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ミヤジ 看病する
『くしゅっ、けほ、けほ・・・』
主が体調を崩しているかもしれない、とナックから知らされたルカスだったが、ラムリの手当で手一杯だったためミヤジに主の診察を頼むことにした。
ミヤジが久しく使っていなかった諸々の診察器具を探し出していると、ラトが不思議そうに問いかける。
「ミヤジ先生、何をしているのですか?」
「ああ、主様が体調を崩したそうなんだが、ルカスはラムリ君で手一杯らしくてね。私が代わりに様子を見に行くことになったんだ」
「トリコが・・・それは心配ですね。
私も行きましょう」
ラトのことを止めても、勝手に付いて来るか窓から侵入するだろう、と思ったミヤジはラトに大人しくしているように頼んだ。
「・・・気分が優れない時に、あまり構いすぎるのは良くないからね」
「はい、気を付けます」
くふふ、と笑いながらあまり信用ならない返事をしたラトに不安を抱きつつ、必要そうなものを鞄に詰めて主の部屋に向かった。
「主様、失礼するよ。具合はどうだい?」
『けほっ・・・んぅ・・・』
トリコはぼんやりとしており、咳も出ている。
熱を測ってみると、微熱があった。
恐らく風邪のひき始めだろうということで、柔らかく煮込んだスープを食べさせ、咳止めと解熱剤を飲ませて様子を見ることにした。
『けほっ、ごほっ』
しかし、夜には症状がかなり重くなり、トリコも苦しそうに荒い呼吸を繰り返す。
「まずいな、点滴を打ったほうが良いかも知れない・・・
念の為抗生物質も入れておこう・・・」
ミヤジはトリコの細い腕に点滴を入れ、せめて高熱だけでもマシになれば、とトリコの汗を拭きながら祈る。
「・・・ミヤジ先生、トリコのキノコはこんなところから生えていましたか?」
汗で湿ったシーツを替えるため、ラトにトリコを抱っこさせていたところそんなことを言われた。
「どういうことかな?」
「ほら、見てください。
肩や背中からキノコが生えてきています」
「!!」
ラトの言う通り、トリコの肩や背中からキノコが生えている。
「どういうことだ、主様のキノコは共生しているって・・・」
「・・・トリコが弱ってしまったのでキノコに食べられている、ということでしょうか?」
「・・・まさか、そんなことが・・・」
トリコのキノコを観察していると、オセワッチの警報が鳴り出す。
ピーピーピー!
[トリコちゃん!大丈夫ですか!?]
「!AI君!これはどういうことだ!?
主様の体中からキノコが生えてきたんだ!」
ミヤジはオセワッチから聞こえたファクトリーAIの声に慌てて返事し、トリコの状態を伝えた。
[!それは・・・前に汚染度が高くなりすぎて発症した「きのこまみれ」という状態ですね・・・
治すためには、除染をしなくてはいけません!
除染薬はこちらで用意するので、それまでトリコちゃんに栄養と水分を与え続けてください!]
ファクトリーAIは冷静に指示を出し、ミヤジも少し落ち着きを取り戻した。
「分かった。
・・・そうだ、汚染菌類には抗生物質は効くのかな?」
[抗生物質ですか・・・
効かないことはないでしょうけど、症状の進行を遅らせる程度しかできないと思われます。
汚染菌類による汚染には専用の除染薬を使うしかありません]
「そうか・・・」
こちらの世界にトリコを治療できる薬が無いことが歯痒くてたまらない。
[執事さん!どうか、トリコちゃんをお願いします!ロボットさんが薬の材料を集め終わるまで、トリコちゃんの看病をしてあげてください!
・・・私も自由に動けたら良かったのに・・・そうすれば、探索には行けなくてもトリコちゃんの手を握ってあげたり、お水を飲ませてあげたり、近くでご飯を探したりできたのに・・・
何もしてあげられない自分が憎いです、ぐすっ・・・]
しかし、ファクトリーAIの独り言を聞いてミヤジは自分のできることを精一杯するべきだと思い直す。
「AI君、主様の看病は私達が責任持って引き受けるよ。だから、除染薬は頼んだよ」
[はい!]
