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その電話から数日後。
私は成瀬社長に連れられ、とある会社に来ていた。
WORLD DREAM SOFTという、AVメーカーでは、有名な会社。
その一室で、監督面接を受ける。
今回の撮影のAV監督だと名乗るその男性の名前は、金村(かねむら)といった。
「へぇ、この子が、そう」
この人は、40代くらいだろうか?
どことなく、怖いな、と、私をなめ回すように見ている目に、怯える。
その目は、いやらしいものではないのだけど、
背筋がゾクゾクとする。
「撮影、いつにします?」
成瀬社長が、そう切り出す。
金村監督の横に、社員みたいな男性も座っているけど、ずっと話しているのは、金村監督と成瀬社長だけ。
私も話さず、ここに座っているだけ。
「明後日、かな?
とりあえず、いい男優達を揃えておくから」
その金村監督の言葉に、さらに体が震える。
男優という言葉。
その人達と私はカメラの前で…。
「分かりました。
それで」
成瀬社長がそう返事して、監督面接は終わった。
事前に聞いていたように、裸をチェックされる事もなく、安堵した。
その帰り道。
成瀬社長の愛車の中。
「けど、ちょうど夏休みで良かったよな?
じゃなきゃ、平日だし撮影で2日も学校休まなきゃあいけない所だよな?」
「あ、はい…。
え、いや…」
そう戸惑う私に、成瀬社長は、運転していた車を、路肩に停車させた。
「もしかして、高校行ってない?」
さらにそう訊かれ、追い詰められるように言葉を無くす。
「気付いてんに、決まってるだろ。
一つ、確認させて。
現在の正確な年齢教えて。
俺の見立てでは、現在の奈々は高校三年って所かな…。
あの面接の時見せて貰った偽造の免許証の誕生日は、本当?
なら、もう18になってんのか?」
その成瀬社長の質問に、一体何から答えたらいいのか。
ってか、答えていいのか。
姉の誕生日は、7月15日で、確かにもう過ぎている。
てか、私は奈々でもなければ、誕生日も違う。
それに、偽造の免許証って?
「俺が見た感じ、まだ18にはなってないと思ってんだけど…。
そもそも、もう18になってんなら、もう意味ないから、篤も奈々の事辞めさせてそうだが」
そう考え込んでいる成瀬社長を見ながら、全てバレているのだと、悟る。
いや、全てではないのかもしれない。
そもそも。
「あの免許証は、本物ですよ」
「えっ?」
「あれは、私の姉のものです」
「えっ?!
じゃあ、お前双子…。いや、それなら生年月日がおかしいよな」
ここまで言ってもまだ分からない成瀬社長は、鋭いのかそうじゃないのか。
「私は…本当の名前は寧々です。
あの免許証は、二つ年上の姉のもので」
私は、観念したように話した。
もう、嘘を付く事に意味がないと思った。
「―――そうか。
しっかし、姉妹本当にそっくりなんだな。
あれ、どう見ても同一人物にしか見えない。
なるほど。それで篤のやつ今回の事、思い付いたのか」
「あ、待って下さい!
思い付いたのは、篤さんじゃない」
この作戦の全てを考えたのは、斗希さん。
「ふーん。篤以外にも、色々絡んでんのか。
確かに、篤がこんな手の込んだ事しないか」
全部、話した方がいいのだろうか?
この人の腹違いだとかいうお兄さんが黒幕だとか、
篤さんは、癌の母親の為に、とか?
斗希さんの事も、そう。
「ま、その辺りはどうでもいいや。
篤がなんで俺を嵌めようとしてんのかも」
「えっ?」
成瀬社長は、あまり細かい事を気にしない主義なのだろか?
「ただ、いざ撮影が決まったら、篤は止めんじゃないかと思ってたけど。
まあ、今のあいつ俺にけっこうムカついてるだろうしな、止めないか」
「あ、あの篤さんと何かあったんですか?」
「まぁ、ちょっと喧嘩して」
ちょっと、喧嘩?
