テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「もういい加減にして!!!!」
まるで世界中に届くのではないかと、轟くのではないのかと、そう思える程に大きく、そして彼女の全魂が込められた力強い声だった。
声の主は、僕が恋をした大好きで大切な人。
心野雫さんだ。
「あらー。お久しぶりー、ココちゃん」
「やめてください。アナタにその名前を呼んでほしくはないです」
そして心野さんは歩み寄る。ココロノさんの所へ。
僕の勘は当たっていた。やはり心野さんはココロノさんのことを知っていた。事情も理由も分からないけど、それだけは確かだ。
「どうして但木くんを狙ったんですか? 前みたいに手紙を書いて、直接私を呼びつければ良かったじゃないですか」
「いやいやー。だってさあ、あの時ココちゃん、話してる途中なのに逃げちゃったじゃないの。だから今回も、呼んだとしても同じことになっちゃうんじゃないかなって思ってねー。でしょ? すぐに現実から逃げちゃう弱虫のココちゃーん?」
「……私の呼び方を変えるつもりはないみたいですね」
「いいじゃんいいじゃん、呼び方くらい。そういう細かいことばっかり気にしてるから成長しないんだって。少しは学ぼうねー」
「成長していないことは認めます。だけど、呼び方くらいってなんですか? そのあだ名は私の大切な幼馴染が付けてくれた宝物のようものなんです」
「へー、大切な人ねえ。でも、そんなに大切な幼馴染ちゃんのことを無視し続けてたのはどこの誰だったっけなー?」
「……それも認めます。全部認めます。私の弱さも、情けなさも、弱虫なところも、全部。でも、私は変わります。絶対に変わってみせます。そう、決めましたから」
その言葉を聞いて、僕は口を挟みそうになったけど、やめた。『全部認める』とハッキリ言い切った心野さんは、何かしらの決意を持ってここに来て、そして言葉にしたんだ。邪魔はしたくない。彼女を信じたい。
「ふーん、そうなんだ。全部認める、ねえ。でも、こうして私がまた出てきてここにいるってことは、結局何も変わってないんじゃないのー?」
「そ、それは……」
「あ、一応言っておくけど、前だって最初にオトちゃんを呼んだんだよ? 伝える前にココちゃん逃げちゃったから知らないと思うけどさー。でも、オトちゃんはただのイタズラメッセージだと思ったみたいで無視されちゃったんだ。でも但木くんはちゃんと来てくれたから助かったよー」
「あの時に逃げたことは今でも悔いています。でも、但木くんを狙ったことは絶対に許しません」
「あははっ! そっかそっか。うんうん、分かるよーその気持ち。まあ、あえて言わないであげるけど。いやいや、優しいなあー私って」
「言葉にしないでくれたことには感謝します。でも! 絶対に、絶対に許さない! 私の大切な人に迷惑をかけたことは!!」
僕の知っている心野さんとは別人だと錯覚する程、その声はハッキリとした意志を持ち、大きな怒りに満ち溢れていた。
そして対峙する。心野さんとココロノさんが。
「許さなくても結構だよーん。というかココちゃん、忘れてない? アナタが中学生の時に説明したじゃん。私を創ったのはココちゃん自身なんだよって。私だけじゃない。『この世界』も。ぜーんぶアナタが創ったんだよ? 望んだんだよ? 未だに理解してないの? あははっ、おバカだなあー」
「今の私はそんなの望んでなんかない!!」
二人のやり取りを聞いて、これは異常であり、奇妙であり、不可思議極まりない事態であることは理解した。だけど不思議なことに、僕は冷静だった。いつも以上に。
しかし、どういうことだ? 心野さんがココロノさんを創っただって? 世界を創っただって? 駄目だ、分からないことだらけだ。理解が追いつかない。
「ふーん、そうなんだー。でも、ちょっとは望んだんでしょ? じゃないと私が出てくるわけがないもん。私はココちゃんの『理想の人格』なんだから。それに私、ココちゃんが中学生の時、ちゃんと言われた通りにしたよ? メッセージを無視された後、オトちゃんは巻き込まないでっていうココちゃんのお願いを聞いてあげたよ?」
「……それは感謝しています」
オトちゃん。つまりは音有さんのことか。少し頭の中を整理しよう。
心野さんがこのココロノさんに初めて出会ったのは中学生の時。その頃の心野さんはイジメに遭い、自分の殻に閉じ篭もっていた。そして妄想をするようになった。ひとつの『世界』を作ってしまう程に。
