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第53話「百二十年ぶりに兄が現れた場合」
会議室。
机の上。
防犯カメラの写真。
清掃員の制服。
帽子。
マスク。
そして。
髪の隙間から。
わずかに見える。
長い耳。
森野リリカ。
写真を見たまま。
動かない。
「……アルト」
相沢。
「お兄さん?」
森野。
「はい」
高橋。
「間違いありませんか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
森野。
写真。
近づける。
「最後に会ったの」
「はい」
「百二十年くらい前なので」
相沢。
「百二十年」
「私が二十代の頃です」
高橋。
「現在は?」
森野。
計算。
「百六十七歳」
「お母さまは?」
「二百九十一歳」
相沢。
「お兄さんがいるって」
「……」
「聞いたことなかった」
森野。
「話してませんから」
「どうして?」
森野。
黙る。
耳は。
髪の中。
見えない。
それでも。
相沢には。
分かる。
言いたくない。
話。
高橋。
「無理に今」
森野。
「大丈夫です」
深呼吸。
「兄は」
「はい」
「昔から」
「……」
「人間が嫌いでした」
相沢。
「人間が?」
「はい」
「正確には」
森野。
「エルフが人間と関わることを」
「嫌っていました」
百二十年以上前。
森野が。
まだ。
エルフの集落で。
暮らしていた頃。
兄。
森野アルト。
当時。
四十代。
妹。
リリカ。
二十代。
エルフとしては。
二人とも。
若かった。
「人間の町に行ったのか」
兄。
「少しだけ」
「何をしに」
「見に行っただけ」
「何を」
「学校」
兄。
顔。
しかめる。
「くだらない」
リリカ。
「面白かった」
「人間の学校が?」
「うん」
「何が」
「みんな同じ時間に来て」
「……」
「同じ教室に座って」
「……」
「先生の話を聞くの」
兄。
「それが?」
「楽しそう」
「理解できない」
リリカ。
笑う。
「アルトは」
「何だ」
「人間嫌いすぎ」
兄。
「嫌っているのではない」
「じゃあ?」
「違うものだと言っている」
「……」
「我々は」
「長く生きる」
「人間は短い」
「我々は変化しない」
「人間は変化する」
「だから?」
兄。
「深く関わる必要はない」
当時。
森野は。
その言葉を。
半分。
信じていた。
だから。
百三年前。
アリアが。
人間の修一を愛したとき。
森野は。
反対した。
『人間なんてやめなさい』
『どうせ先に死ぬ』
その言葉の。
一部は。
兄から。
もらったものだった。
現在。
会議室。
森野。
「私」
「……」
「昔は兄に似てたんです」
相沢。
「そうかな」
「似てました」
「でも今は」
「今は」
森野。
相沢を見る。
「だいぶ変わりました」
高橋。
「お兄さまと疎遠になった理由は?」
「私が」
「はい」
「集落を出たからです」
「人間社会へ?」
「はい」
「兄は反対した?」
森野。
少し笑う。
「反対なんてものじゃありません」
最後の日。
森野。
荷物。
小さな鞄。
兄。
玄関。
立つ。
「出ていくなら」
「うん」
「戻ってくるな」
リリカ。
「分かった」
「リリカ」
「何?」
「人間は」
兄。
「お前を幸せにはしない」
リリカ。
「それは」
「……」
「私が決める」
兄。
「後悔するぞ」
リリカ。
「したら」
「……」
「そのとき考える」
そして。
森野は。
集落を出た。
それ以来。
兄とは。
一度も。
会っていない。
現在。
相沢。
「お母さんは?」
「兄と連絡取ってると思います」
「じゃあ」
森野。
スマートフォン。
取り出す。
「聞きます」
電話。
エレナ。
出る。
『もしもし』
「お母さん」
『どうしたの?』
「アルト」
沈黙。
長い。
『……何で?』
森野。
母の反応。
見逃さない。
「知ってるの?」
『何を?』
「お母さん」
『……』
「アルトが日本にいる」
『……』
「知ってた?」
エレナ。
答えない。
森野。
「お母さん」
『知ってた』
森野。
目。
閉じる。
「いつから?」
『三か月前』
「三か月?」
『帰ってきたの』
「どこから?」
『北欧』
森野。
「どうして教えてくれなかったの?」
『アルトが』
