよ」


「ふーん……。あんだけ依存されてるお前も相当なんじゃねぇの?」


「え? 凪、俺のこと魅力的って思ってるってこと?」


「言ってない。少なくとも他の男にとってはって意味」


「えー。でもまあ、人の気持ちなんて変わるからね。好きになることもあれば嫌いになることもある。だから、好きな気持ちがお互いに向いてることってそれだけで凄いことだよね」


「大人になると余計にな。目が肥えて他人を簡単に信用しなくなる」


「ねー。騙されてもいいやって思えるくらいのやつじゃないと中々本気出せないよ。まあ、それが凪だけど」


「はいはい」


「まだ諦めつかない?」


「なんの?」


「俺のモノになるっていう」


「今のところ予定はないな」


さらりと返した凪。絶対ないから今のところないに変わった。それに気付いた千紘は、また1つ距離が縮んだ気がして嬉しそうに顔を綻ばせた。

ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

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