それから、心野さんはあえて音有さんから離れた。迷惑をかけないために。そう考えるのが普通だろう。この認識で合っているはずだ。
「それにしてもココちゃんはすごいねー。自分の殻に閉じ籠もるだけじゃなくて、妄想を具現化して私やもうひとつの世界まで創っちゃうんだもん。しかも今回はこの前よりもずっとしっかりした形で。そりゃそうか。ココちゃんも知ってるでしょ? 嫉妬っていうのは七つの大罪に含まれてるってことを。それ程に強力なの」
「……私は嫉妬することすら許されないんですか?」
「知らなーい。そこら辺のことは私には分からないかなー。でもさ、それにしても相変わらず前髪で顔を隠しちゃって。やっぱり何も変わってないじゃん。あ、そうだ。良いこと思い付いた。弱虫なココちゃんの代わりに、私が但木くんに気持ちを伝えてあげるよ。人助け人助け」
「何が人助けですか! 代わりに伝える? そんなことする必要もないし、絶対にさせません! 今ここで、私が言います!」
心野さんはポケットからハサミを取り出した。マズい。心野さん、パッツンさんのことを傷付けるつもりだ。怒りに任せて。
「心野さん!! ダメだ!! 絶対に人を傷付けたりしちゃいけない! 早くそのハサミから手を離すんだ!!」
自分でも驚くくらいに大きな声を出して、心野さんに訴えかけた。何を言われようと、されようと、絶対に人を傷付けたりしちゃいけない。それは人として最悪であり、最低な行為なのだから。
しかし、それは違った。
ただの先走りだった。
「こ、心野さん!?」
取り出したハサミを開き、それを自分の頭部に向けた。そして、バッサリと切ったのだ。何を切ったのかって? 言うまでもない。前髪だ。ずっと顔を隠し続けていた、あの長い前髪。それをバッサリと切り落とした。
そして、露わになる。心野さんの顔が。
「ば、パッツンさんだ……」
初めて見る、心野さんの顔。それはココロノさんの顔と瓜二つだった。
以前、音有さんが言っていた意味がやっと分かった。
『ココちゃん、可愛すぎるのよ』
僕はパッツンさんに初めて会った時、『可愛すぎる程に可愛い』と思った。そんなパッツンさんと瓜二つなんだ。可愛いに決まっている。これじゃ確かにモテモテだっただろうし、女子達から嫉妬されるわけだ。
だけど、不思議だ。確かにココロノさんは可愛い。なのに、心野さんの方が、ずっと、ずっと可愛く見えた。同じ顔をしているのに。
「あらあら、ココちゃんすごーい。前髪を切って、今まで隠してきた顔を全部出しちゃうなんて。で、それでどうするのん? 臆病で弱々しいココちゃん?」
「――決まってるじゃないですか」
心野さんはゆっくりと、ゆっくりと、歩み寄る。
ただの傍観者と化していた僕のところに。
「但木くん、聞いてください」
心野さんは僕の目を見つめた。目の奥を覗き込む程にしてしっかりと力強く見つめた。僕の心の中に入り込もうとするかのように。
だから僕は頷いた。
心野さんから目を逸らすことなく、しっかり見つめ返しながら。
「今日はごめんね、但木くん。変なことに巻き込んじゃって。それでね、伝えたいことがあるの。聞いてもらえますか?」
「もちろん。当たり前だよ、しっかりと聞かせてもらう」
「ありがとうございます。あのね、私、但木くんに初めて話しかけてもらった時、正直言って少し怖かったんです。人と接するのが怖かったんです。だけど、不思議でした。確かに怖かったけど、でも、すぐに自然とその恐怖心がスッと消えて。普通に喋れるようになって」
「うん、分かるよ。僕も同じなんだ、心野さんと」
「そうだよね、但木くんは女性恐怖症だもんね。でも、それなのに私みたいなミジンコ以下の人間に、但木くんは普通に接してくれました。優しくしてくれました。それでいつの間にか、私は但木くんにすっかり惹かれてしまいました。恋に落ちました」
僕は黙って頷く。心野さんに笑顔を向けて。
「だから伝えます。私は、但木くんのことが好きです! 大好きです!! ずっと、ずーっと一緒にいたいです! ずっと側にいてほしいです! 隣にいてほしいです! 確かに私は弱いです。でも、但木くんと一緒なら大丈夫です! 強くなります! なってみせます!!」
彼女は大きく息を吸い、そして吐き出した。覚悟を決めたかのようにして、「うん」と、小さく呟いた。
そして――
