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#見捨てられた
リコりす@アナログタノピイ
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#shedletsky
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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この本に記されているのは、英雄の伝説ではない。
過ちを犯し、
仲間を傷付け、
自分自身から逃げ続けた、
一人の愚かな男の記録である。
世界がまだ、四角いブロックと単純なコードだけで形作られていた遠い昔。
空よりも高く、雲海の上に浮かぶ巨大な神殿では、今日も神々が世界の管理に追われていた。
……もっとも。
その中の一柱だけは、仕事どころではなかった。
「あー……暇。」
白い大理石の回廊。
金色の装飾が眩しい神殿のど真ん中で、一人の男がこれ以上ないほど大きなあくびをした。
豪華な装飾が施された長い黒衣をだらしなく着崩し、黄金の腕輪をジャラジャラ鳴らしながら柱にもたれかかるその姿は、とても世界を司る神には見えない。
混沌の神、テラモン。
「暇すぎる……。」
ぽつり。
「暇すぎて頭からテラモンチキンが生えてきそう。」
「生えません。」
隣から即答が飛んできた。
テラモンが横を見ると、そこには今日も今日とて真面目な男が歩いている。
きっちり整えられた服装。
腕には大量の設計図。
背筋は定規のように真っ直ぐ。
建築と秩序を司る神、ビルダーマンだ。
「そんな生き物は存在しません。」
「えー? 絶対かわいいじゃん。」
「かわいくありません。」
「黄色いチキン。」
「違います。」
「頭が四角い。」
「それはRoblox住民全員です。」
「黄色い。」
「だから何なんです。」
「黄色い。」
「黄色いことしか言えないんですか、あなたは。」
テラモンはケラケラ笑った。
ビルダーマンは額を押さえた。
今日も平常運転だった。
「いいですか、テラモン。」
ビルダーマンは設計図を広げる。
「現在、西エリアでは地形生成の最終調整を──」
「うん。」
「聞いてます?」
「聞いてる。」
「じゃあ言ってみてください。」
「ビルダーマンは真面目すぎて、あと百年くらいで石像になる。」
「言ってません!!」
神殿中に怒鳴り声が響いた。
遠くで仕事をしていた神々が「ああ、また始まった」と苦笑する。
誰も止めない。
止めても無駄だからだ。
テラモンは、生まれつき混沌そのものだった。
退屈になればプレイヤーの真上にダイナマイトを雨のように降らせる。
橋を一本だけ消して「落ちた落ちた!」と腹を抱えて笑う。
完成した建物を巨大ハンマーで叩き壊し、「耐震テスト成功!」などと言い張る。
迷惑。
その一言に尽きた。
他の神々は皆、彼を恐れた。
「また何をされるか分からない。」
「機嫌を損ねたら爆破される。」
「できれば関わりたくない。」
そんな空気が当たり前になっていた。
けれど。
ビルダーマンだけは違う。
怒る。
説教する。
設計図で頭を叩く。
そして翌日も普通に隣を歩く。
恐れない。
避けない。
必要以上に持ち上げもしない。
その距離感が、テラモンには妙に心地よかった。
「ねぇ。」
歩きながら、テラモンがぽつりと言う。
「なんです。」
「Roblox様ってさ。」
その名前が出た瞬間。
ビルダーマンの表情が少しだけ引き締まる。
世界そのものを創った絶対神。
秩序そのもの。
この世界のすべて。
誰も逆らえない存在。
テラモンは空を見上げた。
神殿よりも。
雲よりも。
星よりも高い場所。
その遥か上。
「完璧だよね。」
「ええ。」
「バグは消す。」
「はい。」
「壊れた世界は修復する。」
「そうです。」
「秩序を乱す存在は。」
ビルダーマンは静かに答えた。
「消去されます。」
短い一言だった。
それだけで十分だった。
テラモンは自分の手を見る。
指先が少し震えていた。
誰にも見せたことのない震えだった。
「……俺さ。」
声が少し掠れる。
「たまに怖いんだ。」
ビルダーマンは黙って隣を歩く。
急かさない。
否定もしない。
「俺の中さ。」
テラモンは胸に手を当てた。
「なんか……ぐちゃぐちゃしたものがあるんだよ。」
壊したい。
奪いたい。
嫉妬する。
独り占めしたい。
誰かが幸せそうだと無性に腹が立つ。
笑っている自分の奥底で、いつも黒い何かが蠢いている。
「もし。」
テラモンは笑おうとした。
失敗した。
「もしRoblox様が、それを見つけたら。」
静寂。
「俺もバグとして消されるのかな。」
その一言だけが、小さく神殿に落ちた。
ビルダーマンは少し考えた。
何か言おうとして。
その時だった。
「テラモォォォォォォン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドゴォォォォン!!
