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皆さんごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。
レーテルは花の都と呼ばれるだけあって町のあちこちに配置された花壇や花畑には夏の花が咲き誇り、見る者の目を楽しませてくれます。
税も安く街道を整備して商業を推奨し、『ライデン社』の革新的なインフラ技術も惜しみ無く投じた成果で街は活気に溢れています。少なくとも、帝都よりも発展しているように見えるのは間違いないでしょう。
なにせ、帝都は帝位継承問題で揺れています。第一皇子と第二皇子による権力闘争は数多の貴族を巻き込み、内乱の兆しすら見せています。結果なにが起きるかと言えば、大規模な増税です。
さらに言えば帝室や帝都の貴族達は保守的。技術発展も遅々として進まず、ライデン会長曰く鉄道敷設も十年以上の交渉を経てようやく認められたのだとか。機関車の実物を見せても首を横に振るのですから、筋金入りです。
さて、私がなにをしているのかと言えば、所謂村娘スタイルから普段着でもある赤を基調とした騎士服を身に纏い、宿屋で夜を待っています。ここの宿はラメルさんが用意した情報部の拠点でもあるため防諜機能も高く、リラックス出来ます。
ガズウット男爵を捕まえるだけなら容易いのですが、ついでに不穏分子を始末することでカナリア様に貸しを作るというのはお姉さまらしい考えです。
まあ、カナリア様もそれをある程度察している様子でしたが、今後の関係をより強いものにするなら必要な労力なのかもしれません。
正直、没落貴族やゴロツキ相手ならば私一人でも十分事足ります。鎧袖一触です。
エレノアさん達が来てくれましたが、海賊衆はここ最近馴れない陸上での戦いで疲弊しています。今回は出来るだけ楽をして貰いたいと思っています。もちろんこの件は昨晩のうちにお姉さまから了承を得ています。
……渋々でしたけどね。
「奴らに動きは無いみたいだよ。それどころか、前祝いをしてる有り様さ」
部屋に入ってきたエレノアさんが経過を報告してくれました。しかし、前祝いとは。
或いはカナリア様を確実に抹殺できる秘策があるのかもしれませんね。決起する前に叩くと言う判断は間違いではないでしょう。
「よほどの自信があるみたいですね。レーテル城にもスパイが居るのかもしれません」
いや、手引きする人間は確実に居る。それもカナリア様の動向を確認できるくらい近い場所に。
決起を潰してもカナリア様が死んでしまったら意味がない。
「エレノアさん、私の護衛としてお姉さまが付けてくれた工作員三人を城へ派遣してください。或いは暗殺者は内部に居るのかもしれません」
「レイミちゃんの守りが手薄になるじゃないか。シャーリィちゃんを悲しませるようなことになったらどうするんだい?」
「エレノアさん達が居るから平気です。今夜のうちに、憂いを消し去って街を離れたいのです」
工作員の皆さんは、マナミアさんが鍛え上げた諜報戦のエキスパート。暗殺にも精通しているなら、逆も然り。
「カナリア様には私からお伝えしますので、お願いします」
私は手早く村娘スタイルに着替えて三人を伴いレーテル城へ向かいました。
事前に話が通っていたらしく裏口からコッソリと城内へ入り、カナリア様の私室へ招かれました。
「あら、随分と早いわね?」
椅子に座ったカナリア様が迎えてくれましたが、視線は私の後ろに待機してる三人に注がれていますね。
「カナリア様、暗殺者が身近に潜んでいる可能性があります。この三人はその手の熟練者、今夜だけでも側で警護させてください」
「今夜……意外と早かったわね」
「はい、町外れの砦跡地に集まっています。そちらは私達が対処しますが、カナリア様が殺されてしまっては意味がありませんから」
「私は知らぬ存ぜぬを通すわよ?」
「構いません。謀反を起こそうとした者達が勝手に自滅した。それだけです。粛清は風聞が悪くなりますから」
「分かったわ。三人には自由にさせる。暗殺者を見付けたら処理してちょうだい」
「ははっ」
三人が頭を下げました。カナリア様が理解してくださって良かった。後は、彼らを始末するだけです。
夕刻、間も無く陽が沈もうとしている黄昏時。
レーテル郊外にある古い砦跡地には、続々と武器が持ち運ばれていた。街道から離れた深い森の中にあるため人目に付くこともない。
ガズウット元男爵やミルタン元子爵を初めとした没落貴族十数名と、彼らがかき集めたゴロツキ五十名前後が集結していた。
彼らは昨晩開いた前祝いの宴を終えて、夜半の決起に備えて身体を休めていた。大半の元貴族達は久しぶりの贅沢で酒を飲みすぎ頭を痛めているものも居る始末。
流石に見張りは存在しているが、少なくとも没落貴族達に危機意識は無かった。
何故ならば、元とは言え貴族を罰するにしても投獄や死罪等は滅多に発生しないからである。
これは帝国の抱える問題点の一つであり、帝室に対する謀反を起こさない限り爵位の剥奪以上の罪には問われないのだ。
ここ西部に於てもカナリアが主導した粛清はあったが、どんな非道の限りを尽くした貴族でも爵位の剥奪が限界であり、投獄や死罪に処された者は居なかった。
例え失敗しても自分達が厳罰に処されることはない。自分達は帝国に護られている。その考えが彼らの危機感を無くしてしまった。
今回の相手にその様な理屈は通らないと知らずに。
一方レイミ達も行動を起こしていた。エレノア率いる海賊衆は、密かに砦を包囲して待機。脱走者を防ぎ、魔物の乱入に備えていた。
レイミはシャーリィから持たされた充分な軍資金を活用して、『マルテラ商会』から小さな荷馬車と安い酒樽を幾つか購入していた。
「それで良いの?この予算ならもっと良い酒と荷馬車を用意できるけれど」
「はい、これで充分です。急な申し出にも関わらず用意してくださってありがとうございます、チェルシーさん。数日間お世話に成りました。またお会いする日まで、どうかお元気で」
チェルシーは疑問を感じたが、レイミは笑みを浮かべてお礼を伝え、代金を支払ってレーテルから姿を消した。
荷馬車で郊外まで移動したレイミは、そのまま砦へ繋がる古い林道を移動する。既に情報部員達が林道を事前に偵察しており、荷馬車程度ならば通行が可能であると判断されていた。
「本当にやるのかい?」
御者席に座るエレノアは、隣に座るレイミの身を心配していた。
「問題はありません。それに、真正面から乗り込むにはこの方が向いていますから。エレノアさん達は打ち合わせ通りに」
「分かってる。一人として逃がさないよ。レイミちゃんも気を付けて」
「はい、怪我をしたらお姉さまを心配させてしまいますからね」
村娘の衣服を纏い、腰に剣を差したレイミはそのまま荷馬車を操り砦へ向かう。
レンゲン公爵領での大規模な粛清が始まろうとしていた。