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現在花の都レーテルには、レンゲン女公爵に不満を持つ不穏分子が集結しつつあった。
彼らはこれまで隠れながら不正を続け、それを女公爵に暴かれて爵位剥奪などの厳罰に処された者達である。
また一部ではあるが、女性であり若くして辣腕を振るうレンゲン女公爵のことを軽視する門閥貴族も参加していた。
なぜこの様なことに成っているのかと言えば、先代レンゲン公爵、すなわちカナリアの父に端を発する。
先代は融和主義者と言えば聞こえが良いが本質は事なかれ主義者であり、門閥貴族達による様々な不正や対立を処罰することなく半ば放置していたのである。結果門閥貴族による不正は歯止めが効かず、帝国西部は荒れ果てた。
この状況は、後を継いだ娘であるカナリアの代まで受け継がれた。
父の後を継いだカナリアは、先ず自分に賛同する門閥貴族を纏め上げて地盤を固めると、大々的な改革を断行。
最大の賛同者であるアーキハクト伯爵家の支援もあり、実権を握った彼女は不正を働いた門閥貴族を次々と粛清。
帝国西部の混乱を正し、『ライデン社』とも関係を強めて一気に領地を発展させることに成功した。
この改革により多数の門閥貴族が身分を失い追放され、不正の大半が潰された。
さて、この燻っていた不穏分子達が動きを見せた背景にはガズウット男爵の存在があった。
カナリアを軽視する彼は、地位を失った元貴族や今も不満を持つ貴族達に『ターラン商会』との不正取引で得た資金を流していた。
今回の大敗を受け、万が一女公爵から厳罰に処された場合を想定して協力者達に書状を各地へ送っていた。
幸い身分を奪われた者達は再起を図るため領都近郊に潜伏しており、召集をかけることは容易かった。これらの不満分子を糾合して決起すべく準備を始めていた。
だが、この動きは事前にシャーリィによって察知されていた。
ガズウット男爵家の不正を調べる最中に不満分子との関係を示唆する幾つもの情報を手に入れたシャーリィは、レイミにガズウット男爵の身柄を確保することに加えてその企みを阻止するように指示していた。
もちろん最愛の妹に単独で行動させるはずもなく、マナミアの工作班から三名、ラメルの情報部からは数人の諜報員。そして。
「待たせたね、レイミちゃん」
「いえ、予定通りです。ご苦労様です、エレノアさん」
エレノア率いる海賊衆である。
彼らは帝都の『ライデン社』に石油を届けると帝国北部を経由して西部に入り、花の都レーテルの側にある港町まで移動していたのである。
そして、レーテル城を後にして宿で休んでいたレイミの下にエレノアが訪れた。
「それで、私達はなにをすれば良いんだい?シャーリィちゃんからは、レイミちゃんを手伝うように言われただけでね」
「簡単に言えば、不穏分子を排除することです。ただし、ガズウット男爵だけは生け捕りにして黄昏へ連れ帰ります」
「他人様のために戦えってのか?」
「カナリア様は身内ですよ。エレノアさんならこの意味が理解できますね?」
「シャーリィちゃん達の身内なら、他人じゃねぇな。それで?」
「既に状況は把握しています。彼らはお姉さまの掌で踊っている道化ですからね」
ガズウット男爵の不正を調べるうちに、レンゲン公爵家周辺の不穏分子の存在を察知したシャーリィは、そのまま排除することでカナリアへの貸しとするように画策。
没落した貴族の一人を買収して情報を手に入れており、今回の動きも予め察知していた。
「そこまで分かってるなら、後は消化試合じゃかいか」
「そうですよ?」
「相手の戦力は?」
「没落貴族である彼らに用意できるのは、お金で雇われたゴロツキくらいなものです。それに、数も多くはない。彼らはゴロツキ達を町で暴れさせてレーテル城の守りを手薄にして、カナリア様を討とうと考えています」
「無謀じゃないかい?」
「彼らには後がありませんから、ギャンブルをするしかありません。まあ、追い込んだのは私達ですが」
既に裏切っている没落貴族から順次連絡が届き、決起の日時まで把握していた。
「決起は明日の深夜。町で騒ぎを起こすところから始まります」
「それを私達が潰すんだね?」
エレノアの質問にレイミは首を横に振る。
「町に被害が出ることを良しとしていません。よって、彼らが決起する前に集まったところを一網打尽にしてしまいます」
「厳しいね、戦わせてやるつもりもないと」
「彼らが居ては治安が悪くなるばかりですからね。ついでに掃除しておきます。決起の場所は分かっているので、明日の深夜まで情報を集めながらその時を待ちます」
「段取りは?」
「エレノアさん達には集会所を完全に包囲して封鎖する仕事をお任せします。内部には私が切り込みますので」
「一人で切り込むつもりなのかい?」
「有象無象に負けるほど弱くはないつもりです。それよりも、逃亡者を阻止する方が重要なんです。だから、エレノアさん達にお任せしたい」
「分かったよ。それで、生き残りは必要かい?」
「必要ありません」
レイミがエレノアと打ち合わせをしている頃、自分達の動きが筒抜けとは知る由もないガズウット男爵は、決起に参加する没落貴族達とささやかな前祝いの宴を催していた。
彼らはレーテル近郊にある現在では使われていない破棄された古い砦に集まっていた。その数は十数人。それと金で集めたゴロツキ達五十人程度が周囲に集まりつつあった。
「兵が必要とは言え、あの様な下賎な者達を扱わねばならんとはなぁ」
バルコニーでワイングラスを片手にガズウット男爵と語らうのは、ミルタン元子爵。人身売買に手を染めてカナリアから睨まれ、爵位を剥奪された過去を持つ。
「子爵閣下、此度だけはご辛抱を。明日の夜明けには正義がなされ、西部もまた正しいあるべき姿に戻っておりますとも。もちろん、事をなしたらあの者達は始末するのでご安心を」
「うむ。貴公程の人物から爵位を奪うなど、やはり女公爵は乱心しているようだ。貴公の支援により我らはこれまで忍従の日々に耐えられたのだ。今度は我々が貴公の誠意に応えねばならん」
「事が成った時は、期待しておりますぞ」
「大いに期待したまえ。我々はあるべき姿を取り戻した朝日を共に見ることになるだろう。男爵、女公爵の首は貴公に進呈しよう」
「有り難き幸せ。ささっ、まだ酒はあります。明日もありますので軽めではありますが、今宵は楽しもうではありませんか」
没落貴族達は資金をふんだんに使い、これまでの我慢を晴らすように盛大な宴に酔しれた。
その姿を監視するもの達が居ることを、彼らは最後まで認識できなかった。