神殿の壁が爆発した。
白い大理石が吹き飛び、煙の中から巨大な悪魔が飛び込んでくる。
燃え盛る角。
真っ赤な翼。
地獄の炎。
ドゥームブリンガーである。
「本日のテラモン様ファンクラブ集会のお時間です!!」
「また壁ぇぇぇぇぇぇ!!」
テラモンが頭を抱える。
「本日は三時間かけてテラモン様の素晴らしさを語り合い、その後テラモン様像を磨き、最後にテラモン様音頭を踊ります!」
「誰が企画した!」
「私です!!」
「やめろ!!」
ドゥームブリンガーは目を輝かせた。
「さらに限定グッズ!」
「いらない!」
「テラモン様アクリルスタンド!」
「いらない!」
「テラモン様抱き枕!」
「もっといらない!」
「等身大神像!」
「怖い怖い怖い!!」
「ビルダーマン殿もぜひ!」
「絶対に嫌です!!」
さっきまで張りつめていた空気は、見事なまでに吹き飛んでいた。
テラモンは逃げる。
ドゥームブリンガーは追いかける。
ビルダーマンは壊れた壁を見て頭を抱える。
神殿には笑い声が響いていた。
その夜。
誰もいない神殿最奥。
月明かりだけが差し込む静かな部屋。
そこにいたのは、昼間の明るい神ではなかった。
テラモンは床に膝をつき、自分の胸を強く押さえていた。
「……嫌だ。」
苦しそうな声が漏れる。
「こんなの……いらない。」
胸の奥で黒い感情が渦を巻く。
完璧でなくては。
不要なもの。
恐怖。
嫉妬。
憎悪。
醜い欲望。
笑っていても消えない。
どれだけ悪戯をしても忘れられない感情。
「消えろ……!」
神でさえ犯してはならない禁忌。
自らの魂に手をかける行為。
テラモンは震える指を胸へ突き立てた。
金色の神力が弾ける。
激しい痛み。
それでも止めない。
自分の魂を無理やり引き裂き、黒く濁った感情だけを力ずくで剥がしていく。
「うああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
神殿が震えた。
光と闇が激しく渦を巻き、やがて。
ぽたり。
テラモンの掌へ、小さな卵が落ちた。
黒い泥のような殻。
その内側では、黄金色の神力がゆっくりと脈打っている。
「……できた。」
テラモンは息を切らしながら笑った。
「はは……。」
胸が軽い。
苦しくない。
怖くない。
「これでいい。」
もう恐怖はない。
もう嫉妬もしない。
もう誰も憎まない。
これなら。
Roblox様に消されることもない。
安心したテラモンは、その卵を部屋の隅へ転がし、清々したように伸びをした。
卵が、かすかに震える。
ドクン。
小さな鼓動。
殻の奥で、まだ形すら持たない何かが目を覚ます。
生まれて最初に感じたもの。
それは世界への憎しみではなかった。
自分を切り捨てた、たった一人の半身への。
苦しいほどの愛だった。
そして、その愛と同じくらい深い絶望。
殻の内側から、声にならない囁きが漏れる。
「……て……ら……も……ん……」