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【裕仁のターン】
レンタカーで借りた車を運転する俺は久々の運転に緊張しながらハンドルを握っている。
その隣ではスマホのカメラを俺に向けてシャッターを切るゆめがいる。
「あっ前見てて。自然なひろくんが撮りたいから」
「い、いや自然と言われても気になるし。そもそも俺を撮ってもどうしようもない気がするんだけど」
「そんなことないよ。運転するひろくんってレアだし。今日を逃したら次いつ写真撮れるか分からないもん」
レアキャラに遭遇したときの扱いみたいだな。なんて思いつつ横目でゆめを見るとスマホの画面を見てニヤニヤとほくそ笑んでいる。画面は見えないがおそらく今撮った写真を確認しているのだろう。
「ふふふっ、運転するひろくんのいい写真撮れたよ! ひろくんもいる? あとで送ろうか?」
「自分が運転する写真は欲しくないかなぁ……」
「えーカッコイイのにぃ~」
世の中にはいるのかもしれないが、少なくとも俺は自分の顔を見て「運転する俺カッコイイな」なんて思わない人間である。ゆえにこればかりはゆめの意見には賛同しかねる。
「それよりもそろそろ着くけど今日のお題はクリアできそう?」
「う~ん、今回の課題のお菓子作りって苦手なんだよねぇ」
ここ最近のゆめの料理の腕は大きく進歩している。それは一番近くで見ている俺が保証する。
アレンジなどをせずにレシピ通りに作ることに集中できるようになったといった方が正しいのかもしれない。だがそれが意外にも難しいものだとゆめと一緒に料理をして俺は実感した。
成長した夢は3週間に一回ほどのペースで東窪夫妻が経営するカフェ『うさぎのしっぽ』へ勉強するためにお邪魔している。勉強を終えると課題が課せられ、次回の勉強会のときに披露しアドバイスをもらっている。
そして今回の課題が先ほどゆめが言ったお菓子作りなのだが、ここにきて突然のお菓子作りに戸惑いを隠せない俺とゆめなわけである。
正直お菓子作りができなくても料理にはあまり影響しない気がする。趣向品的要素が強いお菓子は作らなければいいのだから、ここにきてお菓子作りの課題なことには疑問に感じている……
***
「今回の課題はお菓子作りだったけど、お菓子なんか作れなくたって困らないのにな。なんて思わなかった?」
るりさんが材料を混ぜ終えオーブンに入れ焼き始めたゆめと、使い終えた調理器具を片付ける俺に向かって話しかけてくる。先ほど運転しながら思っていたことをピンポイントで質問するるりさんに、俺の心を読んでいるのではないかと疑いたくなってしまう。
「えっと、はい。お菓子を作れなくても困らないかなって正直思いました」
「なるほどね。ゆめちゃんはどう思う?」
俺を見て笑顔でうんうんと頷いたるりさんは続いてゆめに尋ねる。
「あ、あのお菓子作りって難しいなって思って……思いました。だからその頑張らないといけないなって」
「うんうん、難しかったか。なるほど、ちなみにどこが難しかった?」
「え? ど、どこだろ……なんて言うかご飯を作るより慎重にやらないといけない気がして。う~ん、プレッシャーが強かった気がします」
「なるほどねぇ~。じゃあ料理とお菓子作りの違いってなんだと思う? はい、ひろくんどうぞ」
まさか振られると思っていなかった俺はむせそうになりながらも必死に考える。
「そんなに深く考えなくても、思ったままでいいから」
るりさんに言われて、自分のみけんにしわが寄っていたことに気づいた俺は顔の筋肉を緩め小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「日常的に作るか特別……趣向品的に作るかとかですか?」
「う~ん、いい線いってるね」
満足そうに数回頷いたるりさんは俺とゆめを見て優しく微笑む。
「どちらもおいしく作るって点は共通しているんだけど、味と技術へのアプローチがちょっと違うって言って伝わるかな?」
ゆっくりと俺とゆめの表情を見たるりさんは言葉を続ける。
「料理にはある程度調整の幅があって、お菓子作りには精密な工程が求められるの。材料の量、工程、温度管理って細かく要求されるから、ゆめちゃんが難しいって感じたのは当然なの」
るりさんの説明に俺は心の底から大きく頷く。
確かに料理はザックリとした表現で砂糖少々やお好みでなんて文言や、温度も指定されているもののお好みでどうにかなったりする。少々順番が反対になってもどうにか完成するし、味も好みで薄くしたり濃くしたりできる。
対してお菓子は工程通りにしないと膨らまなかったり、そもそも混ざらなかったりする。温度も設定された温度と時間を守らないと結構な確率で失敗する。
新たな気付きを得て感激する俺とゆめを見て微笑んだるりさんがオーブンを覗き込む。つられて俺らもオーブンへ視線を移すとオーブンの光に照らされたカボチャのケーキがそこにはあった。
「つまりね、何が言いたいのかって言うと。普段の料理よりも精密さを求められるお菓子のレシピを守って作れるゆめちゃんは料理が下手なんかじゃないってこと」
るりさんの言葉に目を丸くして驚くゆめが何かを言おうとしたとき、オーブンから焼けたことを知らせるブザーが鳴る。
「ほらほら、最後までちゃんとやらないと」
