コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【夜と16とハロウィンと】
貰った地図を頼りに、ベルゼの居る町長館へと向かった。
「…ベルゼ」
しゃがみ込んで、何かを探している様子のベルゼに声を掛ける。
「ん…、リィラちゃんか。」
立ち上がり、数歩だけこちらに寄る。
「どうしたの?」
一見普通の質問のように見えるが、やけに白々しい。
まるで、わざとそうしているかのように。
「トリック・オア・トリート」
言ったところで何か利がある訳でもないし、気にせず例に沿って問いを唱える。
「そうだねぇ…、トリック。」
「は?」
一瞬思考が固まった。
自分がトリックを選ばされることは前の前にあったが、トリックを選ばれることは初めてだ。
「生憎、お菓子食べちゃったの。だからボク、お菓子無くてさ。」
食べちゃった。
なんとも間抜けな理由だ。
しかし私には、それが真実なようには思えなかった。
しかし、追求しようにも根拠が無い。…もう忘れよう。
「…トリックって、何をすればいいの?」
「それはキミが決めて♪」
「…………。」
「長考してる」
「イタズラなんか、人生で1回もしたことないから」
「へぇ〜、いい子。ボクはたくさんしちゃった」
「例えば?」
「友達の指を食う、とか。やり返されたりもしたけどね」
「物騒だね」
「暴食獣だからね〜。リィラちゃんのことも食べちゃうかも?」
ついさっき吸血された故に、比較的恐怖は薄れている。
「痛くないならいいよ」
「痛いでしょ、麻酔無しで食われるんだから」
「じゃあやだ」
「痛くなくても嫌でありなよ」
「私にとっての正解はこれ」
「そこらへんの信念とかは貫いてそうだよね、リィラちゃんって。」
「そうだよ」
「でしょ?」
軽く雑談した後に、思い出したように本題に戻る。
「そうだそうだ、それでイタズラって何するの?」
「まだ考えてる」
「長いよ〜…」
「理由はさっき言ったよ」
「普通思いつくでしょ!顔に落書きとか!」
「ペンはあるの?」
「この場には無いけど」
「じゃあダメじゃん。」
ベルゼが『うーーーーん…』と唸りをあげて考える。
「そうだ、道中でイタズラに遭ったりは!?」
「1回だけ」
「お、じゃあそれでいいよ!」
…。
吸血…、技量も牙もないけど、噛みつくくらいなら。
「首、出して」
「ん?首?」
首筋の…血管。
…あった。暴食獣とはいえ、人間の姿だと、私達と同じような構造をしているらしい。
「いてててっ!?」
ベルゼが声をあげる。
「首筋に噛みつ……」
そこまで自分で言ったところで、何かを察したらしい。
「…ヴァン?」
「そうだよ」
「やっぱりか〜〜〜!!」
ベルゼが頭を抱える。
「1回のトリックってそれかぁ…。というかやっと吸ったんだ、ヴァン…。」
やっと?
疑問に思った私は、思わずそのまんま聞いていた。
「やっと?」
「そうそう。ミイラからリィラちゃんの間で、実は2人しか人間が来てないんだよね。」
けっこう少ない。
…でもそうなると、気になることがある。
「その間、ヴァンパイアは誰の血を吸っていたの?」
「…あ、発作の話ってもう聞いてるの?」
「吸血された後に聞いた」
「あぁ…。あ、それで誰の血を吸ってたか、って?」
「そう」
ベルゼは、手首の噛み痕をこちらに見せながら言った。
「あいつに付けられた、永遠の傷。」
その言葉が、さっきの問いへの答えの全てを物語っていた。
「…で、トリックは完遂しないとだよ、リィラちゃん」
「え?」
あれだけ痛がっていたのに…?
