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「お嬢様、商人のモーリス様がおいでです。是非、お会いになりたいと」


「体調が悪いと言って、帰ってもらって」


令嬢はそう言って、ベッドの中にもぐる。

本当はどこも悪くない、ただ人に会いたくないだけなのだ。


メイドも令嬢の仮病には気づいていたが、居留守をするのもまた使用人の勤めである。ひとまず、体調が悪いということにして、モーリスにはお帰りいただくことにした。


「大変なことになってしまったわ」


ベッドから顔をひょっこり出して、令嬢はそんなことを呟く。


税制改革は成功したと言っていい。

金で徴兵を免除できるようになった途端、たくさんの商人が兵役免除の為に税を支払うようになった。


これはアベルが計算してやったことだが、人頭税にしたところがよかった。商売をしている者の中でも特に重要な人間だけ兵役を免除したり、余裕があるところは従業員全員の兵役を免除させることもあった。


金持ちからは多く、貧乏人からは少なく取るこの税は、そもそも任意制である。払いたくないなら、払わなくてもよいのだ。


これまで税とは勝手に規定されて勝手にとられるものだった民たちは、令嬢をやたら褒め称えた。


この部分はアベルが考えた政策なのだが、民衆たちは政策一つ一つを細かく分けて考えるのが苦手らしく、ここの政策は令嬢、ここはアベルという風には考えなかった。だいたい令嬢が考え、アベルも少し考えたくらいの扱いである。


その結果、ランバルドからやってきた令嬢がとてつもない才能を発揮してトロンを豊かにしているという認識がざっくりとできあがっていた。


そうして何が起こったかというと、貢ぎ物の嵐である。

令嬢は何も要求していないのに、金銀財宝だの、どこそこの毛皮だの、とれたてフルーツだの届く。


その上、是非お会いしたい。お話をしたい。パーティーを開くので是非是非ご出席をなどなど、枚挙にいとまが無い。


つまるところ、成功しすぎたのだ。


王侯貴族が自分たちに権利を売ってくれたという事実が、商人達の心に火を付けた。つまり、令嬢やアベルに取り入れば、もっと自分たちを優遇する政治をしてくれるに違いないと考えたのである。


そしてその目論見は当っていた。


当初予定していた税収を遙かに超える税が集まり、その上、商人達から莫大な貢ぎ物が届くと、アベル王子は即座に公共事業を展開した。


具体的には人が多くなったことで汚れた河川の掃除に街道の修繕、区画整理などに私財を投じることになる。


これは商人たちの要求を飲んだというよりは、ただ蓄財していても物価上昇によって価値が目減りするので、さっさと民に還元した方がいいという判断からだったが、商人たちからすれば願い叶ったりである。


職業人たちからすれば、なぜか令嬢が仕事と金をくれるわけで。それで自分たちが住んでいる街が住み心地よくなるのなら、何も文句はなかった。


商人が金を貢ぐ→令嬢が金を使う→商人が金を貢ぐのサイクルは経済を加速させた。仕事と金を得た人々が商人から何か買う度に商人が儲かり、そしてやっぱり令嬢に貢ぐからである。


(いや、それやってるの。わたしじゃなくてアベルなんだけど)


だが、そんなことはどうでもよかった。

民衆というのは、わかりやすく面白いものを好む。


令嬢がランバルド出身ということもあり、令嬢のイメージは悪役的に脚色され、巷では劇にもなっているらしい。


概要だけは聞いたことがある。


『あら、アベル。なんだか川がきたないわ。フリージアに流れる川はまるでドブのようね!』


『いやいや、そんなことはない。普段はもっと綺麗さ。一週間後にまた来よう!』


こうしてアベルの私財が投じられ、民の努力が困難に打ち勝つことで川が綺麗になり、こうして今日もトロンは潤ったのでした。といった具合の、なんだかむず痒くなるタイプの劇である。


他にも似たような劇はあるが大筋は皆同じだった。


劇中において、性根のねじ曲がったランバルドの令嬢は金遣いが荒く、子供らしい癇癪を起こして事あるごとに難癖をつけ、難題を出す。そして民はそれらを乗り越えて見返す。令嬢は特に民を褒めることはなく、捨て台詞を吐いて劇は幕を降ろすのだ。


令嬢という必要悪が結果的にトロンを潤していくという一連の流れをコメディにしたものと言える。





物語上ではそんな扱いだが、あくまで物語は物語。虚構である。民の心理としては幼い令嬢を微笑ましくも思っているようで、壇上の令嬢役に「令嬢ちゃーん!」と旗を振るものが現れるほど令嬢役の人気は高い。


劇中での扱いが不遇なので、現実の令嬢に勝手に同情しているのかもしれなかった。


実際に公共事業が展開されると、物語に登場した川や街道は聖地として扱われ、商人たちはそれにちなんだ商品を開発し、ツアーが組まれ、観光客で賑わった。


悪役らしく口元に手をあてて高らかに笑う姿が焼き入れられた令嬢パンは原価が安いわりに高値で売れるし、織物に縫い込まれているのは自信満々に悪い顔をしている令嬢で、価格にはプレミアがついた。ここまでくるともはや特産品である。


次の貨幣には令嬢の顔が刻印されるのではないかという噂まで流れる始末だった。




民衆たちの中で勝手に物語が作られている。

もし、民の前に出たなら、令嬢はそれらしく振る舞おうとしてしまうだろう。


じゃあ、本来の自分とはどういうものなのか、自分らしく振る舞うとはどうしたらいいのか、そんなことを考えても答えは出なかった。


令嬢はただ生きるのに必死だっただけだ。胸を張ってこれが自分だと言えるようなものはひとつだって見当たらない。


確固たる自己を持たない自分は一度引きずられたらそれっきり、戻って来れなくなってしまうのではないか。そんな不安に襲われる。


自分が自分でなくなってしまうようで、恐ろしくなるのだ。

令嬢が人に会いたくなくなるのも無理はないことであった。

死に戻り令嬢、敵国の王子に溺愛される

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