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「Hey John, how are you? How your wife doing?
Oh. Hi. It’s going okay.
How about your night with your wife?
Don’t make me say it」
そんな英会話を聞きながら投稿する鏡。目の前から赤髪のスラッっとした女子が来ているのが目に入った。
何頭身なんだ?と思うほどのスタイルの良さ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花なんていうが…
「それには該当しないかもな」
優佳絵(ゆかえ)のキャラ的には少し違った。優佳絵と鏡の目が合い、優佳絵も鏡に気づいた。
鏡はなぜか気づかれたことにびっくりした。同じタイミングで正門を通る。
「おはよ」
優佳絵から挨拶してきた。
「お、おはようございます」
鏡は
灰水部(ハスベ)さんがオレみないな陰キャラに気づくなんて
と驚いた。
「朝早くない?」
「あ、え、そうですかね」
「私は今日部活だからアップしようと思って朝早く来たけど」
「あ、朝練ですか」
「ま、朝練ってほどじゃないけど。部活ない日でも腕鈍らないようにシュートしたりドリブルしたりするし」
意外と喋る人なんだな
と思いながら鏡は聞いていた。
「須木弁(スギべ)はなんでこんな朝早いの?」
「なんで。そうですね。弟がウザいから早めに出るって感じですかね」
「弟いるんだ?」
「はい。姉が1人、弟が1人、妹が1人います」
「多っ」
「ですね。特に弟は同じ高校なんで」
「え。そうなんだ?」
さほど驚いていない口振りだがまあまあ驚いている優佳絵。
「そうなんです。今年入ってきて」
「弟も須木弁と同じで真面目?」
「いや、僕もそんな真面目ではないですけど」
「いや充分真面目だろ」
昇降口から中に入り、下駄箱で上履きに履き替える。
「弟は僕とは真逆ですね」
「不真面目ヤンキーか」
「ヤンキーではないですけど勉強は嫌いで、チャラついてますね」
「へぇ〜。ま、私からしたら勉強好きなほうが珍しいけど」
「そうですか?」
「ここコーミヤ(黄葉ノ宮高校)だよ?弟みたいなやつばっかでしょ。ま、その弟を知らんけど」
そんなことを話しながら教室についた。まだ誰も来ておらず、スーッっとドアを開く。
「いっちばーん」
とテンション上がった人が言いそうなセリフを
全然テンションの高さを感じさせない言い方で言いながら教室に一番乗りする優佳絵。
クールで少し怖いような印象の優佳絵の意外な一面を見て
可愛い人なんだ
と思った鏡。そう思ったのと同時にそんな優佳絵の姿は
早くに学校に来たからこそ見れたんだと、少し優越感みたいな気持ちもあり
口角が上がりかけたが下唇を軽く噛んで止めた。鏡も2番手で教室に入る。
電気はついていなかったが、朝という爽やかな、優しい明かりで教室は照らされていた。
優佳絵はスクールバッグを机の横のフックにかけ、体操着を入れるような袋を持って
「んじゃ。ちょっと行ってくる」
と言って教室の出入り口へ向かう。
「あ、はい。いってらっしゃい」
教室を出ていく優佳絵の姿を席に座って見送る鏡。しばらく静かな教室でその日の授業の予習をする鏡。
すると体育館の方向からダムダムダムとバスケットボールを体育館の床にドリブルする音が微かに聞こえた。
「お。始まった」
ドリブルする音は規則的に、でもたまに速度が変わったりしてどこかリズミカルで心地良かった。
ちょうどページの終わりだったので、休憩がてら、鏡は体育館に足を伸ばした。
ダムダムという音がどんどん近づいて体育館を覗く。するとちょうど優佳絵がシュートする瞬間だった。
綺麗な横顔に赤い髪が重力を失い舞い上がっていた。スラッっとした手から放たれたボール。
そのどれもがまるで絵に描いたように綺麗だった。
しかしあろうことか優佳絵は制服のままシュートをしており
ジャンプした瞬間にスカートの重力が失われているのがわかった。
見てはいけない!
