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詰め所での会談が始まったが、最初に切り出したのはガイアであった。
「良い話をする前に確認したいんだが、ここでお嬢さんが決めたことは暁の決定だと考えて良いんだよな?」
「その認識で間違いはありませんよ。私は代表なのですから」
「それを聞けて安心した。お互い忙しいからな、無駄は省きたい」
目の前の小娘を言いくるめれば何とかなる。
シャーリィを深く知らなければ暁の急激な拡大が彼女を中心に成し遂げられたなど到底信じられず、彼女は真の代表を隠すための傀儡であると考え、粗末な村娘スタイルを見て確信に至る。
そのガイアの無知が彼の運命を決めた。
「無駄を省きたいという意味では同意します。それで?ご用件は?」
「ハッキリ言えば、抗争はこの辺りで手打ちにしたい」
「手打ち、ですか」
「そもそも、この抗争は不幸な行き違いから起きたもんだ。暁とエルダス・ファミリーが抗争を起こしたから、弱ったところを横取りしようなんて考えた連中が引き起こしたんだよ」
「貴方は違うと?」
「もちろんだ。エルダスの馬鹿がアンタ達に負けたのは驚いたが、結果に文句を言うのは筋違いって奴だ」
もちろん嘘である。抗争を引き起こして疲弊した両者を襲い漁夫の利を狙うべく暗躍した中心人物こそ、ガイア本人なのである。
「ところが、私達が十六番街を支配せずにオータムリゾートへ引き渡したことが貴殿方にとっての誤算となった」
身振り手振りで話を進めるガイアに対して、シャーリィは淡々と答えていく。
「まあ、そうだな。『会合』の一角に手ぇ出すような真似はしないが、新参の暁ならヤれる。そう考えた連中の暴走が招いたのが今回の抗争なんだよ」
「ふむ」
「で、だ。そんな馬鹿な奴等はこれ迄の戦いで死んだ。今となっちゃ、暁とやり合おうなんて考える奴は居ない。だから、手打ちにしたいんだ」
「見逃せと言いたいのですか?」
「もちろんタダでとは言わねぇよ。喧嘩を吹っ掛けたのは此方だし、ボロ負けしたのも俺達だ。五分とは言わない。七対三くらいで盟約を結んでくれねぇか?」
「うちの傘下に入ると?」
「ああ。シマはこれ迄通り任せて貰うが、アガリの三割をアンタらに納める。もちろん十五番街の設備なんかも自由に使ってくれて良い。必要なら兵隊も動員する。方針も暁に従う。どうだ?」
ガイアの提案は従属であった。暁の傘下に入り力を蓄えて下克上を狙う。それがガイアの企みである。
「抗争を仕掛けておきながら、縄張りを手離すつもりは無いと?」
「最近アンタ達も苦労してるだろう?黄昏の経営だけで精一杯じゃないか?」
これは事実であり、新たに十五番街の統治など不可能である。
「否定はしません」
「面倒なことは俺達に任せてくれ。うちには暁に歯向かおうなんて奴は残ってない。アンタ達は俺達を通じて十五番街を支配すれば良い。で、力を増してオータムリゾートを潰せば良いじゃねぇか」
「オータムリゾートを?」
シャーリィが初めて表情を変えた。手応えを感じたガイアはここが攻め時であると考えて畳み掛ける。
「十六番街の話、聞いたぜ。せっかくアンタらが勝ったのに圧力で横取りされたんだろ?盟約を結んだ何て言われてるが、どう見てもカツアゲされたようなもんだろう?」
シャーリィとリースリットの関係は極秘扱いであり、端から見れば『暁』は『オータムリゾート』の圧力に屈して従属しているようにも見える。
十六番街の再開発に『暁』が莫大な資金を投じているのも事実なのだ。
「……」
「俺達が手を組めば……そうだな、一年待ってくれ。充分な兵隊を集めて見せる。一緒にオータムリゾートをぶっ潰そう」
「ターラン商会はどうするのですか?貴方方に肩入れしていることは知っているのですよ?」
シャーリィは話題を切り替えた。ガイアは焦り故だと考えて特に追求せず質問に答える。
「ああ、うちの馬鹿な連中が手を組んでたのは事実だ。しかも貴族様に泣き付いたって話じゃねぇか。苦労してるよな」
黄昏へガズウット男爵の領邦軍が向かったことは知られており、現在は無理難題を押し付けられて苦労している。抗争どころではないはず。
ガイアの予測は、普通ならば的中していた。問題は、目の前の少女が普通でないことを見抜けなかった点にある。
「……」
シャーリィは敢えて無言で返したが、それを肯定と受け取ったガイアは、持参していた布に包まれた大瓶を取り出す。
「これから世話になるんだ。アンタ達を困らせてる奴を代わりに始末しておいたぜ」
酒で満たされた大瓶には『ターラン商会』の会長ピーター=ハウの首が酒漬けにされていた。
「ピーター会長の首ですか」
「元ターラン商会の奴が居るんだろう?確認してくれて構わねぇ。少しは気が晴れるんじゃないかと思ってな」
「私達の手で始末したかったのですが」
「悪いな、逃げようとしてたから始末したんだ。生け捕りにするつもりだったんだが、不甲斐ない結果になっちまった」
謝罪するガイアをシャーリィは無表情のまま見つめた。
「他の幹部についても責任をもって対処する。出来るだけ生け捕りにするつもりだ。どうだろうか?この首を手土産に、傘下に加えてくれねぇか?」
「条件があります」
「あっ、分かるぜ。納めるアガリが少ないんだろ?貴族様の無理難題押し付けられて金が足りないだろうし。じゃあ、四割でどうだ?それなりの額を納められるぜ?」
「いえ、お金は不要です」
「ん?なんだ?ああ、あれか!?うちの殺し屋達の首だな!?」
「いいえ、貴方の首です」
シャーリィは表情を変えること無くガイアからすれば最悪の条件を提示した。
「はっ……?」
「繰り返します。条件は貴方の、いえ今回の件に関わった者全員の首です」
「な……にを……」
唖然としながらも何とか言葉を絞り出すガイア。
「それと勘違いをなさっている様子なので、訂正しますね。うちは貴族の支配を受けていません。領邦軍は壊滅させたので」
「は……?」
貴族に歯向かうどころか領邦軍を壊滅させる。余りにも非常識な言葉はガイアを混乱させた。
「貴殿方の都合など知ったことではありません。貴殿方は、私の大切なものを奪った。つまり、貴方は私の敵です。敵は殲滅しなければ、また私の大切なものを奪いに来ます」
先ほどまでと違い満面の笑みを浮かべるシャーリィを見て、ようやくガイアは、目の前の少女が普通ではなく、また傀儡でもないことを思い知ったのである。
交渉の余地など最初からなかった。暁と、目の前の少女と敵対した時点でどちらかが滅びるまで戦いを終わらせることは出来ない。
戦慄しながらもガイアはその事実を突き付けられて滝のように汗が吹き出すのを自覚した。