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阿炎快空
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阿炎快空
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『あが、ががが、ぐ……ぐぶうっ……!』
由衣の首が、がくん、とのけぞった。その口から溢れてくるのは、茶色い土によく似た蟲の集団だ。どうやら肛門から侵入した蟲が腸、胃、食道と遡って口まで上ってきたというわけらしい。未消化物と大便にまみれた蟲が口から溢れてくるというのは一体どういう気持ちだろう、と綾乃は思う。想像以上の地獄に違いない。激痛、嫌悪感、異物感。実に最悪を超える最悪の気分であるはずだ。
「ふふふふ、ふふふ、いい気味……」
トイレに行くふりをして教室を出たので、自分が彼女の“最期”を操作しているところは誰にも見られる心配がない。人目を避けなければいけないのは面倒だが、それでもリアルタイムで憎い相手が苦しんで死んでいく様を見るためには仕方ないことだろう。
由衣は白目をむいて、それでもまだ辛うじて生きているようだった。ごぼごぼと蟲の集団を吐き出しながら、うめき声を上げ続けている。
『やめて、おねが、だずげ、やめ……しにたく、な』
馬鹿じゃないの、と綾乃はせせら笑う。
目の前に表示された画面を、すーっと指でスクロールしていく。土の中に潜んだ大量の蟲たちが今どうなっているのか、彼女はまったくわかっていないらしい。いや、激痛は感じているのだろうし、自分のあらゆる括約筋が食い破られたことはさすがに気づいていそうだが。
綾乃が望めば、土の中に埋もれた彼女の下半身がどうなっているのかなど簡単に観察することができる。さながら、アリの巣のように、断面図を作ることもできるのだ。同時に、一時的に邪魔な服を透かして見ることも。
彼女の腹は、臨月の妊婦もかくやといった様子で膨れ上がっていた。腹の中にいるのが愛する人の子供であったならどれほど救われたことだろう。実際は、綾乃が作り出した大量の蟲が、彼女のあらゆる穴を塞いで埋め尽くしているにすぎないのだから救われない。
ずたずたにやぶられ、びらびらと筋が伸び、ぽっかりと腸管が丸見えになった彼女の尻。角度を変えれば、その直腸の中にみっちりと蟲が詰まって蠢いているのがわかる。それは、膣と尿道も同じ。子宮と膀胱が破裂しそうなほど(いや、もう破裂しているのか)みっちりと詰め込まれてなお、蟲がさらに頭をねじ込んでいくのである。その奥の卵巣、尿道まで蟲が遡り、突き当りにある内臓を生きたまま食い荒らしていくのだから凄まじい。
卵巣の壁に蟲が噛みついた途端、びくびくびく、と少女が背中をのげぞらせた。あまりの苦痛に、もはや声もうまく出せない様子だ。
さらに、ぶちぶちぶち、と音が響いた。あまりの渋滞ぶりに苛立った蟲たちが腸壁の粘膜に噛みつき、同時多発的に穴をあけた音である。どろどろと漏れ出していく便と蟲の集団。蟲たちは狭い血管にさえ無理やり頭をねじ込んで断裂させていき、さらには腹の内側から筋肉を食いちぎっていく。
『うううううううう、ううううううううううううううううううううううううううううううううう、ううううううううう、ううううううううううううううううううう!』
肛門、腸、膣、胃、子宮、卵巣、尿道、膀胱、腎臓、食道、腹筋。
こんなにも多数の臓器と肉が損壊していては、今すぐ救急車にかつぎこまれたところで助かるとは思えない。まだ自分が生き残れると思っているなら、なんとも滑稽で気の毒な話だ。
『ぐうううううううううううううううううううううううううううううう!ぐふう、ううう、うううううううううううううううううううううう、うううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう……げっぼ!』
やがて。彼女は口から蟲と同時に大量の血液を吐き出した。破壊された肉の塊が大量に混ざった赤茶色の吐瀉物。腹の中身が完全に潰れて壊れてしまったということだろう。なんて汚い噴水なのか。
そしてこれだけ大量に吐血すれば、息もできなくなるのは当然。彼女は両手で首を抑えて苦し気に悶えたあと――ぱったりと動かなくなったのだった。
「ふふふ、あはははっ……ははははははははははは!やっと死んだ、やっと死んだ、やっと死んだあああああああ!ざっまあみろ、羽柴由衣!あたしをいじめた報いよ!きゃはははは、ははははははははは!」
思わず、大笑いしてしまってはっとした。誰かが聞いていたら面倒だとやっと気づいたのだ。ここは個室の中なので操作している立体映像が見られる心配はないが(そしてアチラ側の音は自分にしか聞こえないそうだが)、綾乃自身の声は誰かに聞かれる心配があるのだ。
耳をすませて、トイレの様子をうかがう。しん、としずまりかえった洗面所、隣の個室。人がいる様子はない。ほっと息を吐いて、画面を消すと個室の外に出た。
――いけない、いけない。興奮しすぎないようにしなくっちゃ。
手を洗っていると、がちゃり、と洗面所のドアが開く。現れたのは歌である。
「あ、綾乃ちゃん?」
歌は青ざめた顔で、綾乃の方を見た。
「ここにいたんだ。その、先生が来たよ。早く教室に戻った方がいいと思う」
「……わかったわ」
学校で人が死んだとなると、明日は休校になったりするのだろうか。