「てか、奈々…じゃなくて、寧々だっけ?
寧々、お前と篤との本当の関係は?
マジで、AVに出たいのか?」
相変わらず、矢繋ぎに質問されて。
本当に、何から話せばいいのか。
「篤さんは、私のお姉ちゃんの元彼で。
別に、私は本当はAVなんか出たいわけじゃない。
ただ、ある人に、成瀬社長の事騙してAVに出たら、付き合ってくれると言われていて」
「その、ある人って?」
「篤さんの、友達…」
斗希さんの事、話して大丈夫なのだろか?
怒った成瀬社長が、斗希さんに何かしたりとか…。
「そう。
で、どうする?撮影する?」
「えっ?」
「寧々、どうする?」
そう再び訊かれるけど、そもそも、これが罠だと分かっていて、
まだ撮影するとかそんな選択肢がこの人にあるの?
けど、成瀬社長の口振りだと、前々から罠だと分かっていたみたいだけど、それなのに、今日もこうやって面接とか…。
一体、この人は何を考えてるの?
「今日会った監督な、知ってる。
お前が17なのを。
それを知った上で、お前を撮るって」
先程の、金村監督の事を思い出した。
何処か怖い感じの、人。
「俺は、あの男をこの世界から、抹殺してやりたい」
「えっと…その…」
その意味は、殺すって意味ではなく、この業界から消してやりたいって事なんだろうけど。
今の成瀬社長の顔を見ていると、あの金村監督を本当に殺すんじゃないかって。
「お前の年齢気付いてたから、色々理由付けて、お前をずっと使わなかった。
単体じゃなく、キカタンとかならば、いくらでも仕事があったと思う」
「はい…」
やはり、この一年以上仕事がなかったのは、裏があったんだ。
そして、本当は、私は単体レベルではないって事か。
「ほんと、なかなか踏ん切りつかなかった。
お前を使えば俺も無傷じゃいられないし。
けど、傷を負ってでもあの男を道連れにしてやろう、って」
それは、18歳未満の私をAVに出したと、自分も警察に捕まるけども、
同じようにあの金村監督も犯罪者にしようと。
「何故、そこまでするんですか?」
「昔付き合っていた俺の彼女も、AV女優で。
金村の作品に出た。
その撮影は過酷なもので、彼女はその撮影で大怪我を負って…」
成瀬社長は、そこで言葉を濁したけど。
それ以上は、怖くて、訊けなかった。
「で、どうする?
今の金村は大手の専属の監督だから、その時みたいに過酷な事はしないと思うけど。
ただな、普通の撮影よりも、ちょっと酷だとは思う。
あの男は、そういう奴だから。
17の少女を撮ってみたいって思うような奴だ」
なんだか、あの金村監督だけではなく、
目の前のこの成瀬社長も怖いと感じる。
「寧々、どうする?
