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◻︎初顔合わせ
午後1時という遅めの予定だったにもかかわらず、集合場所のホテルに着いたのは10分前だった。
「よかった、間に合った」
レストランの入り口まで歩く。
「まだ余裕だったじゃん?」
「ギリギリでしょ?誰のせいでこんなギリギリになったのよ」
「俺のせいか?」
夫が出がけに、やれタバコを一服とか、やれ靴下が気に入らないとか、財布を忘れたとかで時間をとった。
「あ、ちょっと待て、トイレ行ってくる」
「はぁ?なんで済ませて来なかったのよ!」
「ちょっとハンカチ貸して」
「嘘でしょ!テーブルに出しておいたのに」
「忘れたんだよ」
「ギリギリまでスマホゲームしてたからでしょ!」
だいたいいつものことだ。
遥那も聖も顔を見合わせて、苦笑いをしてる。
けれど、今日はなんだかとてもイライラした。
なんとか、遅刻したわけでもないのに。
きっと、娘の大事な日にいつもと変わらずのマイペース夫に腹が立っているのだ。
結局、レストランに入ったのは2分前だった。
【遠野家・田中家】とプレートが掲げられた個室に通される。
「「こんにちは」」
「すみません、遅くなりました」
相手の遠野さんのご家族は、もうとっくに着席していた。
雰囲気を見ると、余裕を持ってやってきてゆっくりと待っていたように見える。
_____やっぱり、もっと余裕を持ってくればよかった
ギリギリに来てしまったことが、とても恥ずかしく感じた。
おもむろに立ち上がる遠野家の人たち。
腰掛けそうになっていた私たち家族も慌てて立ち上がる。
「はじめまして、遠野晶馬の父の晃です。こちらが母の紗英、弟の圭太です」
「えっと、はい。あの晶馬君はもう何度かお会いして…」
夫が何か言いかける。
「そうじゃないでしょ、こちらも紹介してパパ」
_____あっ、パパって呼んじゃったよ
「俺…あ、僕が遥那の父の隆一、こっちが母の美和子、弟の聖です」
「本日は、お越しいただきありがとうございます。では、さっそくですが、お料理を運んでもらいましょうか?」
「はい、そうですね」
「では…」
軽く手を上げ、係の人を呼んで料理を用意してくれる遠野さんのご主人。
_____いいなぁ、落ち着いてて、こんな場所も慣れていそうで
少し年上だけど、それだけではない落ち着きが感じられる。
_____こんなご主人なら、毎日の家事もゆったりできそうな気がする
いくつになっても、よそのご主人と比べてしまうのは私の悪いところかもしれない。
うちの夫が特別、よくない夫というわけではないのだけど、多分…ないものねだり?
「毎日、暑い日が続きますね」
「そうですね、冬は冬で寒いのも嫌ですけどね」
当たり障りのない会話で、食事会という顔合わせは進んでいった。
ただ、私だけ、少し…
_____あれ?エアコン、切れた?ものすごく暑いんだけど…
____ダメだ、なんで?暑い、暑すぎる!
周りの誰もそんなに暑がっていないのに、私だけ汗が吹き出してくる。
もともとそんなに汗かきじゃないはずなのに。
「晶馬さんは、市役所勤めなんですよね?なかなか大変じゃないですか?」
「えぇ、まぁ。特にまだ若いので苦情処理が主な仕事になってます」
会話をしながらでも、流れる汗は容赦ない。
持っていたハンカチでは足りなくて、おしぼりも使う。
「ちょっと!お母さん、どうしたの?大丈夫?」
やっぱり、婚約者の前ではママじゃなくて、お母さんなんだね、とか思いながらも汗が止まらない。
「あ、もしかして…すいません、ちょっと!」
店員さんを呼んで何かをお願いする紗英さん。
店員さんはすぐに、ふかふかのタオルを持って来てくれた。
「お客様、これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
清潔なタオルは、流れる汗を吸い取ってくれて顔まわりがさっぱりした。
「すみません、なんか急に…」
「いえいえ、私も奥様くらいの時に経験がありますから。イヤですよね?女って」
_____あ、これ、ホットフラッシュってやつ?
そうか、更年期だ。
そういえばもう生理もなくなってた、と今頃思い出した。
「おいおい、食事中になんだよ、失礼じゃないか」
夫が偉そうに言ってくる、それはわかってるけど。
「そんなこと言われても…」
「田中さん、それは無理な話ですよ、本人にもどうにもできないことなんですから。それより奥様、他に気分が悪いとかないですか?」
_____紗英さん、優しい!
「もう大丈夫です、落ち着きました」
「この後はグッと体が冷えて来ますから、風邪をひかないようにしてくださいね」
「ありがとうございます」
遠野家の人たちは、何もなかったようにスマートに食事を続けていた。
「すみません、ほんと」
「いえ、お気になさらず。女性は色々と大変だと妻に何度も言われましたので」
穏やかに笑う遠野さんのご主人。
それに引き換え…
よほどお腹が空いていたのか、ガツガツと食べ進める夫。
私の心配もしてくれてない。
_____もうっ!おぼえてろっ!
「お母さん、これ…」
遥那がテーブルの下から小さな鏡を渡して来た。
_____おわっ!ひどい顔!!
「すみません、ちょっと失礼します」
お手洗いに立ち上がり、通り過ぎざま夫の椅子を蹴飛ばした。
「熱っ!!」
手に持っていたおすましのお椀を揺らしてしまったようだ。
「あら、ごめんね、慌てちゃって」
素知らぬ顔で手洗いへ向かった。