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所持金も問題無いのだ。
多少捕まえるのに手間取らされたこのファニール君を購入するために、『収納』から必要な分の金貨を取り出す。
「買わせてもらうよ。金貨62枚だったね。この場で支払えばいいのかな?」
「まいどっ!悪いけどレジ…会計のカウンターまで来てもらうよっ!金のやり取りはちゃんとしたとこでやるべきだからねっ!それにしても…平然とそんな風に『格納』?を使えるあたり、アンタって絶対ただのしがない竜人《ドラグナム》じゃないだろ?」
「ただのしがない竜人の冒険者だとも。少なくとも、今はそう言うことにしておいて欲しいかな?」
「それもう、ただの竜人じゃないって言ってるようなもんじゃん…。ま、いいさ。カウンターの前までいこっか!」
その内私の正体は正確に伝えることになるし、その時まで待っていて欲しい。
さて、取引自体は私を出迎えた時に座っていたカウンターで行うらしい。ピリカは”レジ”と言っていたが、”レジ”とは何なのだろう?
会計に関わることだとは思うのだが、会計のカウンターを”レジ”というのだろうか?
ピリカと共に会計のカウンターまで移動する間、魔力が残っていると言うのにファニール君はずっと大人しくしている。
だが、ここで腕の力を緩める私ではない。このファニール君は本当に意思が宿っているんじゃないかと思えるほどに狡猾だからな。
私がファニール君を追い詰めている間、彼は何度か大きな隙ができたフリをしたのだ。一種のフェイントである。
勿論それに引っかかる私では無かったのだが、重要なのはフェイントを、相手を騙すという行動ができると言う事実である。
今は完全に動きを止めているが、私が腕の力を緩めた瞬間、彼は瞬く間に私の腕から抜けて私の傍をウロチョロするのは目に見えているのだ。
「プロロ…ピピプロプ…パーポー…」
だからね。そんな同情を誘うようなか弱そうな音を出したとしても、私は君を開放する気は無いんだ。素直に諦めてもらおう。
「アンタ、全然隙が無いなぁ…。絶~っ対、ここに来るまでの間に腕の力を抜くと思ったのに…。そこまで徹底してファニール君を捕まえたままにしとく人も初めてだよっ!」
「この子を捕まえようとしてる際に、何度かフェイントを入れられていたからね。この子なら、チャンスがあったら確実に私の腕から抜けていくだろうさ。何せ、この子に込めた魔力はまだまだ残っているからね」
私がファニール君に込めた魔力はまだ半分以上余裕で残っているのだ。ちゃんと代金を支払い終わり、『収納』に仕舞うまではしっかりと捕まえておくとも。
ピリカにファニール君の代金である金貨62枚を渡すと、それをピリカの傍に設置された奇妙な形をした棚のような物の中に流し込んでいった。
棚の一部から黄色の数字が表示され、徐々に増加していき62で止まる。
どうやら、コレも魔術具のようだ。だとすると、コレもピリカの製作物ということになるのか。
「ほいっ!金貨62枚!ちょうどもらったよっ!まいどありっ!」
奇妙な形の棚が機嫌の良い音を立てる。この奇妙な棚は一体何なのだろうか?これが、ピリカの言う、”レジ”、というやつなのだろうか?