辞めるなら今だ。
一度AVに出たら、もう元のお前には戻れないぞ。
訊くのは、これで最後だ。
本気で考えろ」
そう言われても…。
「―――私、出ます…。
絶対に、辞めない」
AVに出たら、斗希さんと付き合える。
私は、斗希さんが欲しい。
「―――そうか、分かった」
成瀬社長は、再び車を走らせた。
元々、この人と私は仲が良かったわけではないけど、
その後ずっと沈黙が続いていた。
ただ、ポツリと溢した、成瀬社長の言葉が、妙に耳に残った。
「篤に俺を騙せって言った奴は、俺が今回の事で警察に捕まるとかは、二の次なんだろうな。
ただ、俺が信用していた篤に裏切られて、絶望を味わえばいいと思ってんだろうな」
多分、成瀬社長は、篤さんを動かしているのが、自分の腹違いのお兄さんだと分かっている。
分かっているから、私にその辺りの事をわざわざ訊いて来ない。
だから、今もそのお兄さんの事を言っているのだと分かっているけど。
私の頭に、斗希さんが浮かぶ。
斗希さんの目的は、本当に篤さんの為なのだろうか…。
◇
2日後。
撮影日、当日。
夕べ、斗希さんに連絡したけど、
相変わらず忙しくて会えないと言われたのもそうだけど、
今日の撮影頑張って、と言われた。
そして、
『撮影が終わって、その社長が逮捕されたら。
俺達、やっと付き合えるね』
その言葉に、うん、と顔を綻ばせた。
電話を切った後、成瀬社長は全てを分かっている事を、斗希さん達に話した方がいいのか?と思ったけど。
なんとなく、それは言わなかった。
後、もう少し。
余計な事を言って、水を差す必要はない。
その撮影場所は、レンタルスタジオ。
それは、築年数が古そうなマンション。
「このマンション、もう殆ど住人居ないみたいで。
けっこうな部屋が、レンタルスタジオに使われてて。
ここの一階、麻薬更正施設になってるみたいだから、
ここですれ違う人間とは、目を合わせるな」
成瀬社長に、この建物の事をそう説明された。
二階にあるその一室に、入る。
中はリノベーションされているのか、
外観からは予想が付かないくらいに、中は綺麗。
ファミリー向けのマンションみたいなので、
中も広そう。
私と成瀬社長が中へと入ると、
「あ、やっぱり、素顔の方が断然いいね」
金村監督が、私の顔を見ている。
今日、成瀬社長からの指示で、私は素顔。
一昨日の監督面接の時に、二人がその辺りの事を話していたのは、聞いていたけど。
素顔になれば、私は一段と幼くて。
なんとなく、何を求められての素顔なのか、理解した。
「じゃあ、社長さん。
そこのモニターで見るなり、何処かで時間を潰すなり、好きにして下さい」
「寧々、後は、金村監督の指示に従って」
そう言う成瀬社長と引き離すように、
金村監督は私の肩を促すように、押す。
リビング横の、その部屋。
「あの、シャワー浴びたりとかしなくていいんですか?」
私は、ふと、金村監督にそう訊いていた。
私は特に仲良しな同業者はいないのだけど、
去年の年末に参加した成瀬企画の飲み会の時に、近くに居たAV女優の女性に、
撮影の流れを興味から聞いていた。
撮影の前にシャワーもそうだけど、メイクして貰ったり、衣装とか。
それに、性病の検査をしているとか聞いていたけど、私は一度もそんなのした事ないし…。
端から、この撮影のイレギュラーな雰囲気を感じ取る。
金村監督に放り込まれるように、一つの部屋へ入らされた。
そこには、クイーンサイズ?と思われる大きなベッドがあり。
多分、俗にAV男優と言われる人達が5人居て。
その人達は、見るからに危なそうな雰囲気が漂っている。
ベッドの回りに、撮影に必要な機材が並んでいて、
カメラを抱えた男性と、音声を拾う男性が居て。
やっぱり、無理…。
そう思い、振り返り扉を見るけど、
扉の前には、金村監督が立ち塞がるように立っていて。
「ほら、早くベッドに行って」
そう指示されて、力の入らない足で、ベッドに近付き、腰を下ろした。
そこからは、記憶が曖昧だけど。
その男優の一人が、背後から私を抱き締めて来て、胸を触られていて。
目の前には、カメラが私を捉えるようにあって。
自分の目頭が熱くなって、涙が流れていた。
怖い――…。
金村監督を見ると、こちらを見ながら口元を綻ばせている。
「―――い、いや!辞めて!」
やっと、声が出た。
そして、その男達から逃げようと抵抗するけど、
沢山の手が私をベッドに押さえ付けていて。
服を脱がされて、私は下着だけの姿にされた。
「お願い…辞めて下さい…」
泣きながらそう言葉にする私を、
ベッドの上に座らせるように誰かが起こした。
後ろから髪の毛を掴み顔を動かないように押さえつけられ、
目の前にある、違う男性のそれを口の中に突っ込まれた。
それはガンガンと喉の奥を衝かれ、苦しくて。
声も出せなくて。
気付くと、裸にされていて。
