ザッ、ザッ、ザッ‥
二人分の足音が木霊する。
五月雨壱華らしき女性が現れたという場所に着いた五条らは、数年前の行動を思い出して、罪悪感を募らせた。
「彼女は、本当に生きていると思うか。」
「生きていると思いたい。僕がこんなこと言える立場じゃないとは分かってるけれどね。」
「‥‥‥。」
夏油はしばらく五条を見つめていたが、やがて気まずそうに視線を逸らした。
「彼女からの恨み言や罵詈雑言は、なんでも受け入れる。それしか僕にはできないから。だからもう一度だけでも会いたい。」
五条はそういうと更に奥へと足を踏み入れようとした。
その時だった。
チリン‥‥‥チリン‥チリン‥‥‥‥チリン
シャン……シャン…シャン
鈴の音が聞こえだし、その辺りを駆け回るようなその音色に、五条と夏油はすぐに身構える。
やがてその音は酷く煩く鳴り始め、それにあわせて木々の葉が揺れ出した。
それが何を意味するのかを、五条は否応に理解した。
「壱華…居るんでしょ、そこに。」
その声とともに現れたあの頃より大人びて、どこか人間離れした雰囲気の八千代に駆け寄ろうとする五条。
けれども阻まれて、彼女の側へ行くことは叶わなかった。
低く、冷たい声と共に一人の男が姿を表した。強く男から放たれているらしき神気に眉を歪める五条と夏油。
『其方ら、私の妻に何用か。』
「…妻?」
オウム返しに聞き返した五条に、声の主は嘲笑しつつ言った。
『其方の耳は飾り物なのか?彼女は、この山の護神である私の妻だ。』
「そんな、事あるわけ…。」
『……あぁ思い出した。其方は私の妻をこの山に置き去った青年か。……よくのこのこと来れたものだな。下賤なものだ。』
「壱華を返してくれ!」
「彼女がいないといけないんだ!」
五条らはそう叫んだ。
しかし、護神はフッと嘲笑うと五条と夏油を吹き飛ばした。
壱華は一連の流れを、なんの感情も湧かないという顔をして眺めていた。
もう彼女にとって二人は友人でも、愛する者でもないのだ。
「壱」、壱華…。」
今でも好きなんだと何度も口にする五条。
その声は虚しく響いた。
『命知らずの愚か者めが。』
「…悟様。」
ぽつりとそう呟いた五月雨に、五条ははっとした顔を向ける。吹き飛ばされたせいで額からは血が流れている。
まるで白雪に零れ落ちた椿の様にそれは美しかった。それを五月雨は眺めつつ言った。
「もう私は人ならざる者となりました。どうか、どうかお忘れ下さい…。」
「五月雨?どうして、そんな事言うの。」
どうしてそんな眼で見つめるの。
「悟様が私を見捨てなさった時、私は悲しかった。戻ってこないと分かったから。」
「あれはっ、そのっ。」
「傑さんは真実を知っていて黙っていた。それも悲しかった。」
「…すまない。壱華」
そう、あの日確かに傷を負わせたのは五条。けれど見てみぬふりしたのは夏油であった。
「……もう来ないで。もう忘れましょう。」
五月雨はそう言い終わると、すっと消え入った。
護神は三人のやり取りの際も何も言わずに、五条らを見つめてやがて消え入った。
ざあ、ざあと風が吹くのみだった。
まるでもう来るなと言わんばかりに。
五条は高専に帰るなり、しばらく寝てくると仮眠室に籠った。それをいつものようには誰も咎めなかった。
「夏油先生。あのさ、五条先生平気そ?」
「ごめんね分からないんだ。あんなに沈む姿は私も初めて見たから。」
「…何があったの?」
「過去の清算ってやつだね。」
「ん~、そっか。」
「深くは聞いてこないんだね。」
「ん。なんつーか駄目かなって。」
虎杖はその後も、別の話題で夏油としばらく話したあと外出するからと去って行った。
過去の清算だと良い風に言い換えたが踏ん切りをつけざる得なかっただけであり、結局は拒絶されたのと同じであることに変わりはないのだ。
コン、コン、コン…。
「悟?」
「…傑。」
「泣いてた?」
「少し。」
「そう。」
「……僕、昔の自分殴りたい。」
「奇遇だね、私もさ。」
あまりにも無知で若くて。
今になって後悔ばかりだと、二人は自嘲した。
コメント
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最初はハートを増やすために見てみよっかなと思ったけれど、、神すぎました(泣)