「見たことも無い魔術具だけど、これは一体何なのかな?」
「コイツは冒険者ギルドのマスターの要望の後についでで作った、”レジ”っていう会計のための魔術具だよっ!まぁ、アイツは単純に計算が簡単にできる魔術具を作ってくれって言ってきたんだけどねっ!」
なるほど。ここでもマコトが故郷の知識を何か振るったらしい。
簡単に計算ができる魔術具か…。
確かに、それがあればギルドの仕事もかなり捗りそうだな。完全に、とは言えないだろうが計算ミスも無くなりそうだ。
ピリカの言うこの”レジ”と言う魔術具は投入口に貨幣を入れることで自動で数を数えた上で、お釣りまで用意してくれる優れモノなのだそうだ。
マコトの要望で計算のための魔術具を作った後に、マコトがそれならば金勘定を自動でやってくれる魔術具があれば…と呟いたのを聞き逃さなかったらしい。
そうして出来上がった魔術具を見て開口一番にマコトがコレを”レジ”、と呼んだのだそうだ。それでこの魔術具の名前がそのまま”レジ”になった、というわけだ。
正直、どの店の人間でもこの魔術具を欲しがると思う。ただ、コレもやっぱり魔術具だからな。相当に値段が高い気がする。
ピリカにファニール君の代金を支払い終えて、ファニール君を『収納』へ仕舞う。まだ魔力は残っていると言うのに、逃げられないと分かっているからか、とても大人しい。
このまま別れを告げて店を後にしても良かったのだが、やはりファニール君の構造というか、仕組みが気になったのでピリカに直接聞いてみることにした。
なお、説明を断られた場合は素直に引き下がる。その時は、自分で解析して仕組みを精査しよう。
「で、ピリカ。結局、このファニール君はどういう仕組みでああいった動きができていたの?」
「う~んとな…?悪いんだけど、アタイもファニール君が空を飛んだのは初めて見たんだよ…。そもそも、ファニール君って魔力を込めた奴によって動きが変わるからなぁ…。あんなふうにファニール君が動くには、アンタが魔力を込めなきゃまず無理だろうね!」
「つまり、貴女が作った魔術回路には、宙に浮かぶような仕掛けは施していない、と?」
「うんっ!ファニール君の原理はさ、魔力を込めた奴と魔力で繋がることで、ソイツの考えや視界を読み取って動きを予測、触れられないように逃げる。っていう仕掛けなんだよっ!ついでに、ファニール君はファニール君で自分の視界をちゃんと持っているぞっ!それに加えて魔力を込めた奴の視界も認識するんだっ!」
それで私の動きが予測されているかのような動きができていたのか。道理で捕まえ辛い筈だ。何せ此方から相手にどう動くのか、常に教え続けているようなものなのだからな。
それに加えてファニール君自身も自分の視界を持っているとはな…。
これ、少し改造したら超高性能な偵察機になったりするんじゃないのか?
いやしかし、宙に浮かんだのは私が魔力を込めた時が初めてだったんだよな?しかも、宙に浮かぶ原理自体は理解できていない…と。
それはつまり、ファニール君が私の魔力を用いて宙に浮かぶ何らかの手段を自分で使用しているということか?
ピリカは意思が宿っていないと言っていたが、似たようなものはファニール君にあるような気がしてならない。
とにかく、良い買い物だったのは間違いない。家に帰って”ヘンなの”の解析と併用してファニール君も解析してみよう。
勿論、ファニール君は解体せずに、だ。この子はウルミラの遊び相手になるかもしれないのだからな。
「この店、また訊ねさせてもらうよ。まだいろいろと見てみたいものが沢山あったからね」
「おぅっ!いつでも来なよっ!アンタなら大歓迎さっ!玩具で遊ぶでも、魔女の話をするでも、何だっていいよっ!」
別れを告げて魔術具店を後にする。いやはや、本当に凄まじい天才がいたものだな。この店にはぜひまた訪れよう!
さて、魔術具店の次は酒屋だ。可能な限り、あの騎士団長が持っていた酒と同種の物を探して購入しよう。
味自体は、私も覚えているから試飲できれば助かるが…まぁ、無理だろうなぁ…。
地図に書かれた酒屋は幅だけでも普通の住宅の2倍近くある。外観だけ見てもかなりしっかりとした作りをしているし、この建物が建てられてからかなり時間も経っているようだ。
老舗、というやつなのだろうな。これは酒の種類も品質も期待できそうだ。
「へい、いらっしゃいっ!じっくりと見てってくれなっ!」
店に入ればすぐさま張りのある大きな声で出迎えられる。元気のいい店員だな。
さて、目的の酒はあるかな?まずは瓶に張り付いていたラベルと同じ物を探すとしようか。もしわからなかったら、店員にあのラベルに描かれていた名前らしきものを聞くとしよう。
ああ、あったあった、コレだ。
マスター・マークの12年。この酒が最初に皆で口にした酒だったな。ひとまず購入した後で飲んでみて、同じ物だったら後でまたある程度の量を買うとしよう。
さて、他の酒は…と。
うん、老舗の酒屋というだけあってちゃんと見つけられた。これらも、まずは私が飲んで味を確認しておこう。
酒の良さは分からないが、刺激の強さや臭い、味は私でもちゃんと分かるのだ。酔わないけど。
会計をしていると、何やら酒屋の店員が私を出迎えた時とは打って変わってとてもしんみりとした表情をしている。
何か理由がありそうだが、どうしたのだろうか?
「この酒のラインナップ…。お嬢さん、ひょっとして、墓参りでもしに行くのかい?」
墓参り、とな?
