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それからまた少し経った、夏のある日の竜胆宮。
エーファが出勤すると、ビアンカとディートヘルムが向かい合って話していた。
「自分でやってくれない?あたしも忙しいのよ」
「これは元々君の仕事だったんだろ?」
「でも上からの命令であんたのになったじゃない」
……否、口論していた。
ビアンカとディートヘルムは互いに刺々しい言い方で話す。
「大体あんた、あたしに押しつけ過ぎじゃない?」
「大きい仕事を三つ並行してやってるんだから仕方ないだろ」
なるほど仕事のなすりつけ合いか。
エーファはふたりの間に入った。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「おはよう。聞いてよエーファ。ディートヘルムがあたしにいつも押しつけてくるの」
「俺も忙しいんだよ」
「は?それ言うならあたしも忙しいんですけど」
ふたりは睨み合う。
ビアンカとディートヘルムの間に火花がバチバチと飛び散った。
先の事件で国仕魔法使いが一人消えた今、国仕魔法使い三人はますます多忙を極めていたのだ。
エーファは自分のせいで国仕魔法使いが減ったので肩身が狭かった。
自分が入る前も三人だったけれども。
だがベルントは仕事がよくできたのでビアンカとディートヘルムはそんなに大変ではなかったらしい。
ふたりがしばらく睨み合ったまま沈黙だけが降りていたが、やがて、ビアンカは大きなため息をつく。
「……わかったわよ。それはあたしがやっとく。でも次は押しつけないでよね」
「どうもありがとう。それは保証できないけど」
「もう」
ふん、とビアンカはそっぽを向き、足早に自分の仕事場へ戻っていった。
エーファとディートヘルムは廊下に取り残される。
ビアンカとディートヘルムは幼馴染らしいし、互いに何でも言い合える関係だからこそ喧嘩も起きてしまうのだろう。
と、ディートヘルムもため息をつき、仕事場へ戻ろうとした。
エーファは彼を呼び止めた。
「ディートヘルムさん」
エーファの声に、ディートヘルムは振り返った。
「何だい?」
声は穏やかだが目が怖い。
エーファは一瞬緊張したが笑みを作って言ってみる。
「その、あんまり気が乗らないかもしれませんが、ビアンカさんに何かプレゼントしてみませんか?」
「詫びでってこと?」
ディートヘルムの目が一層鋭くなった。
エーファは内心怯えながらも頷く。
「何で俺が?ビアンカにも非があると思うんだけど」
エーファは負けずに言葉を返した。
「でも、ビアンカさんはこれからも一緒に仕事をしていく仲間なのですから、ここは仲直りしておいた方がいいと思いますよ」
……確かに、その方が合理的だ。
仕事に於いては感情よりも効率を優先した方がいい。
今しておかないと仲直りをする機会を失いかねないし。
「……わかった。ありがとう。考えてみるよ」
前向きなディートヘルムの返事にエーファはほっとした。
そしてエーファも自分の仕事に戻っていった。
戻っていくエーファの背中を見つめながらディートヘルムは考える。
プレゼント……。プレゼントか……。
そういえば最近彼女に何か渡したことがなかったな。
誕生日以来か。
ディートヘルムは仕事に戻りながらビアンカの好きな物を思い出す。
ビアンカはかわいい物が好きだ。
動物や花がその最たる例だ。
持っている服や靴や装身具もかわいい物で揃えている。
あと、魔法が好きだ。
幼い頃自分の隣で熱心に魔導書を読んでいた。
……そうだ、彼女は自分と同じく魔法が好きなのだ。
自分たちは魔法の面白さを共有する友達だった。
すっかり忘れていた。
……仕事が終わったらプレゼントを探しに行こう。
ディートヘルムはそう思いながら外の仕事に行った。
翌朝、ビアンカが早い時間に出勤すると、入り口でディートヘルムが待っていた。
ビアンカは無視するが、ディートヘルムがあまりにも見つめてくるので我慢できなくなる。
「な、何よ」
するとディートヘルムは黙って紙袋を差し出した。
ビアンカはディートヘルムの顔を一瞥し、受け取る。
紙袋の中には白い小箱が入っていた。
「……開けていい?」
ビアンカが尋ねると、ディートヘルムは無言で頷く。
ビアンカは小箱を紙袋から出し、蓋を開けた。
その瞬間。
箱から光でできた紫の蝶がたくさん出てきた。
ビアンカの深紅の吊りがちな目が大きく見開かれた。
魔法だ。
蝶たちは竜胆宮の廊下を優雅に舞い、やがてすうっと溶けて消えていく。
最後に残った一匹がビアンカの鼻先にとまり、他の蝶と同じように溶けて消えていった。
ビアンカは呆気に取られていたが、はっとして箱の中を見ると、チョコレートの粒がたっぷり入っていた。
ビアンカは驚いて顔を上げる。
ディートヘルムは照れくさそうに口を開いた。
「……好きだったろ?あの店のチョコレート。今も喜んでくれるかはわからないけど」
ビアンカはまたもや驚く。
「……覚えててくれたのね」
ビアンカは感心したように言う。
「思い出したんだよ」
ディートヘルムは首を横に振った。
そして照れくさそうにその言葉を口にする。
「……昨日は悪かったよ」
心からの謝罪だった。
ビアンカはさらに驚く。
ディートヘルムが詫びの品を持って自ら謝りに来るとは。
ビアンカも照れくさくなりながら言う。
「あたしも言い過ぎたわ。ごめんなさい」
ディートヘルムは、やはり謝って良かったと思った。
気持ちが晴れやかだ。
「一緒に食べる?」
「……うん」
そうしてふたりは一緒にチョコレートを食べたのだった。