芹那が座っていたのであろう助手席に、今座っている真衣香。
なんとなく、やっぱり。
少し意地悪が言いたくなってしまったのだ。
「……俺さ」
車の走行音に負けてしまいそうな小さな声で、真衣香の意地悪に坪井は何かを話そうと声にしてくれている。
「うん」
真衣香は、違うよ。ただの意地悪だよ、と。そうすぐに返そうと思っていたのに。
その声の続きを知りたくて、短く声を返すことしかできなかった。
「俺、基本的に人の感情なんて勝ち負けの道具としか思ってなかったし」
前を見たままゆっくりと、自らにも言い聞かせるように坪井は話す。
「自分の思うままに好き勝手動いても、困ることなんて何もなかったんだよ。誰にどう思われてもよかったし、離れていかないで欲しい人なんていないと思ってたし」
どこか、目の前の景色よりも、もっとずっと遠くを眺めていそうな瞳を食い入るように、じっと真衣香は見つめた。
夕方。真冬の空は太陽を既に隠そうと視界を暗く遮っていく。
だから、少しだって見失わないように。
「最初、もう俺の、このやり方通用しないなって思ったのは。部長がお前のこと使おうとしたときかな」
ふう、と重苦しいため息。
「わかってたのに、また中途半端なことしてごめん」
「中途半端?」
そこでやっと声を出した真衣香にホッとしたのか、大きく息を吐いて坪井は横目に真衣香を見て頷く。
「全部お前が教えて。黙ってもうこんなことしない。話す、ちゃんと動く前に。だから、お前を傷つけないやり方俺に教えて」
「教える?」
「そう、ずっと、これから先、一生かけてお前が俺に教えて。お前がいないなら、やっぱ他人の気持ちに気付こうなんて思えないみたいだから」
これから先ずっと。
その言葉の意味を頭が理解していくと、途端に身体が熱くなっていく。
さっきまであんなに不安だったくせに単純だ。
「もし、そうだな、またお前無視して突っ走ったら……」
自分を罰する方法でも思い悩んでいるのだろうか。
だから真衣香はここぞとばかりに、言ってみた。
「今度こそ嫌いになっちゃうかもね、坪井くんのこと」
その言葉を聞いて、さぁっと青ざめていく表情が愛おしくて。
揺れた車のハンドルをしっかりと正し、慌てたように、用のないコンビニの駐車場に入って車を停めた。
……そんな姿が可愛く見えて仕方がない。
「む、無理無理、死ぬ」
「うん。じゃあ約束ね。これからは一緒に、決めようね」
微笑むと一転、青ざめていた顔色はみるみる色を取り戻し、耳がほんのりと赤く染まった。
そうして、顔を見られまいと窓の方を向いたまま。
「……さっきの」
坪井は小さな声を響かせた。
「さっき?」
「うん、俺はお前のもの、って。嬉しすぎてどうしようかと思った、ビビった」
「え?」
「……お前も俺の?」
聞きながら、やっと真衣香の方を見た。
その、ねだるような瞳。
ああ、やっぱり。
愛おしくて、可愛くて、息をするのも忘れてしまいそうなほどにかっこいい。
「そうだよ、坪井くんの、だよ」
恋に、愛に。正解も間違いも存在しないのはきっと、ひとつずつ作り上げていくからだ。どこにもいないたったひとりと、ひとりが出会って。
どちらからともなく触れあった唇。
沈んでいく夕陽が、最後に明るく二人を映して、ゆっくりと沈んでいった。
***
帰りは特に何も聞かれなかったけれど、そのまま二人で坪井のマンションへと帰った。
ちょうど同じタイミングで隼人から連絡が入って。
芹那が無事、恋人と合流したと聞かされた。ホッと胸をなで下ろした靴を脱いだばかりの真衣香のことを、背後からきつく抱き締めた坪井。
その暖かな気配に問いかける。
「芹那ちゃんはどうなるのかな、仲直りできるのかな」
「……さぁ、どうだろ。青木次第なんじゃない」
素っ気ない答えが返ってきて、不思議に思った。
「気にならないの?」と振り返って聞くつもりが声にはならない。
「……んっ、ちょ、っと坪井く」
性急なキスに真衣香が驚き、身体を離そうとするがビクともしない。
ちゅ、ちゅっと啄むような触れ合いの後、深く、食むように真衣香の唇を覆った。
「お前に、何もなくてよかった……」
キスの合間に吐息混じりの声が耳元で囁く。そのまま熱い唇は益々熱を帯びながら真衣香の首筋をなぞった。
「あ……っ、ちょっとここ玄関」
「まだ怒ってる?」
「怒って、な……いけど」
「けど?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!