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ヌッココーヒー
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深夜二時。
FORSAKEN暗黒厨房は、
今まさに灼熱地獄と化していた。
原因は一人。
「火が甘い……!!」
ゴォォォォッ!!
「まだ足りん!!」
ボンッ!!
「表面温度がコンマ二秒ズレている!!」
ドゴォォォォン!!!!
1eggsだった。
完全に料理バトル漫画のラスボスみたいな火力を出していた。
青白い魔界の炎が天井近くまで吹き上がり、
鍋という鍋が悲鳴を上げる。
厨房の温度計はとっくに壊れている。
「これじゃ素材が死ぬ……!!
素材が泣いてるんだよォ!!」
「いや厨房も泣いてるよ」
隅でアズールが光の無い目をしていた。
手には修理費の見積書。
「コンロ三台破損」
「換気設備半壊」
「耐火壁融解」
「なんで毎回“料理”で建物が死にかけるんですか……」
ホスフォラスは腹を抱えて笑っている。
「ハハハハハ!!
“素材が泣いてる”って何!?
火力が戦争なんだけど!!」
その中央で。
1eggsは完全に周囲が見えていなかった。
金色のフライパンを振るうたび、
火花と油が爆ぜる。
漆黒の顔には汗。
透けた肋骨が激しく上下し、
金色の瞳は完全にキマっている。
「あと一瞬……
あと一瞬だけ熱を通せば完璧に――」
その時だった。
ごうっ。
爆発的に跳ね上がった火柱が、
1eggsの袖へ向かって一直線に噛みつく。
「――っ!?」
「あ、危ないよ」
ぽす。
あまりにも間の抜けた音だった。
1eggsの腕を、
柔らかい何かが包み込む。
視界いっぱいの白。
ジョン・ドウだった。
満面の笑顔。
白いコック服。
赤いスカーフ。
そして右腕はいつもの業務用大型ミキサー。
ブォン。
彼は自分のパン生地の身体で、
1eggsの腕を覆っていた。
じゅうううう……。
焼ける匂い。
白い生地が、
みるみる黒く焦げていく。
魔界の炎を、
自分の身体で押し潰していた。
「…………」
1eggsの目が見開かれる。
ジョン・ドウは笑顔のままだった。
「大丈夫?」
「お、お前――」
我に返った1eggsが叫ぶ。
「何してやがる!!
俺の調理の邪魔を――」
そこまで言って、
言葉が止まった。
ジョン・ドウの腹部。
そこだけが、
痛々しく真っ黒に焦げていた。
煙まで出ている。
それなのに。
ジョン・ドウは相変わらず、
にこにこ笑っていた。
「えへへ。
ごめんね、1eggs」
ブォン。
申し訳なさそうにミキサーが一回転する。
「でも、焦げるのは僕だけで十分だから」
「…………っ」
1eggsの呼吸が止まる。
料理への狂気。
火力への執着。
完璧な焼き加減。
それしか頭になかった自分を、
誰かが庇った。
しかも命懸けで。
1eggsは無言でフライパンを置く。
ガンッ。
そして、
ゆっくりジョン・ドウへ歩み寄った。
黒い手が、
恐る恐る焦げた腹部へ触れる。
ぺた。
焼けた生地の熱。
少し硬くなった表面。
「……馬鹿野郎」
声が低い。
いつもの怒号じゃない。
「痛くねぇのかよ」
触れられた瞬間。
ジョン・ドウの身体が、
ぴくっと小さく震えた。
「痛くはないよ?
僕、パン生地だから」
にこにこ。
満面の笑顔。
だけど。
ほんのり顔が赤い。
「でも……」
ジョン・ドウは、
自分に触れている1eggsの手をじっと見る。
「1eggsの手、冷たくて気持ちいい」
「…………」
「もう少し触っててほしいな」
ブォン。
ミキサーが照れたみたいに回転した。
「な、何言って――!!」
1eggsの声が裏返る。
金色の目がぐわんぐわん泳ぐ。
「焦げた部分は!!
ちゃんと処置しねぇと!!
後でカチカチになるだろうが!!」
完全に動揺していた。
「救急箱!!
どこだ!!」
「そこ右」
「うるせぇ!!」
ドタドタドタドタ!!
1eggsは真っ赤になりながら厨房を爆走する。
ホスフォラスは床を転げ回った。
「ギャハハハハハハ!!!!
照れてる!!
1eggsが照れてる!!!!」
「貴重映像ですね……」
アズールは無表情でメモを取っていた。
『料理狂人、感情機能を確認』
その頃。
厨房入口では。
夜食用のコーヒーを淹れに来たスペクターが、
一連の流れを静かに見ていた。
赤い瞳。
赤いスーツ。
完璧な真顔。
数秒の沈黙。
そして。
「……熱いね」
恐ろしいほど平坦な声だった。
「アズール、厨房の温度設定を下げておくように 」
「そこ!?」
ホスフォラスが即ツッコむ。
「今の“青春イベント”じゃなかった!?
なんで設備管理の話になったの!?」
「スペクター様ですから」
アズールは光のない目でコーヒーカップを差し出した。
スペクターは優雅に受け取り、
そのまま何事もなかったかのように去っていく。
コツ。
コツ。
コツ。
その背中を見送りながら、
ジョン・ドウは嬉しそうにミキサーを回した。
ブォォン♪
1eggsは救急箱を抱えたまま叫ぶ。
「だから回すな!!
余計熱くなるだろうが!!」
深夜二時。
FORSAKEN暗黒厨房は、
今日も別の意味で焦げついていた。