そう思い顔を逸らした。ザボッっという音がしたのでシュートは決まったのだとわかった。
ボールを拾って振り返ると顔を背ける鏡が目に入り
「来たんだ」
と声をかけた。ゆっくり優佳絵のほうを向く鏡。
「息抜き?」
「あ、はい。…でも制服なんですね」
「まあ。着替えるのダルいし」
制服は制服でもジャケットとカーディガンは脱いでおり、Yシャツも半袖になるように捲っていた。
「須木弁もやる?」
「あ…じゃあ」
鏡は上履きだったので上履きを脱いで体育館に足を踏み入れる。
「律儀だなぁ〜。ま、いいけど」
と言いながら優佳絵は鏡にボールをパスする。バスッ。鏡はボールを受け止める。
「おぉ。ボール怖がって取れない系かと思ってた」
「そう思うんだったらワンバンでもさせてパスしてくださいよ」
「たしかに」
鏡は1、2回ボールをその場でつき、ゴールに向かって放り投げる。
ボールはバスケットボールのゴールのリングに後ろの板の上部にはあたったものの
リングに入ることはなく床に落ちた。
「やっぱ球技は苦手?」
「やっぱってなんですか」
「ん?勉強好きの真面目くんはスポーツ苦手なイメージあるから」
「…まあ、得意ではないです」
「見てな。こうやんだよ」
と優佳絵がジャンプしボールを放る。鏡は顔を逸らす。ザボッっという音がしてゴールしたのだと思う。
ボールを取りに行き、鏡のほうを見ると鏡が顔を逸らしていたので
「なんで見てないん」
と少し膨れる。ゆっくりと優佳絵のほうを向く鏡。
「いや、だって、その…」
鏡は優佳絵の顔から徐々に視線を下に下げる。
「あぁ。スカートね。なんか上から下まで舐めるように見るから、こいつエロいこと考えてんのかと思ったわ」
「っ!ちがっ!」
「それを気にして目逸らしてたのね」
と言った後優佳絵はほんの少しだけスカートを上げた。
「なにして」
目を逸らす寸前に目に入ったのはスカートの下の短パンだった。
「バスパン(バスケットボールをするときにバスケ部が着る練習着のようなもの)履いてるからへーきだよ」
鼻から息を吐き出す鏡。
「なんだ…。そうなんですね」
「さすがにスカートでバスケしないしね。スカートのひらひらとか気が散ってしょーがない」
「それでバスパン?履いてるんですね」
「そ。ほんとは練習着着たいけど、さっきも言ったけどフルで着るとダルいし
そこまで汗かく練習しないしね」
「なるほどですね」
「ということで、今度は安心してちゃんと見ておきなさい」
「あ、はい」
そう言って優佳絵はボールを持ったまま2回ほど回し、ジャンプし、綺麗なフォームでボールを放った。
集中しているその顔は、ゴールをしっかり見ており
いつも教室で見かける、鋭くも眠そうな目つきではなく、キリッっとした目。
いつも教室で見かける赤い髪も、どこか活き活きしているように見えた。
放たれたボールは綺麗な放物線を描き、リングの後ろの板にあたることなく
リングにすら触れずにザボッっとゴールに吸い込まれていった。
ゴールのネットをくぐり抜けたボールは嬉しそうに床で跳ねていた。
「こんな感じ」
と鏡を振り返る優佳絵。
「おぉ〜。さすがです」
あまり音を立てず静かに拍手する鏡。
「やってみ」
優佳絵はボールを拾って鏡にパスする。鏡はボールを受け取るも
「いやいやいや。無理でしょ。そんな」
と顔を左右に振ってボールを優佳絵に戻す。
「輪投げだと思って」
と言いながら鏡にボールを戻す優佳絵に思わず笑う鏡。
「輪投げって。どんな理論なんすか。てか輪投げだったら逆だし」
「…あぁ。そっか」
笑顔の鏡を見て
「須木弁、笑ったほうがいいよ」
と言う優佳絵。
「え?」
「笑わないと近寄りがたいってか…。ま、そもそも勉強好きって自体
うち(黄葉ノ宮高校)では、けい…けい…けいげん?されがちなんだから」
とバスケットボールを手の中で回しながら優佳絵が言う。
「敬遠ですかね?」
「それ」
「え、ていうかそれ灰水部(ハスベ)さんが言います?」
と思わず本音が漏れてしまった。
「ん?」
