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🎧番外編「アンコールの、その先で」
ライブハウスの空気は、少しだけ懐かしかった。
照明の熱。
アンプの低いノイズ。
開演前のざわめき。
全部、変わっていない。
──変わったのは。
琉夏「……はぁ」
ステージ袖で、ベースを握る自分の方だった。
隣には、今のバンドメンバー。
ちゃんと揃っている音。
ちゃんと届く構成。
あの頃より、ずっと“正しい”。
それでも。
ほんの少しだけ、空白がある気がしていた。
「次、お願いします」
スタッフの声。
軽く頷いて、ステージに出る。
ライトが当たる。
客席を一瞬だけ見る。
──その中に。
見慣れた顔を見つけた。
一瞬、呼吸が止まる。
(……は?)
見間違いじゃない。
少し伸びた髪。
変わらない無表情。
でも。
ちゃんと、そこにいる。
──冬星。
視線が合う。
逸らされない。
ただ、静かに見ている。
あのときと同じ目で。
(なんで、ここに)
考える暇もなく、曲が始まる。
ベースを鳴らす。
音は、ちゃんと出る。
崩れない。
外れない。
それでも。
少しだけ、引っかかる。
視界の端に、ずっと残る。
冬星の存在が。
(……集中しろ)
自分に言い聞かせる。
今の音を、ちゃんと鳴らす。
それが、自分で選んだ道だ。
曲が進む。
声を乗せる。
観客の反応も、ちゃんとある。
それでも。
──どこかで、比べてしまう。
あの音と。
あの時間と。
(……違う)
分かっている。
これはこれで、いい。
でも。
完全に切り離せるほど、簡単じゃない。
最後の曲。
息を吸う。
その瞬間。
ふと、思う。
──もし、今。
あのギターが重なったら。
どんな音になるんだろう。
一瞬の想像。
それだけで、心臓が強く鳴る。
(……バカか)
小さく息を吐いて、歌い出す。
最後まで、ちゃんと鳴らす。
曲が終わる。
拍手。
歓声。
いつも通りの終わり。
──のはずなのに。
どこか、少しだけ揺れている。
楽屋に戻る。
ドアを閉めた瞬間、息が抜ける。
琉夏「……なんでだよ」
小さく呟く。
答えなんて、分かるわけない。
でも。
分かってる気もする。
足が、勝手に動く。
外に出る。
夜の空気。
さっきと同じ場所。
──そして。
同じように、立っている人影。
冬星「……終わった?」
先に声が落ちる。
あまりにも、普通に。
まるで昨日の続きみたいに。
琉夏「……見てたなら分かるだろ」
少しだけぶっきらぼうに返す。
でも、声が少し揺れる。
冬星は、軽く肩をすくめる。
冬星「まあ」
沈黙。
変な間。
でも、不思議と居心地は悪くない。
むしろ。
あの頃と同じ空気。
琉夏「……なんで来た」
素直に聞く。
冬星は少しだけ考えてから。
冬星「たまたま」
適当な答え。
でも。
嘘じゃない気がした。
琉夏「……そっか」
それ以上、追及しない。
少しだけ風が吹く。
髪が揺れる。
時間が、ゆっくり流れる。
冬星「……ちゃんと鳴ってた」
ぽつりと落ちる言葉。
その一言に、少しだけ引っかかる。
琉夏「……ちゃんと、な」
自分でも分かってる。
今の音は、“正しい”。
でも。
それだけだ。
冬星が、少しだけ目を細める。
冬星「前より、遠い」
静かな指摘。
思わず笑う。
琉夏「言うと思った」
図星だった。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ。
少しだけ、安心する。
琉夏「そっちは」
問い返す。
冬星は、視線を少し逸らしてから。
冬星「……やってる」
短く言う。
それだけで、十分だった。
あのあとも、続けてる。
音を。
それぞれで。
沈黙。
でも、前とは違う。
無理に埋める必要がない。
ただ、そこにあるだけ。
琉夏「……なあ」
ふと、声を出す。
冬星が、こちらを見る。
琉夏「もしさ」
言葉を探す。
慎重に。
でも。
少しだけ、正直に。
琉夏「今、音合わせたら」
一瞬、止まる。
でも、続ける。
琉夏「どうなると思う」
冬星は、すぐに答えなかった。
少しだけ考えてから。
冬星「……知らない」
あのときと同じ答え。
でも。
少しだけ違う。
冬星「前と同じじゃないだろうな」
静かな確信。
それは、そうだ。
お互い、変わった。
進んだ。
だから。
同じ音には、ならない。
琉夏「……そりゃな」
頷く。
少しだけ、笑う。
琉夏「でも」
小さく続ける。
琉夏「悪くはなさそうじゃね」
その言葉に。
冬星が、わずかに目を細める。
ほんの一瞬。
あの頃みたいに。
冬星「……どうだろうな」
完全には、踏み込まない。
でも。
否定もしない。
少しだけ、距離が縮まる。
でも。
もう、あの頃みたいに縛られてはいない。
選べる距離。
選べる関係。
それが、少しだけ軽い。
琉夏「……まあ、いいや」
息を吐く。
琉夏「今は」
それだけで十分だった。
無理に戻らなくていい。
無理に繋がらなくていい。
でも。
もしまた、音が重なるなら。
それは──
“依存”じゃなくて。
ただの、“選択”でいい。
夜の中。
並んで立つ。
少しだけ距離を保ったまま。
それでも。
完全には離れていない。
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