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事情聴取が終わって帰る時間になっても、校内で由衣は見つからなかった。
本当に彼女は何処へ行ってしまったのだろう。まさか本当に、冬香と同じように酷い目に遭わされているのではないか。楓は気が気でなかった。
「楓ちゃん、大丈夫?」
「あ……」
しょんぼりしている楓に気付いたのか、クラスメートが数人声をかけてくる。クラスで一番仲の良い友達は冬香と由衣だったが、それ以外の者達とも別に不仲というわけではなかった。
楓が決定的に仲が悪いのは、あくまで綾乃一人だけだ。綾乃の友人である歌でさえ、話したことは何度もあるのである。
「その、浮島さんがあんなことになってさ、落ち込んでるよね?」
「……うん」
声をかけてきた少女に、楓は頷く。
「うまく言えないんですけど。私にとって、冬香さんと由衣さんは、救世主みたいなものだったので」
「救世主?」
「私、人見知りだから。新しいクラスに馴染めるか心配で、クラス替え直後は本当に緊張してて。ほら、自己紹介の時も、説明する時に噛みまくっちゃって、恥ずかしいことになっちゃってたでしょ」
「恥ずかしくはなかったと思うけど……まあ、緊張してたかもね」
彼女は苦笑いを浮かべて言う。
「あれ見て、完璧に見える楓ちゃんみたいな人にも弱点があるんだなーって。あたし、ちょっと親近感持っちゃったもん」
「私、完璧なんかじゃないですよ!?」
「学年上位の成績、美術部のアイドル!なんて呼ばれてるのに何言ってるのー」
このこの、と彼女は肘で楓をつっついてくる。冬香の死で落ち込んでいる楓を慰めようと、わざと明るく振る舞ってくれているのは明白だった。
本当にありがたい、と思う。実際、一人でいたら悶々と悪いことばかり考えてしまいそうだったから。いや、そもそも自分はまだ、本当に冬香が死んだなんて信じ切れていないのが実情なのである。だって、死体も見ていない。話で聞いただけ。先生達は何か勘違いをしたんじゃないか、なんて気持ちが拭えないのだ。
ゆえに悲しみよりも混乱と――本当のことが知りたい、と言う気持ちがまだ勝っている。いずれこれらの感情を悲しみが上回った時、膝から崩れ落ちて動けなくなってしまうのだろうか。
「あのさ、蓮見さん」
とことこと、別の男子生徒が近づいてきた。目の前の女子生徒の彼氏である。穏やかで親切なので、この二人は二人ともそれなりに話す方だった。
「浮島さんのこともそうなんだけど……羽柴さん、見つかった?いつの間にか教室からいなくなってたんだよな?」
「……それが、まだ。先生達が一生懸命学校の中を探してくれてるんですけど。外履きのローファーが残ったままになっていたそうなので、校内にいるのは確かだと思うんですが」
「そうか、心配だな。……でもって、作為的なもんを感じるよな。浮島さん、羽柴さん、だろ。あの二人に恨みを持ってる人間といえば……」
ちらり、と男子が視線を投げる。その先には、歌と何かを喋っている綾乃の姿が。
「野間なら恨んでそうだよな。……そもそも、蓮見さんに嫉妬してトラブル起こしたやつだし」
「……まさか、そんな。いくら野間さんでも、人殺しまではしないと思うんですけど……」
「いや、わからないぜ。あいつ、陰湿だしな。蓮見さんにやったことも酷かったし……」
少年の顔は嫌悪に歪んでいる。楓は少し驚いていた。彼と綾乃は、ほとんどしゃべったこともなく、同じ班になったこともなかったはずだ。それでも、綾乃がここまで嫌われていようとは。
しかも、彼の言葉に、隣の少女がうんうんと頷いているのだ。
「確かにそうかも。ほら、こんなこともあったな。あたしと、高橋くん、夏休み前から付き合ってるでしょ?で、高橋くんがみんなにそれを報告したじゃん?覚えてる?その時のこと」
「あー……」
目の前の少年、高橋歩はクラスでも人気者に位置する人物だ。同性、異性ともに友人が多い。いつもクラスの中心で笑っているようなタイプだと言えばいいだろう。だから、彼女が出来たことを、放課後にみんなの前で堂々と報告するということをしたのだ。少女もまんざらではない様子だった。彼女も明るくて元気な性格だし、カレカノになったと宣言してもらえるのが嬉しそうだったのだろう。
多くの生徒が拍手して讃えていたところ、まったく拍手せずにむすっとしていたのが綾乃である。そして、彼女は一言ぼそりと余計なことを言って顰蹙を買ったのだ。
それが、これ。
『馬鹿みたい。恋人できるのがそんなにいいことなの?そんなにみんなに自慢したいの?自己顕示欲丸出しではっずかし』
もしかしたら。あの教室で、同じように思っていた人は他にもいたのかもしれなかった。でも、だからといって声に出して非難するか、祝福するフリをするかは選べたはずなのである。
わざわざ声に出した彼女に批判が集まるのは当然のことだろう。自分に苦言を呈した歌に向かって、綾乃がその場で怒って怒鳴ったのも印象が悪かった。そしてきっと、多くの生徒が同じことを思ったはずだ。