「やるの?」
「やらないと帰れないでしょ、条件的に。」
確かに。
「……分かった」
「ほら、首筋。さっきと同じ場所でね」
言われた通りのところに、歯を押しつける。
難しい。牙がないから、思ったように吸血できない。
「……………。」
「…………。」
ベルゼも私も、お互い無言だった。
試行錯誤していると、口の中に少しの鉄の味がした。
…血だ。ベルゼの。
「…あ」
「…うん、なんか微妙にだけど吸われた感じはした」
「痛かった?」
「もう痛くないよ、大丈夫」
「よかった」
とりあえずでお互い座り、十数秒経ったとき。
ベルゼが私に問いかけた。
「リィラちゃん、トリック・オア・トリート」
今度は…しっかりと袋はある。
「トリート」
「お、ちゃんとお菓子ある?」
「これ。」
私は、袋の中から寒天ゼリーを出した。
「…なにこれ?」
「寒天ゼリー。」
「寒天なの?ゼリーなの?」
「融合体みたいなものだよ。食べれる紙に包まれてて、パイン味とかメロン味とか、イチゴ味とかある。」
「これはその中のぶどう味?」
「そう。」
「へぇ〜、初めて食べるや。ありがとう」
カーディガンの胸ポケットにしまわれたあと、いつも通りのことを聞かれる。
「そうだ、質問とかはある?」
「ベルゼの過去や昔に関することを聞きたい。」
「…変な趣味してるね〜。別にいいけど。」
「むかーしむかし、ある所に。世界に恐れられた、暴食獣の一族が居たんだ。」
「世紀が経つにつれて知性も増し、どんどん賢く、そしてどんどん食欲が高まり、どんどん強力になっていった。」
「一族の誕生から、およそ数億年経った頃。他の獣より、遥かに弱い個体が産まれた。」
「ちなみにそれがボクで、この話の主人公。」
「周りはみんな優しくて、ボクが弱いことなんて気にせず、普通に接してくれた。」
「けれど、『生きる』ということを考えれば、甘くはなかった。暴食獣の特性上、他の種族より圧倒的に食欲があったから。」
「ボクの世界にも人間が居て、動物が居て、魚も居た。」
「けど、足が遅いから逃げられてしまう。一発の攻撃が弱いから、不意打ちで殺せない。」
「ここで、大前提としての情報を話しておくんだけど…、ボクの世界には、『命心術記』っていう魔法書があってね。」
メイシンジュッキ…。
「その魔法書には、命に関する魔法がたくさん書いていた。殺したり、蘇らせたり、死を肩代わりしたり、死を押し付けたりとかの魔法がね。」
「その魔法は、どれも強力な代わりに、『魔法を唱えた対象に、自身の身体能力や頭脳を全て与える』という代償があった。」
「話を戻すよ。…ある日ボクは、今までの自分から変わろうと、旅へ出た。」
「『旅へ出る』ということを家族に話すと、心配しながら応援もしてくれた。」
「『旅へ出る』ということを友達に話すと、快く送ってくれる子も居れば、『楽しそう!』とか、『お前だけじゃ心配』とか言って、ついてきてくれる子も居た。」
「結果的に、ボク含む5人で旅に出ることになったんだけど……、『ならお願い、ついてきて』って言ったことは間違いだった。」
「旅の途中、突然脚に痛みが走った。ボクらじゃない、肉食獣に食われたんだ。」
「そのときは獣の姿だったんだけど、だからこそ更に体が弱かったみたいで、すぐに『このままじゃ死ぬな』って分かった。」
「心の中で死ぬ覚悟はしてたけど、予想外のことが起こった。」
「仲間のうちの1人が、『死を肩代わりする魔法』を唱えた。」
「気付けば痛みは無くなっていたけど、あたり周辺は焼け野原になっていて、ボク以外誰も居なかった。」
「ボクは必死に逃げたけど、途中であることに気付いた。」
「明らかに足が速くなっているし、明らかに判断力が高くなっている。」
「それだけでボクは、みんながどうして居なくなったのかを察した。察しちゃった。」
…………。
「…って話が、質問の答え。」
「………。」
ひどい話だ。
4人の仲間が死んでいるのに、悪者が誰ひとり居ない切ない話。
パンプキン、雪女さん、ゴースト、ミイラ……。みんなの話を聞いてきたけど、みんな悲しい話ばかりだ。
「ごめんね」
「え?なんでリィラちゃんが謝るの?」
「その、聞いちゃったから」
「いやいや、質問ある?って聞いたのボクだし…。」
沈黙。
10秒くらい、そんな時間が流れた。
「よし…、もう条件は達成したし、町長のとこ行ってきたら?」
「…うん」
「気を付けてね、リィラちゃん!」
「わかった。また後でね」
「うん、また後で!」
私は開かれた門をくぐり、町長の所へと向かった。