指も何本も同時に入れられて、痛くて。
もう、何に対して泣いてるのか分からなくて。
その男達は、順番に私の中に入って来た。
今迄された事がないくらいに、
ガンガンと衝かれて、痛い。
その悪夢のような時間は、何時間も続き。
途中からは、場所をバスルームへと移して、そこでも私は男達に凌辱された。
お湯の張った湯船に、顔を突っ込まれると、息が出来なくて。
そうやって苦しむ私を、後ろから誰かが犯していた。
体だけじゃなく、自分の中の何かが、壊れる。
それは、心なのだろうか――…。
撮影は、その1日だけではなく。
翌日も。
二日目の撮影は、監督面接を受けたあの会社の建物内にあるスタジオで。
前日に比べると、その撮影はソフトだった。
きっと、金村監督的に前日の撮影が本当に撮りたかったもので、
今日の撮影は、ただ余った枠を埋めるだけのものだろう。
その撮影後、私はパッケージの撮影だとかで、また違うスタジオに移動していて、写真を何枚も撮られた。
帰り道。
成瀬社長が、私を自宅の近く迄車で送ってくれる。
昨日の撮影後もそうだったけど、成瀬社長は一言も話さなくて、私も話し掛けなくて。
車が、私の家の近くで停まる。
「これ、ギャラ、渡しとく」
「えっ?」
付き出されたその封筒に、目を向けた。
「ほら?面接の時にお前口座ないって言ってただろ?
あの時は、撮影迄に口座を作っとけって言ったけど、まあ、無理だよな」
そう言われ、そうだと思い出した。
流石に、姉の口座を言うのもと思い、その場では、口座を持ってないと答えていた。
「これ、貰っていいのですか?」
「ああ」
成瀬社長から手渡されたその封筒は、けっこうな厚みがあり。
こんなものが欲しかったわけじゃない、とこれを投げ捨ててしまいたくなる。
「寧々、多分、もう会う事ないと思うけど…、いや、もし裁判とかなったら会うのか?
まあ、いいや。
元気でな」
そう言って、何処か辛そうに笑う、成瀬社長。
その言葉の通り、私がこの人に会うのは、これが最後になった。
その後、この人の名前を、何度も聞いたり、話したりする事になるのだけど。
その撮影が終わった後。
もう私に用はないかと言うように、斗希さんの態度は目に見えて冷たくなって行った。
相変わらず、会えないのもそうだけど、LINEも既読無視が増え、
電話も出てくれなくて。
これだけ冷たくされても、まだ私は斗希さんを諦めきれなかった。
肌寒くなり始めた、10月中旬。
私のスマホに知らない電話番号から電話があり、出ると、K署の生活安全課の野上(のがみ)と名乗る女性からだった。
『一度、こちらに来て頂いて、お話を伺いたいのですけど』
ついに、この時が来たのだと、
体が震えた。
私はそのK署内の小部屋で、野上さんに色々と話を聞かれた。
そして、斗希さんに言われていたように、
AVに出たいと成瀬企画に自ら私が訪れた、と話した。
それは、篤さんの紹介ではなく、ネットで見たのだと。
「それで、年齢を誤魔化す為にお姉さんの振りをしたの?」
「はい。ですけど、成瀬社長には、すぐに年齢の事はバレて。
成瀬社長から、年齢を偽るように言われました」
その部分が重要だと、斗希さんから言われていた。
調べれば、私が姉の名を語った事は、
面接の時に提出した身分証のコピーや書いた書類で知られる。
もしかしたら、そうやって私に騙されていたのだとしても、成瀬社長は起訴されるかもしれないけど…と斗希さんは言っていた。
けど、より確実にそうする為に。
成瀬社長も私の年齢を、知っていたとする。
「この先、年齢を偽ってAVに出ろと、成瀬社長に強要されました」
そう、告げた。
それから数日して、テレビを見ていると。
ふと、ニュースが流れて。
『―――17歳の少女を、猥褻なDVDに出演させていたとして、
事務所社長の成瀬遥容疑者を、
児童福祉法違反の容疑で、逮捕しました。
成瀬容疑者は容疑を認めており、
現在、K署で取り調べを受けています。
同じく今回の撮影に関わったとされる…』
私は、テレビに近付いた。
その後は、あの金村監督も同じように逮捕されたと伝えられていた。
そして、画面が切り替わり、モザイクが入っているけど、
そのDVDのパッケージが流れた。
それは、私で…。
全体にうっすらとモザイクが入っているから、誰か分からないのだけど…。
けど、私を知っている人が見たら、私だって分かるんじゃ…。
幸い、今、この狭いアパートのリビングでテレビを見ていたのは、私だけ。
母も姉も、出掛けていて。
このニュースは、ローカルニュースみたいだけど。
なんだか、体がガクガクと震えた。
あの警察官の野上さんが言うには、
私のDVDはまだ発売されていなくて、その前に差止めになるから出回る事はないと言っていたけど。
本当に、誰にもあの映像を見られずに、済むのだろうか?
