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目の前に映る炎露の部屋の前に置いてある机には、空になった器に、凍ったスプーンと、少しばかりのビーツの赤、黒パンのパンくずがトレーに残っていた。
感極まってしまい、涙で視界が歪む。
そんな中でも、炎露に声をかけようと、嗚咽の漏れそうな口を開いた。
「お、炎露、今日は食ってくれたんだな。良かった。どうだ?久しぶりに食った飯の味は」
頬を涙が伝う。
声が震えて、言葉が詰まりそうだった。
少し待っても、炎露からの返事はなかった。まだ、話せる気分では無いのだろう。
目に溜まった涙を指で拭い、炎露が食事をした。と言う事実だけが残っている木のトレーをもって、つま先をキッチンへ向けて歩き出す。
『美味かった!』
背後からもう二度と聞けないかもしれない。なんて思っていた声が聞こえた。
振り返っても、誰も居ない。
部屋からは出ていないが、確かに炎露が言ったのだ。
俺の作ったボルシチを、黒パンを、『美味かった』と。
「良かった」
その一言しか、声にできなかった。
喜びと安堵と、その2つの感情が入り混じった水が目から止め処無く零れてゆく。
赤いボルシチの無くなった器に、透明の歓喜に溢れた水が落ちた。
すぐにでも、炎露を抱きしめてやりたい。けど、まだ炎露はそれを望んでいないだろう。
きっと、もう少しだけ時間が必要なんだ。
待っていよう。これからもずっと。炎露が自分の意思で、自分の足で、あの部屋を出る事を…。
静かに流れゆく歓喜の涙を俺は拭わなかった。
きっと、この涙は一生忘れられないものになるだろうから。
俺はキッチンにトレーを置いて、食器を洗った。