「……」
『あなたには言わないでくれって』
森野。
「なぜ?」
エレナ。
『リリカ』
「何?」
『今』
『どこにいるの?』
「会社」
『一人?』
「相沢さんと高橋先生」
『そう』
母。
少し。
安心した声。
森野。
「お母さん」
『うん』
「アルト」
「私の血を盗んだかもしれない」
電話。
向こう。
完全に。
静かになる。
『……何ですって?』
一時間後。
エレナ。
新幹線。
京都から。
東京へ。
夕方。
森野の家。
エレナ。
到着。
森野。
相沢。
高橋。
そして。
アリア。
修一。
ユウ。
また。
集まる。
アリア。
「アルト?」
「うん」
「生きてたの?」
森野。
「エルフなんだから生きてるでしょう!」
「そうだった」
修一。
「私は会ったことがある」
森野。
「修一さん?」
「百年くらい前」
アリア。
「あ」
修一。
「嫌われた」
「当然よ」
「君と付き合ってたから」
「そう」
森野。
「アルト」
「修一さんに何かした?」
「いや」
修一。
笑う。
「私の顔を見るたび」
「人間」
「って呼んでた」
相沢。
「名前じゃなく?」
「うん」
「ひどい」
修一。
「最後のほうは」
「長生きだな、人間」
「になった」
アリア。
笑う。
「ちょっと認められてる」
エレナ。
「アルトは」
全員。
見る。
「昔から」
「エルフが」
「人間に利用されることを」
「極端に恐れていました」
高橋。
「理由は?」
エレナ。
「父です」
森野。
「お父さん?」
「あなたは小さかったから」
「……」
「覚えてないでしょうけど」
森野。
父。
記憶。
ほとんど。
ない。
エレナ。
「あなたたちの父親は」
「人間に」
止まる。
「血を求められたことがあります」
森野。
「……」
「昔の迷信?」
「ええ」
「エルフの血を飲めば長生きできる」
「……」
「その話を信じた人たちに」
「追われた」
相沢。
「それで?」
エレナ。
「助かりました」
森野。
息。
吐く。
「でも」
エレナ。
「アルトは」
「全部見ていた」
森野。
「何歳?」
「四十くらい」
森野。
今の感覚なら。
若い。
でも。
十分に。
記憶に残る。
エレナ。
「だから」
「……」
「あなたが人間社会に出ると言ったとき」
「……」
「あの子は」
「本気で怖かったんだと思う」
森野。
「でも」
写真。
見る。
「だからって」
「私の血を盗んでいい理由にはならない」
「もちろんよ」
午後九時。
インターホン。
全員。
止まる。
相沢。
モニター。
見る。
「……」
森野。
「誰?」
相沢。
答えない。
森野。
画面。
見る。
男。
黒いコート。
長い髪。
耳。
隠していない。
森野。
「……アルト」
百二十年ぶり。
兄。
玄関。
向こう。
立っている。
インターホン。
押す。
森野。
出る。
「何しに来たの」
『話をしに』
「血を返して」
沈黙。
『持っていない』
森野。
「嘘」
『本当だ』
「じゃあ誰が持ってるの?」
兄。
カメラ。
まっすぐ見る。
『リリカ』
「何?」
『お前の血を盗んだのは』
「……」
『俺じゃない』
森野。
「防犯カメラに」
『俺は』
兄。
『取り返しに行った』
部屋。
静かになる。
森野。
「何を?」
『お前の血を』
「誰から?」
兄。
しばらく。
答えない。
そして。
『ドアを開けろ』
森野。
「先に答えて」
『リリカ』
「答えて」
兄。
ため息。
『昔から』
『エルフの血を欲しがっていたのは』
「……」
『人間だけじゃない』
森野。
眉。
寄せる。
「どういう意味?」
兄。
低い声。
『エルフの中にもいる』
森野。
「誰が?」
兄。
『八百年以上』
『生きている男だ』
森野。
動かない。
頭に。
一人。
浮かぶ。
白い髪。
穏やかな顔。
八百十二歳。
森野。
「……エリアス?」
兄。
カメラ越し。
答える。
『そいつを』
『信用するな』
コメント
1件
読み終えました…!「百二十年ぶりに兄が現れた場合」ってタイトル、そのまますごく気になってたんですけど、中身も想像以上でした。森野さんが昔は兄に似てたって言うところ、じんわりきましたね。今の彼女があるのは、自分で決めて集落を出たからなんだなって。最後の「エリアスを信用するな」は衝撃でした…優しいあの人が?続きが気になりすぎます🤍