ラトはミヤジがファクトリーAIと話している間、汚染菌類について考え、一つの仮説を立てた。
それを確かめるため、トリコの体から生えているキノコを少し切り取り、口に入れた。
(今まで感じたことのない苦みですね)
ゴムのような食感と形容し難い変な苦みが最悪の味を生み出して、正直今すぐ吐き出したい。
頑張って咀嚼し、ごくりと飲み込んでみる。
後味も最悪だ。
ラトが若干えずき、眉を寄せていると、ミヤジが心配そうに声を掛けてきた。
「ラト君?気分が悪いのかい?」
「いえ、気分は悪いですが、体調に問題はありません」
「・・・もう少し詳しく聞いてもいいかい?」
「はい、先程トリコから生えているキノコを食べてみたのですが」
「待ってくれ、食べたのかい!?
今すぐ吐いて!あぁ、ラト君の分も除染薬を作ってもらわなくては!」
「くふふ、大丈夫ですよ。キノコが不味すぎて気分が悪くなっただけです」
「ラト君、そのキノコは普通の毒キノコよりも質が悪いものなんだ!
・・・えぇと、何と言えば・・・」
慌てるミヤジにラトはくふふ、と笑う。
そして、自分の行き着いた仮説をミヤジに話し始めた。
「ミヤジ先生、もし、汚染菌類がこちらの世界に持ち込まれたらどうなると思いますか?」
「・・・この屋敷からからどんどん汚染されていって、いずれ世界中を汚染していくだろうね」
「はい、私もそう思います。
でも、トリコとロボットさんがこちらに来てから暫く経ちましたが、屋敷は汚染されていませんよね?」
「それは、確かに・・・」
「だから、何故そうなるのか、私なりに考えてみたのです。
それで、もしかしたら、汚染菌類はこちらの世界のものを汚染できないのではないか、と思いました」
「ふむ・・・なるほど・・・」
「なので、私がこのキノコを食べても何も起こらない筈です」
「・・・ラト君、そういうのはまずネズミとかに食べさせて実験するものだよ。
万が一ラト君が感染してしまったらどうするつもりだい?」
「おや・・・そうなのですか。
まぁ、私は薬物や毒物には慣れているので、心配いりませんよ」
にこにことしているラトに呆れるミヤジだったが、ラトの仮説は確かに信憑性があるように思う。
こうなれば、ラトの仮説の証明に協力するほうが良いと考え、ラトにネズミを捕まえてくるように頼んだ。
「ネズミにキノコを移植してみて、キノコがどうなるか見てみよう。
もし、キノコが枯れたり消えたりしたらラト君の仮説は正しいことになるからね」
「はい、すぐに捕まえてきます」
ミヤジはトリコから生えているキノコを1つ根本から切り取り、ネズミの背中に断面を埋め込むようにして移植した。
しばらく経過を観察するため、背中からキノコを生やしたようなネズミをガラスケースに入れて地下に持っていった。
風呂に入り服を着替えて、トリコの看病を再開した2人は、トリコの体からどんどん生えてくるキノコを観察しながら不安になってきた。
「・・・ミヤジ先生、もし、除染薬が無かったら、トリコはどうなりますか?」
「恐らく、最終的にキノコに全ての栄養を吸い取られて・・・死んでしまうだろうね」
最悪な想像が頭を駆け巡り、ラトは身震いした。
「大丈夫。これでも点滴で抗生物質を入れているから、進行はかなり抑えられているらしい」
「そう、ですか」
ラトは真っ青な顔で目を閉じているトリコの顔を眺め、頭を撫で始める。
「兄が代わってあげられたらいいのにね」
そうぽつりと呟いたラトの肩をミヤジがそっと抱き寄せ、2人はそのまま静かに寄り添っていた。