ん?ああ、そうか。私が選んだ酒は全てあの騎士団長が所持していた酒だからな。
彼はこの5種類の酒を特に気に入っていたというのは有名な話らしいので、手向けのために購入しに来たと思われたようだ。
なるほどな。良いかもしれないな。
どういう経緯にせよ、彼のおかげで私は人間達と関わろうと思うようになったのだ。
そして、私が出会った人間達は、全てとは言わないが大抵の者達は好意的に接してくれた。
今のところは、人間達の味方であっても良いと思えるぐらいには。
そのきっかけを与えてくれた彼に墓参りをするというのも、悪くないな。
そもそも、こんなに大量の酒、飲めないわけでは無いが、私では楽しむことができないのだから。
「そうだね…。これらの酒が好きだったと聞いていたから、見つけたら買ってみようと思っていたよ。直接話したことがあるわけじゃないけど、彼のファンなんだ。ところで、肝心の墓の場所が分からないのだけど、教えてもらうことはできる?」
「ああ、構わんよ…。そうかぁ…こんな美人さんにまで慕われてたたぁなぁ…。国のためとはいえ、無茶しやがってよぉ…」
うん、やはりあの騎士団長の墓参りだと思われているようだ。
彼等の墓は公営共同墓地に建てられているらしい。
遺体や遺留品等は無いが、連絡が途絶えてから1ヶ月間経った後、あの騎士団達は全員死亡したとみなされ国を挙げて葬儀が執り行われたそうだ。
騎士団長のことをファンと言った言葉に、偽りはない。彼の日記を読んでみただけでも、彼自身には好感が持てる人物だったからな。
それに加えて、彼を題材にした何作かの小説を目に通せば、彼に対してますます好感が持てたのだ。
「私も飲んでみて、気に入ったのならまた買わせてもらうよ」
「ああ、お嬢さんは竜人か。強い酒だからね。普通は女性にはススメないんだが、お嬢さんなら問題無く飲めるだろう。特に、マスター・マークは味だけじゃなく香りも良いと評判なんだ。酒好きなら、きっと気に入ると思うよ」
済まない。私自身は酒の味や香りは理解できるが、楽しめるわけじゃないんだ。
それでも、ホーディもゴドファンスも気に入ったみたいだからね。味と香りを確認でき次第、またこの店にも訪れよう。
さて、残るは宝石店か。
到着してから言うのも何だが、騎士に道を尋ねた場所から随分と離れた場所にあるな。3つの店の中で王城に最も近い場所にあった。
周囲を見回してみれば、この辺りの人間達の服装や身なりはとても良い物になっている。
そう言えば、小説では相応しい服装でなければ入店できないような店があったな。目の前の宝石店もその類の店なのかもしれない。
私が今着ている服も決して悪い服では無いのだが、それでも周りの者達の服と比べると少々品質が落ちている。
ならば、アレに着替えようか。
その場で周囲に『影幕《シャドウカーテン》』を発動させて、周囲の者達から私の姿を見られないようにする。
私は別に裸を見られることに抵抗は無いのだが、なんでも街中を裸で行動すると犯罪になる、と法律で決まっているのだ。
[郷に入っては郷に従え]。
好き好んで犯罪者になるつもりなど毛頭ないので、裸を見せないためにも私の四方と上部を真っ黒な魔力の膜によって隠すことにした。
着替え終わったので『影幕』を解除すると、周囲の視線が私に集まっている。
この視線は、突然現れた『影幕』に対してのものと思いたかったのだが、やはり違うようだな。
先程まで私に対して何の関心も持っていないように見えた人物ですら、此方を見て息を呑むような表情をしている。
中には口に咥えていた、パイプという趣向品の煙を吸うための道具を口からこぼしてしまうほどに意識を奪われてしまった者もいるようだ。
…どう考えてもこの服装が原因だろうな。
私が着替えた服は、イスティエスタの仕立て屋のフウカが私のために仕立ててくれたベルベット生地の衣装だ。赤を基調とした暖炉の炎を彷彿とさせるような、ゆとりのある長袖のシャツとロングスカートである。
周りの視線を気にする必要など私には無い。周囲の者達のことは放っておいて宝石店へ入るとしよう。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。本日はどういったご用件でしょうか」
「装飾品を3つ、探していてね。予算は金貨100枚。1つは私用、後の2つはお土産用だよ」
店に入れば、燕尾服をきっちりと着込んだ壮年の男性にとても恭しい態度で出迎えられた。初めて見る種族だな。