「近寄りがたいって言ったら灰水部さんもそうでしょ」
「そおなん?」
「…いや知らないですけど」
「なんだそれ」
とクスッっと笑って鏡に歩み寄ってボールを取って
体育館の壁にボールをパスして、床にワンバウンドしてキャッチする優佳絵。
「灰水部さんも今みたいに笑顔出したほうが…いいんじゃないですか?」
「今は須木弁が変なこというからだよ」
「変なこと…。でも1年の頃から灰水部さん有名でしたよ?」
「なんで?」
「なんで…」
美人でバスケがめちゃくちゃうまくてスタイルが良くて…
「美人」とか「スタイルが良くて」という鏡にとっては
女子に向かって言うのが恥ずかしい言葉が入りすぎていて言葉に詰まる。
優佳絵が体育館の壁にボールをパスして、床にワンバウンドしてキャッチするボールの音が鳴り響く。
「…っ…灰水部さんが可愛いから」
と言葉が出た。
「…は?」
自分で自分の発言に「は?」という言葉が出た。
いろいろ考えた。「美人」というのを「顔が綺麗で」と変換しようかとか
「スタイルが良い」というのは「モデルみたいで」と変えようとか。いろいろ考えた結果
「…っ…灰水部さんが可愛いから」
という考えてさえいなかった言葉が謎に飛び出た。
「可愛い?私が?」
「あ、いや!あの、1年の頃になんかめっちゃ綺麗な人入ってきたとか
スタイルめっちゃいい人が入ってきたとか
バスケも入学前から来てたみたいでめっちゃうまいとかいろんな人が言ってて
なんかいろいろ、たぶん灰水部さんの情報が飛び交ってて」
と焦ってめちゃくちゃ早口になり結局全部言った鏡。
「へぇ〜。可愛いね」
「いや、可愛いってのは…」
と言いかけて止まる。
可愛い?…可愛い?誰か言ってたか?
と思い出す。朝の教室に入ったときの優佳絵の可愛い一面、笑ったときの優しいような、可愛らしい笑顔
あれ?オレが思ってること…なのか?
と気づいたが
いや、誰かが言ってたはず
とすぐに考えを振り払った。
「お、やっぱり優佳絵だ」
と顔を覗かせたのは真風菜(まふな)と華音(はなお)だった。
「おぉ、真風菜、華音、おはよ」
「優佳絵おはよ」
「おはよ」
「あ、須木弁くんもおはよ」
「あ、おはようございます」
「おはよー」
「おはようございます」
「2人とも早いね」
と優佳絵が言うと真風菜と華音が顔を見合わせ「?」という顔をする。
「もう結構みんな登校してきてるよ?」
「え?」
体育館の時計を見ると、もう早くもなんでもなかった。
「うわ。ほんとだ。なんか今日は早く感じたな」
「んじゃ私たちは下駄箱行かないとだから」
「あ、うん。教室で」
「またね」
と真風菜と華音は靴を履いて下駄箱へと向かった。
「んじゃ私たちも戻ろっか」
「ですね」
優佳絵が体育館倉庫にボールを戻そうとしていたので
「あ、僕が戻しておきますんで、灰水部さんは着替えてきてください」
と優佳絵に近づき、ボールに触れる。
「お、じゃあ」
とボールを離す優佳絵。
「あ、これ倉庫の鍵。ボール戻したら閉めといてくれる?」
「わかりました」
「ん。ありがと。ま、着替えるなんて大掛かりなことないんだけどね」
と言って優佳絵は体育館を出た。鏡の心臓はドキドキいっていた。
優佳絵が鏡の横を通りすぎるとき、優佳絵の、おそらく柔軟剤の香りとシャンプーの香り
そして微かな汗の匂いが鏡の鼻に届いていた。ボールを戻しに行く鏡。
倉庫のボールがたくさん入っている籠にボールを乗せ、重いスライドドアを閉め、鍵をかける。振り返る。
まるでさっきまで優佳絵と過ごしていたのが夢だったようなガラーンとした体育館。
本当に夢だったかもしれないと思いつつ、とぼとぼと体育館の出入り口に向かっていると
「お、さんきゅー」
と出入り口から優佳絵がひょこっと顔を覗かせた。
やっぱ可愛い
と思う鏡。ドキッっとしつつもその考えを振り払うように顔を左右に振る。
「顔振るの癖なん?」
「あ、いえ」
「ふぅ〜ん。じゃ、鍵職員室に返しに行こ」
「そうですね」
と2人は職員室に鍵を返してから教室へ戻った。