斗希さんには、一度AVに出たくらいじゃ、周りの人間に知られる事はないから、と言われていたけど。
そんなの、嘘だ。
今のように、どんな形でこうやって誰かの目に入るか分からない。
それに、なにより、私のせいで成瀬社長は犯罪者に…。
もう、成瀬社長が斗希さんの言うように悪人じゃない事は、分かっている。
成瀬社長が私にあの時全てを話してくれたのは、
私が罪悪感を抱かないようにだろう。
成瀬社長は知っててその罠にはまるのだと。
だから、私に騙されたわけじゃないから、悪いと思う事はない、と。
いい加減、もう分かる。
私は、斗希さんに騙され利用されているのだと。
やっと、目が覚めた。
私はスマホを手にして、聞いていた野上さんの携帯番号に電話を掛けた。
そして、その後は…。
K署に行き、話した。
成瀬社長は私に騙されていたのだと。
本当は、私の年齢なんか知らなくて、
成瀬社長は最後迄私を本当に姉の奈々だと思っていたのだと、少し嘘を付いた。
その翌日、また呼ばれてK署に行くと、成瀬社長はこのまま不起訴になる可能性が高いと、話の中で聞いた。
そして、あの金村監督も同じく、不起訴になると。
それだけは、成瀬社長には申し訳ないけど、
彼を犯罪者にしなくて済んで良かった。
その数日後。
斗希さんを、呼び出した。
それは、初めにAV出演を持ち掛けられた、あの公園。
「久しぶり」
こちらに歩いて来る斗希さんは、何もなかったように笑みを浮かべていて。
その顔を、睨み付けてしまう。
「忙しい所呼び出してすみません」
その嫌味にも、変わらず笑っている。
「来ないと殺すと迄言われたら、来るよ」
斗希さんは私の目の前に来ると、立ち止まった。
私に向けているその笑みは、私を嘲笑っていて。
本当に、なんでこんな男を好きだったのだろうと、思ってしまう。
「斗希さん、私を騙してたんですよね?」
「騙しては、なくない?」
ふてぶてしくそう答える顔を、さらに睨み付けてしまう。
「騙してたでしょ?
私と付き合う気なんかないのに、付き合うとか言って。
それに、忙しいって嘘付いて、滅多に私と会ってくれなかった」
あれだけ忙しいと会えなかったのに、
ちょっと脅せば、こうやってやって来る。
「本当に忙しかったんだけど。
大学もそうだし、資格取得の勉強も。
それに、彼女居るから忙しくて。
まあ、彼女は時々変わってるんだけど」
その彼女と言う言葉に、以前の私ならショックを受けたかもしれない。
今は、そうやってバカにされているのだと、屈辱感が込み上げる。
「寧々が付き合いたいなら俺と付き合う?
