最近同じマンションに引っ越してきたという
高校生の男の子。
凛とした、綺麗なエメラルド色の瞳。
華奢な体つきで、ぽってりとした唇。
可愛らしい顔立ちだが、
どこか儚げな表情をしている彼は、
一瞬で俺の心を奪った。
きっと一目惚れのようなものだったと思う。
その時から彼とは色々な話をするようになり、
すぐに仲良くなった。
ブラック会社に勤めながら独りきりで
寂しく暮らしていた自分にとって、
彼はまるで天から舞い降りた天使のようだった。
ひとつ疑問に思うことがあった。
彼は自殺を図ろうとする時、
決まって俺に連絡を入れる。
そして、俺が来るまでその場で待っている。
誰にも知らせず1人で死んでしまうほうが
確実なのではないかと思うが、
もしかしたら彼は、出会った時のように、
俺に自殺を止めてほしい、助けてほしいと、
心のどこかでそう思っているのではないかと、
勝手に解釈していた。
だから、俺は今夜もこうやって
マンションの階段を駆け上がる。
「はぁッ、はぁ…ッ」
マンションの屋上にたどり着く。
フェンスの向こうに立つ、彼の背中を見つけた。
「待って……、!」
フェンスを乗り越え、彼の手を取る。
彼の手は、蒸し暑い空気に反して冷たかった。
「はなして」
少し大人びたような、少し幼くて可愛らしい声。
俺は彼の声も好きだった。
「なんで、そうやって、J
「はやく、死にたいの」
「どうしてなんすか……、」
「死神さんが呼んでるから」
彼には「死神」が見える。
「タナトス」に支配される人間に稀に見られる
症状なのだという。
そして「死神」は、
「タナトス」に支配されている人間にしか
見ることができない。
「死神なんていないっすよ、ッ…」
「なんで分かってくれないの…、」
僕が死神を否定すると、彼は決まって泣き叫ぶ。
死神は、それを見る者にとって
一番魅力的に感じる姿をしているらしい。
いわば、理想の人の姿をしているのだ。
彼は死神を見つめている時、
(俺には虚空を見つめているようにしか見えないが)
まるで恋をしている子のような表情をした。
まるでそれに惚れているような。
俺は彼のその表情が嫌いだった。
「死神なんて見てないで俺を見てください、ッ」
「嫌…ッ」
彼が僕の手を振り払おうとしたので、
思わず力強く握ってしまった。
「痛い…ッ!」
「!ッ、ごめん…ッ」
でも、君が悪いんじゃないか。
俺の手を振り払おうとするから。
俺のことを見てくれないから。
「死神さんはこんなことしないよ…!」
俺の心にどす黒いものが押し寄せてくる。
「なんで……」
なんで、こんなにも俺は君のことを
愛しているのに、
君は俺だけを見てはくれないのだろう。
死神に嫉妬するなんて、
馬鹿げていると心のどこかでは思っていたが、
もうそんなことはどうでもよかった。
「もう嫌なの」
俺も嫌だよ。
「もう疲れたの、」
俺も疲れた。
「はやく死にたいの…」
「俺も死にたいよッ!!」
その時、彼が顔を上げた。
ニッコリと笑っていた。
彼の笑顔を見た途端、
急に心のどす黒いものが消える感覚がした。
あれ、これってもしかして。
「やっと…気づいてくれた?」
「ああ…… やっと分かりましたよ…ッ」
「ほんと……? よかったぁ」
ああ、そうか。
君が自殺を図ろうとする度に
俺のことを呼んだのは、
俺に助けてもらいたかったからじゃない。
君は僕を連れて行きたかったんだ。
俺にとっての「死神さん」は、彼であった。
涼しい風が吹き抜ける。
いつの間にか蒸し暑さなど感じなくなっていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「だな、!」
手を繋いだ君と俺
この世界が、自分たちにもたらす焦操から
逃れるように
夜空に向かって駆け出した。
コメント
1件
絶対2人とも手繋いで死んでる。 こういう系大好きです ありがとうございました!!!!