それもそれでラッキーだと思う。どうせ、学校に来ても面白いことなんてほとんどないのだ。――歌と、お絵かきをしたり、ちょっとお喋りをする時間だけは悪くないけれども。
***
先生が戻ってきて、わかったことは二つ。
それは浮島冬香がトイレで変死したのは間違いない、ということ。トイレが故障したゆえの事故か、あるいは誰かの手による殺人なのかは一切わかっていない、これから警察が調べてくれるということ。
事件性のある遺体なので司法解剖に回されるだろうということ。ゆえに、葬儀などはいつになるのか完全に未定ということ。目撃者の少女たちを通じて噂が飛び交っていたが、先生はそれ以上のことは何も生徒たちに語らなかった。
同時に、もう一つわかったことがある。
それは教室から出て行ったきり、戻ってこないクラスメートがもう一人いたということ。
それが、楓の友人である――羽柴由衣であるということ。
――由衣さん、どこ行っちゃったんだろ。
楓は不安でいっぱいの気持ちで、先生の話を聞いていた。このあと警察が来てみんなの話を訊くだろうと言われた。そして、それが終わったら今日の授業はナシで、帰宅してもらうことになるだろうと。
先生達も、このような事態など前例がなく、どうすればいいのかわからないのだろう。それなりの進学校で、地域の治安が良いことでも有名だった学校だ。不良さえ発生した前例がないのではなかろうか。
いや、不良生徒が暴れて硝子を割る、くらいならよその学校から異動してきた先生の中には対処方法を知っている人もいたかもしれないが。女の子が突然トイレの中で汚水にまみれて変死するなんて、誰もまったく想定していなかったはずである。
ひょっとしたら、生徒の中に犯人がいるかもしれない。
もしくは、学校に不審者が潜り込んでいるのかもしれない。
そんな状態で生徒たちを学校に留めておくべきか、帰すべきか。きっと意見が分かれるところに違いない。
ただ長らく混乱状態の学校に留めておくのは危険だし、責任も持てない。きっと、そういう判断に違いない。
――由衣さんのことだから、寄り道しないで職員室に行ったと思うのだけど。……どこかで、転んでけがしたりとか、してないかな。それとも、警察の人に話訊かれていたり、するのかな。
先生は、由衣のことは探しておくから、と言ってくれた。下駄箱に靴も残っていたし、きっと校内のどこかにいるはずだと踏んでいるのだろう。ただ、冬香のことがあるからどうしても頭を過ぎってしまうだけだ――彼女も学校のどこかで、死体になっていたらどうしよう、と。
まさか一日のうちに、二人も学校で死ぬなんてそうそうないとは思うのだが。それでも冬香と由衣が幼馴染の親友同士だということはみんな知っている。もしや、というのはどうしても過ぎる考えのはずだ。
「冬香さん、由衣さん……」
じわり、と涙がにじむ。
自分が、裕福な両親に守られて育った、恵まれた箱入り娘だという自覚はあった。世間知らずで、常識知らず。すぐにお節介な真似をして、人に迷惑をかけてしまうタイプだということも――調子に乗りやすい性格だということも。
そう、自分は、調子に乗りすぎていたのかもしれない。
二年生になって、冬香と由衣と出会って。二人が示し合わせたように自分に声をかけてくれて――友人になりたいとはっきり言ってくれて。
その意図はわからなかったが(落とし物を由衣に渡したことはあったが、それ以外に接点なんてなかったからだ)新しいクラスに不安を感じていた楓からは心の底から有難い申し出だったのは間違いないのである。二人がいるから、学校の授業も、趣味の時間も、毎日が楽しくて仕方なかった。特に今年は最高の夏だったと思う。臨海学校で一緒に泳いだ記憶。それから、楓の家の別荘に遊びにきて三人で山登りをした記憶。まさに、かけがえのない時間だった。
そう、あまりにも調子に乗りすぎていたから、なのだろうか。
だから自分は罰を受けたのだろうか。綾乃に嫌われてしまい、それによって二人がピリピリとするようになってしまい。なんだか、学校でも居心地が悪くなって、それで。
『楓は何も心配しなくていいんだからな』
あんな、怖い顔をした冬香は見たことがなかった。
『楓のことは、アタシと由衣が絶対守るんだから』
彼女は、あの時何を考えていたのだろう。実は自分の知らないところで綾乃と何かトラブルを起こしているのでは、と感じることは何度でもあった。それでも、怖くて尋ねることができなかったのだ。
今の、大好きな二人のとの関係が万が一壊れてしまったらと思うと恐ろしくて。同時に、綾乃と言う存在が恐怖でたまらなかったがゆえに。でも。
――駄目だ。
ぎゅっと、楓は膝の上で拳を握りしめる。
――本当は、駄目だ、こんなんじゃ。……一方的に守られてるだけなんて、そんなの……!
せめて由衣だけでも、助けなければ。このままではとてつもなく嫌なことが起きる気しかしない。楓は決意をもって、前方を睨みつけたのだった。
コメント
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わあ……第8話、読み終えました。これは本当に重くて、苦しくて、目を背けたくなるような描写が続きましたね。 由衣さんの最期の描写がとにかく生々しくて、蟲の蠢きや内臓が破壊されていく様子が克明に描かれていて、読んでいるこちらのお腹まで痛くなりました。綾乃の笑い声が狂気じみていて、彼女の憎悪がここまで凄まじかったのかと慄きました。 それでも楓が「守られるだけじゃ駄目だ」と決意するところに、かすかな希望を感じました。楓が由衣を助けようと動くのか、それとも……。次が気になります。