約束だったし。
今の彼女も、そろそろ別れようかと思っている所だから」
「誰があんたなんか!」
そう怒鳴ると、斗希さんは何処か楽しそうに笑っている。
「けど、ありがとう。
あの社長逮捕されたみたいだね。
寧々のおかげ」
そう言って、私に罪の意識を感じさせようとしているのが、分かる。
けど。
「成瀬社長は、分かってた。
私の年齢。
だけど、成瀬社長も理由があって、
それに乗っかったの。
だから、私にも、篤さんにも、そして、斗希さんあなたにも、成瀬社長は騙されたわけじゃない」
「そう」
その顔は、何を考えているのかポーカーフェイスで、
少しくらい、悔しそうな顔をするかと思っていたのに。
「後、成瀬社長、不起訴になったの。
昨日、担当の刑事さんから聞いた」
昨日も、私はK署で取り調べられていた。
まだ、後何度かは取り調べがあると思う。
「そう。
けど、篤はもう残りの200万貰ったみたいだし、まあ、いいや」
「斗希さんの目的は、本当にそれなんですか?
篤さんの為に、お金をって」
その言葉に、斗希さんの口に弧を描いたような笑みが浮かぶ。
「斗希さん、本当は…。
篤さんに成瀬社長の事を、裏切らせたかっただけじゃないんですか?
もしかして、嫉妬?
私も何度か成瀬社長と篤さんが話している光景を見たけど、本当に仲良くて…。
あの二人の関係を、壊したかったんでしょう?」
斗希さんの顔から、スーと笑みが消えて行く。
「うちの家、けっこうお金はあって。
うちの父親と篤の母親、多分そういう関係。
だから、うちの父親に頼めば、こっそりと200万くらいならくれたかもしれない。
くれなくても、貸してくれたり。
まあ、あくまでも、かもしれない、だけど」
その言葉に、背筋がゾクゾクとして来る。
「その社長の事は、俺は知らないけど、
そうやって今回の事を逆に利用されたのは、ちょっと面白くはないね」
この人は、そうやって知らない成瀬社長の事を、自分の策で犯罪者に仕立て上げる事を、楽しんでいたんだ。
「今回、警察にリークしたのもその社長なんだろうな。
おかしいと思ってた。
何処から漏れたんだろうって。
公になるのは、寧々のあのDVDが発売されてからの予定だったのに」
そう言って、私を見る斗希さんは再び笑っている。
こんな状況で笑っているからこそ、それが怖くて。
「悪人の成瀬社長は、寧々のそのDVDが出回らないように、発売前に販売中止になるようにしてくれたんだろうね。
そのタイミングも、絶妙。
それが早過ぎたら、そんな撮影なんてしてないと向こうのメーカーにもみ消されるし。
だから、発売日が告知されて、すぐ。
ネットでパッケージの写真くらいなら、既に見た人間は居るかもしれないけど、肝心の中身は、そうやって誰にも見られなくなったね」
また一つ、新しいその事実に、体が震える。
成瀬社長のおかげで、私のDVDは世間に出回わらなかった。
そして、目の前のこの人は、
平気で私をそうやって見せ物にしようとしていたんだ。
「別に、篤とその社長の関係に、嫉妬したわけじゃない。
ただ、その社長の会社で楽しそうに働いている篤が、なんだか気に入らなかった」
成瀬社長と篤さんとの仲に、妬いてと思っていたけど。
ただ単に、篤さんが楽しそうなのが気に入らなかったって事?
「まあ、寧々の事も楽しかった。
俺に気が有りそうだから、ちょっと優しい言葉をかけたら、簡単にAVに出てくれて」
その言葉に、自分の中で今迄感じた事のない感情が沸き上がって来る。
この時は分からなかったけど、それは殺意。
「俺、この後彼女と約束あるから。
もう行くけど」
そう言って踵を返し、私に背を向ける。
「全部言ってやる!