るりさんに背中を押されて我に返ったゆめが急いでオーブンからカボチャのケーキを取り出すと作業台に載せる。一呼吸置いて自分のレシピノートを見て工程を確認したゆめは型を叩いてカボチャのケーキを皿に移す。
そのまま粗熱が取れるのを待っている間に最後に振りかける粉砂糖の用意をする。
「本当は5、6時間冷やすと味が馴染むんだけど今日は焼きたてで出そうか。待てない人がいるみたいだし」
くすくすと笑うるりさんが目線を向ける方には、出入り口に立つ環姉が笑顔で手を振っていた。
いつの間に来たんだろうって疑問を抱かせないくらいの勢いで距離を詰めてきた環姉はカウンターに手をついて身を乗り出す。
「いい匂いするじゃん!」
「な、なんでお姉ちゃんがここにいるの?」
「別にいたっていいでしょ。それよりもゆめがケーキ焼いたんでしょ! ってそれ? あらら何おいしそうじゃない!」
テンションの高い環姉に対してどこか警戒するゆめがチラッとるりさんを見る。
「そうそう、環季は私が呼んだのよ。黙っていたのは謝るけどそろそろいいかなって思ってね」
そう言ってるりさんがゆめの手を優しく握る。
「さっきも言ったけどゆめちゃんはもう料理が下手じゃない。ううん、それどころか料理上手だよ。自信持って」
手を軽く振りながら言われたゆめがポカンとしたまま俺の方を見てくる。
「るりさんの言う通り。ゆめが作る料理美味しいって自信を持って言えるし料理上手だよ」
人前で言うのはちょっと照れくさいけどここはハッキリ言っておかないといけないと思い事実を伝えると、丸くしていたゆめの目からつっと涙が伝う。
「ほ、ほんと? ほんとに?」
「ああ本当だ」
「うぐうっ……うっ……うわ~ん! ひろくーん」
堪えきれなくなったゆめの目からボロボロと涙がこぼれ始め、泣きながら両手を前に出して名前を呼びながら俺の方へふらふらと向かってくる。
「はいは~い、イチャイチャするのはあとにしてくれますかぁ~。早くお客さんにケーキだしなさいよ」
いつの間にか手に持っていたフォークとナイフを叩いて鳴らしながら環姉が文句を言う。
涙をごしごしと拭いたゆめはケーキを切り分けるとその一つを皿に移し粉砂糖を振りかける。ケーキが載った皿を環姉の前に置くと不安気な表情で見つめる。
「大丈夫だって」
「うん」
そっと声をかけるとゆめは小さく頷く。少し和らいだがやっぱり不安気な表情なのは変わらない。
「ちょっとそんなに見ないでくれる。食べづらいんだけど」
文句を言いながら器用にナイフとフォークを使いケーキを一口分の大きさに切り口へと運ぶ。
ゆっくりと口を動かして味を確かめる環姉がそのままケーキを切り、二口目を口に入れる。
「うん、おいしい」
頷きながら感想を口にした環姉はゆめを見て優しく微笑む。
「ケーキまで作れるなんてすごいじゃない。頑張ったわね」
笑顔でいう環姉にゆめがぷるぷると震え出したかと思うと環姉に飛びつく。
いきなり飛びつかれ驚いた環姉だけど、すぐに優しい表情でわんわん泣き始めるゆめの頭を優しく撫でる。
「ったくすぐ泣くのは直らないんだから」
呆れたように言うがその表情は柔らかく優しさを感じさせる。
「で? るりの評価はどう?」
環姉がカウンターの向こうでケーキを食べていたるりさんに尋ねると、るりさんは指で輪っかを作ってOKのサインを出す。それを見て笑みを浮かべた環姉は抱き着いて泣くゆめの頭を優しくポンポンとたたく。
「さてと、今日まで頑張ってきたのは何のためだか忘れたわけじゃないでしょ」
その言葉に顔を上げたゆめは涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま頷く。
「それじゃあラスボスを倒しに行くわよ! 準備はいい?」
「うん」
環姉の言葉に今度は大きくゆめが頷いて返事をする。
気合を入れ姉妹揃って目標に向かって進む姿は美しい……と言いたいがラスボスにされたお母さんがなんだか可哀そうでもある。
ポンポンと俺の肩が叩かれたので振り返るとるりさんが首を横に振っている。
「その感性大切にした方がいいと思うよ」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
お礼を言うとうんうんとるりさんは頷く。
……ってちょっと待って。やっぱりるりさん俺の心読んでる?
こうして新たな疑問が生まれ困惑する俺と、がっしり抱き合って目標へ目を向ける姉妹の3人はラスボスに挑むため最後の準備にかかるのである。
コメント
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わあ、もう感動して胸が熱くなりました……! ゆめちゃんがるりさんに「料理上手だよ」って言われて、環姉にも認められて、涙が止まらなくなるシーン、本当にぐっときました。「メシマズ」だった彼女がここまで成長する姿、ずっと読んできた身としては感慨ひとしおです。お菓子と料理の違いを「精密さ」と解説するるりさんの教え方も秀逸で、学びがある回でしたね。姉妹でラスボスに挑むラスト、続きが待ち遠しいです!
真弓りの
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Y
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