それはそれとして、この服装で入店して正解だったらしい。
要件を伝えれば、出迎えてくれた男性は大きく満足気に頷いて更に詳細を訪ねてきた。
「種類や形状、石などに要望は御座いますか?」
「私用の物は貴方が私に予算内で似合いそうなものを見せてもらえればそれで良いよ。ただし、あまり派手なのはよして欲しいかな」
「かしこまりました。お土産用の方はいかがなさいますか?」
「1つは白を彷彿させる女の子に、1つは黒を彷彿させる女の子に用意してあげたい。ただ、どちらも身に着けるよりも眺めて楽しむ方が好きな娘達だから、部屋に飾っておけるようなものが良いかな?」
「かしこまりました。それでは、ご要望の品が用意できるまで応接室でお待ちいただけますか?ご案内致しますので、此方へどうぞ」
そう言って男性は歩き出す。私を応接室まで案内してくれるようだ。素直に付いて行こう。
案内された部屋で椅子に腰かけると、そのタイミングで給仕と思える格好をした若い女性が紅茶と焼菓子を持って来た。
ここは宝石店だと言うのに、食事まで提供するのか。
ああ、そう言えば指名依頼で魔術師ギルドで出迎えられた時もお茶とクッキーを提供されたな。
あの時も言ってみれば私の立場は客人という扱いだったのだ。
こういった店では客に相応のもてなしをするのが決まりなのだろう。
受け取った紅茶を顔まで近づけて香りを楽しむ。
良い香りだな。紅茶から出る爽やかな香りは、どこか清涼感すら感じさせる。カップも温かく、これならばそう簡単に紅茶が冷めることも無い。
味はどうだろうか。ゆっくりと口の中に温かい紅茶を流していく。
味はとてもしっかりとしているな。決して強くは無いが紅茶と分かる味と渋みだ。それでいて味が舌に残り続けない。後味が良いのだ。
私が思うに、よほど好きでなければ渋みや苦味という味は、いつまでも口の中に残しておきたい味では無いだろう。苦みや渋みの中にある旨味を楽しんだ後は、綺麗に無くなって欲しいと私は思う。
つまり、この紅茶は私好みの味というわけだ。正直言って、魔術師ギルドで飲んだ紅茶よりも美味しく感じる。
焼菓子の方はどうだろうか。
あぁっ!?
これは、少し形状が異なるが私が馬車で移動する際に立ち寄った村で売られていた、ハチミツを使った焼菓子じゃないか!
あの時は食べ逃してしまってとても残念な気持ちになったが、こうして口にする機会に恵まれるとは…実に僥倖なことだ!
提供された焼菓子の数は1つ。1口で食べられるが、勿論そんなもったいないことはしない。紅茶と一緒に楽しむためにも、3口で食べよう。
特にスプーンやフォークも無いので、そのまま手づかみで食べて良いのだろう。
手に取って3分の1ほどで焼菓子を噛み切る。その味は―――
とても、甘い。それでいて卵や乳の味をしっかりと私の舌に伝えてくれている。
砂糖は一切使用していないな。この甘さはハチミツの甘さのみで引き出されているのだ。
それ故にハチミツの香りがとても強い。舌触りも滑らかでしっとりとしている。
とても美味しい。売られている場所を聞いて、今度購入しておこう。勿論、家の皆の分もだ。
「お待たせいたしました。ご注文の品をお持ちいたしました」
焼菓子を食べ終わる頃になると、見計らっていたかのように私を出迎えてくれた男性が艶のある黒い箱を両手に持って部屋へと入室してきた。
あの黒い箱の中に、注文した装飾品が入っているとみて間違いないだろうな。
はてさて、どんなものが入っているかな?
入室してきた男性の表情は非常ににこやかである。
えらく上機嫌だが、何か良いことでもあったのだろうか?
本で読んだ宝石や装飾品の価値を考えると、3つで金貨100枚分の価値というのは宝石としては割と一般的な価格だったと思うのだが…。
「お待ちしていただいている間は、此方でご用意させていただきました紅茶とフィナンシェを大変楽しんでいただけたようで、恐悦至極に御座います」
「うん。とても美味しかったよ。良ければ、後で取り扱っている店をどちらも教えて欲しい。焼菓子も紅茶も、別々の店なのだろう?」
「それはそれは!ええ、仰る通りで御座います!本店と提携している菓子屋と茶屋の店主も、貴女様が気に入ったと知れば大層光栄に思うことでしょう!」
私を出迎えた時からというもの、随分と彼は恭しい態度をしているな。
私が喜んだことをとても嬉しそうにしているが、何が彼を此処まで喜ばせているのだろうか?
実は1つだけ、心当たりがある。彼の種族だ。
彼、竜人なのだ。