警察に、あなたに頼まれて成瀬社長を騙していたって」
「勝手にすれば。
それを証明出来るなら。
勿論、俺は知らないって答えるけど」
私を振り返る事なく、そう言うと歩き出した。
その背を、ずっと私は憎しみ見ていた。
私はポケットからスマホを取り出すと、
篤さんに電話をした。
『寧々、どうした?』
篤さんのその声に、スマホを握りしめた。
「斗希さんから、聞きました。
無事に、残りの200万受け取ったって」
『―――ああ。
お前、マジでAV出たんだな?
なんか、発売されないみたいなのニュースで見たが。
ちゃんとギャラは貰えたのか?』
そう言えば、この人にはお金が欲しいからAVに出たいと話していたな、と思い出した。
何も知らないこの人にも、怒りが湧く。
元々は、この人のせいで、私はAVなんかに…。
「お金、貰いましたよ。ちゃんと。
成瀬社長、前から分かってましたよ?
私の年齢が18歳未満な事。
彼は彼なりに訳があって、私をそのままAVに出演させたけど。
だから、成瀬社長、篤さんに騙されているって知ってて…。
あ、騙されてないから、騙されているって言わないか」
『お前、一体何が言いてぇんだ?』
私が喧嘩腰だからか、篤さんの言葉もそうやって険しくなる。
「それでも、成瀬社長は信じていた篤さんにそうやって裏切られて、苦しんだと思う。
きっといつか篤さんも、同じような目に合うでしょうね。
信じてた人に、裏切られて」
それは、斗希さんに。
あの人は、いつかこの人を裏切るだろうな。
いや、もう裏切られているかも。
先程の、斗希さんの言葉だってそう。
ただ単に、あの会社で楽しそうに働いている篤さんが、気に入らなかったって。
「斗希さんと、これからも仲良くして下さいね。
じゃあ、お元気で」
私はそう言って、その電話を切った。
◇
そんな事があっても、私の日常は変わらなくて。
あの後、何度かK署で取り調べられたけど、
結局は、斗希さんや篤さんの事を話さなかった。
それは、彼らを庇ってとかではなく、
もう早くこの事を終わらせたかったから。
そうやって、この事は終わると思っていたのに。
それは、1月上旬。
それは、いつものように登校した高校での昼休み。
「あのさ、これお前に似てない?」
教室内、友人数人でお弁当を食べていた時、
一人のクラスの男子が近寄って来た。
その手には、スマホがあって。
「なんかさ、前に17歳だとかそんなので、発売中止になったAVがあって。
そのスレッドに、そのパッケージの写真載ってて」
箸を持つ手が、震えた。
「ほら、これ」
そう言って、私に見えるようにそのスマホを目の前に、差し出して来る。
「ほんとだ。寧々にそっくり!」
友人のその子は、それが私だと思っていないから、テンションが高くなる。
その画像は、いつもとは違う感じに化粧をされているのもそうだけど、
加工の技術というのか、かなり色々とされている。
そして、面接の時に決めていた、私のAV女優としての芸名がそれに印字されている。
「けっこう可愛い子だから、発売されれば良かったのにな」
その男子の能天気に笑う声が、遠くに聞こえる。
「もしかして、あんた寧々の事好きなんじゃない?」
誰かがそうやって冷やかす声も遠く感じた。
私は鞄を掴み、そのまま教室から飛び出した。
誰かの、私を呼び止める声が聞こえていたけど、私は立ち止まらなかった。
私はその日から学校に行けなくなった。
その理由は、怖かったから。
私がそうやってAVに出た事を、学校中に知られてしまったんじゃないかって。
そして、月日は過ぎ。
出席日数と、単位は足りていたから、卒業は出来たけど。
そうやって高校に行けなくなっただけじゃなく、
家から出る事も段々と出来なくなって。
二年程、引きこもりのような生活が続いた。
元々、私は将来有望ではなかったけども、
その後の人生は、いいものではなかった。
そして、10年後。
滝沢斗希と北浦篤が、それなりに成功しているのを聞いて、
自分の中で彼らに対する憎しみが大きくなるのが分かった。
この二人にも、地獄を見せてやる。
そう決めた。