「但木くん! 私とお付き合いしてください!!」
嬉しかった。僕のことをそんなふうに思い、その気持をしっかりと言葉にしてくれたことが。
なにがミジンコ以下だ。僕にとっての心野さんは、全然違うんだ。心野さん、キミは僕にとって、とても大きな大きな存在なんだ。
だから、僕はキミに恋をしたんだ。
返す答えはひとつしかないじゃないか。
「心野さん、ありがとう。僕も心野さんのことが大好きです。だから断る理由なんかないです。あるはずがないです。ぜひ、僕とお付き合いしてください」
僕の返事を聞いて安心したのか、心野さんはやっと笑顔を見せてくれた。
素敵な笑顔だった。眩しいほどに輝く宝石のような笑顔。その笑顔を月の光が浮かび上がらせる。何物にも代えがたい、僕にとって最高のプレゼントだった。
まったくもう。僕の方から告白するつもりだったのに、先に言われちゃったよ。
でも、いいか。恋にセオリーなんてないし、何が起きるか分からないんだから。
「――やっと変われたね」
すっかり二人の世界に入り込んでいたところに、ココロノさんが割って入ってきた。だけど、さっきまでのココロノさんとは違い、優しい笑顔を浮かべて。
「ちょっと乱暴だったけど、ごめんね。このままじゃ、ココちゃんがまた自分の殻に閉じ篭もっちゃうんじゃないかって心配してたんだ。けど、その必要はなかったみたいだね。安心したよ」
「……え?」
「そんなに不思議がらないでよ、ココちゃん。言ったでしょ? 私はココちゃんの妄想で創られた存在なんだから。ココちゃんが望んだ理想の人格なんだから。優しいココちゃんが、酷い人格を望むわけがないじゃない。中学生の時はごめんね。失敗しちゃったことはずっと反省してたんだ」
「……失敗?」
「うん、そう。本当はココちゃんが私を創った中学生の時点で助けてあげたかったんだけど、不器用でさ。上手くできなかった。ココちゃんを怖がらせちゃった。逆効果だったよね。でもよく考えたら、私はもう一人のココちゃんだから不器用に決まってるか。だけど、良かった。今回は少しはお役に立てた、かな?」
「い、いえ……なんか、まだ頭の中の整理が上手くできてなくて。ごめんなさい」
「そのすぐに謝る癖、やめた方いいよ? と、言うわけで。それじゃ、私は消えるね。あとはお若いお二人で、熱い恋の続きでもしてね。それじゃ、バイバーイ」
そう言い残し、ココロノさんはまるで霧が晴れるかのようにして、すっと消えてしまった。そうか。心野さんが望んだ人格。創り上げた理想の人格。それは『社交的』であり『積極的』な自分だったんだ。
今なら思える。ココロノさんがいなくなっちゃって、ちょっと寂しいな。
「はあぁー、もう駄目……」
全身の力が抜けるようにして、心野さんはその場に座り込んだ。
「心野さん、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。緊張の糸が切れちゃっただけです。それで、あ、あの……私と但木くんって、もう恋人同士ってことで、い、いいんです、よね?」
「そうだね、僕と心野さんは恋人同士だよ」
「良かった……。それじゃ、あの……て、手を繋いで一緒に帰ってもらえますか?」
「もちろん」
ちょっと気恥ずかしさもあったけれど、ゆっくりと立ち上がった心野さんに、僕は右手を差し出した。そして心野さんは僕の手をギュッと握り返す。
さあ、一緒に帰ろう。と、思った瞬間だった。
「こ、心野さん!?」
心野さんは盛大に鼻血を吹き出し、倒れ込んでしまった。なんかもう、こういった光景、僕も見慣れてきちゃったよ。
「す、すみません……恋人同士ということを意識しすぎちゃって……」
「いや、謝らなくても大丈夫なんだけど。すごく心配ではあるんだけどね。それで今、また何かが見えていたりするの?」
「はい。さっきまでいた『あの人』が手を振ってくれています。笑顔で」
「――そっか」
結局、心野さんの意識が元に戻るまで一時間かかった。でも、なんとなく、心野さんは鼻血を出してしまうことを克服できるような気がした。手を繋いでも、キスをしても。
時間はかかるかもしれない。だけど、焦る必要はない。僕はずっと隣にいてあげるから。それに、僕も頑張るよ。女性恐怖症を治せるように。
だからゆっくりと、二人で一緒に前に進んでいこうじゃないか。
それでいいよね、僕の彼女の心野さん。
『心野さんのココロノさん ~ボッチな女子高生は妄想で世界を創る~』
END