彼女は、人が認められるのを見るのが大嫌いなのだ、と。
「自分が一番に褒められてなきゃ気が済まないタイプだろ、あいつ。……俺は、自分達のことがそう言われたから腹が立ったんじゃない。他のカレカノが同じ言葉を投げつけられても、同じ印象を持ったと思う。……自分が拍手されたいくせに、他人のための拍手はしない。自分は愛されたいのに、他人を愛することなんかできない奴ってな」
忌々しい。そういう感情を隠しもせず、少年は言う。
「俺は、そういう奴が嫌いだ。浮島さんと羽柴さんが、あいつに嫌がらせしたくなるのもわかるって正直思ったけどな」
「え、嫌がらせ?」
「そういう噂があったんだよ。浮島さんたちが野間にそういうことをしてるって。本当かどうかは知らねえよ?でも、そういうことされても仕方ねえな、って俺は思ってたし、多分他の奴らもそうだろうな。野間がみんなの顰蹙買うような発言したの、あの時だけじゃないし」
それは、知らなかった。楓は少しばかり動揺する。確かに、冬香と由衣は綾乃のことを蛇蝎のごとく嫌っているのはわかっていた。楓自身は綾乃に対して、嫌いというより“怖い”が先行していたが彼女達は違っているようだとも。
だから、ひょっとしたら二人が何かやっているのでは?と思った瞬間は何度もあったのだが。まさか、みんなの間で噂になっていようとは。
「確かに、野間さんって嫌な人だなって前々からあたしも思ってた」
はあ、とため息をつく少女。
「こういうこともあったなあ。体育で、リレーの練習した時があったじゃん?いくつかのチームに分かれてやったやつ。……野間さんのチームの男子がバトン落としちゃって、それで負けちゃったことがあったんだけど。まあ、野間さんの非難がすごかったなあって。自分がクラスで一番足遅いの棚上げして、責める責める。お前のせいで負けたんだーって。あれ見て、人の粗探しばっかりして、人が失敗した時に許すってことができないタイプなんだなって思ったもん。ああ、一生友達になれないやつだわ、って」
「そこまで……」
「そこまで、なんだよ。世の中には、そういう相手もいるもんなの。クラス全員と当たり前のように友達になれるなんて、そんなの幻想でしかない。嫌いな奴とは距離取って近寄らないようにするっていうのも、うまい生き方の一つなんだから」
確かに、それはそうかもしれないが。
「あたしは、あいつなら人殺しもやりかねないと思うけどね。自分が楓ちゃんにやったこと棚上げして、自分がいつも嫌がらせされてる被害者だーくらい普通に思ってそうだし、言いふらしてそう」
少女は綾乃の方を睨みつけながら吐き捨てた。
「まあ、冬香ちゃんの件は人間技じゃないって話だし、本当に野間さんがやったなんて証拠はないけどさ。一応、楓ちゃんも気を付けなよ。恨まれてるのは確かなんだろうし。それから……由衣ちゃん、見つかったら教えてね。心配してるから」
「うん、ありがとう……」
他にも、こちらを不安げに見つめるクラスメートたちの視線がちらほらと。どうやら、想像以上に心配をかけてしまっているらしい。
早く帰れと先生に言われても、だからといってこのまま帰っていいのかという気持ちが拭えない者は少なくないのだろう。そのうち先生が再度来て声をかけられそうではあるが。
――お願い、由衣ちゃん……早く、見つかって。無事でいて。
祈るしかないのが、本当にもどかしい。彼女は本当に校内にいるのだろうか。靴が残っていても、それこそ誘拐事件だった場合は外に連れ出された可能性もある。古い公立校であるせいで、この学校にカメラの類などないのだ。おかげで調査が難航しているというのもあるだろう。
考えた末、楓は立ち上がった。
まだ、綾乃本人と喋るのは怖い。でも、その友人の歌となら。
「あ、あの……長谷部、さん」
意を決して、綾乃と話していた長谷部に声をかける。自分が近づいた途端、綾乃が凄い顔でこちらを睨んできた。ひっ、と思わず声が漏れる。体が小さく震える。でも。
ここで、怯えているわかにはいかない。自分は、由衣を助けると決めたのだから。
「そ、その。少しだけ、話があるんだけど……いいですか」
歌に、訊きたいことがある。
彼女はきっと、自分が知らないことも知っているのだろうから。
コメント
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読了しました……由衣さんの行方が本当に気になりますね。クラスメートたちの会話を通じて、綾乃さんの孤立や、冬香さんと由衣さんが綾乃さんに何かしていたかもしれないという噂が明らかになっていく流れが、とても自然で引き込まれました。 「自分は愛されたいのに、他人を愛することなんかできない」という台詞、ずしんと響きました。楓さんがそれでも歌さんに話しかけに行こうとする意志の強さに、胸が熱くなります。続きが気になって仕方ないです……!