どれほどの時間が経ったのだろうか。
甘く激しい嵐が過ぎ去った後の寝室には、穏やかな静けさと、シーツの乱れ、そして互いの肌の温もりだけが残っていた。
二度ほどの激しい戦いを終えた後。
阿部の腕の中で、佐久間は子供のような、あどけない寝息を立てていた。
その表情は満足感と安心感に満ちていて、その姿を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。
戦いの最中何度も主導権を奪い合い、結局は、いつも佐久間のペースに巻き込まれてしまった。
それでも不思議と悔しさはなかった。
ただどうしようもないほどの、愛おしさだけが、そこにはあった。
すーすー、と穏やかな呼吸を繰り返す佐久間の、汗で額に張り付いた前髪を阿部は、そっと優しく指で払ってやる。
すると眠りの中にいるはずの佐久間が、んん…と、甘えるように、身じろぎした。
そして寝言のように、はっきりとこう呟いたのだ。
「…あべちゃん…」
「…だいすき…」
そのあまりにも無防備で、純粋な愛情表現。
それはどんなキラーフレーズよりも、どんなカウンターパンチよりも、強く、深く、阿部の心の一番柔らかい場所を、撃ち抜いた。
「………っ」
声にならない声を、ぐっと飲み込む。
そして腕の中で安らかに眠る、この愛しい存在を壊さないように、そっと抱きしめ返した。
その温もりを感じながら阿部は、夜が白み始めた窓の外をぼんやりと眺める。
「…勝てないなぁ、ほんと」
ぽつりと独り言のように、呟いた。
その声には、呆れと、諦めと。
そしてそれらを全て包み込むほどの、深い愛情が、滲んでいた。
もう勝負なんて、どうでもいい。
この腕の中に、彼がいる。
それだけでもう、十分すぎるほど、幸せなのだから。
そう頭では分かっている。
分かっているはず、なのに。
阿部の心の中にそれでも、懲りずに、小さな、小さな闘志の炎が再び、ぽっと灯った。
(…でも)
(いつか一回くらいは…勝ってみたいなぁ…)
その誰にも聞こえない、可愛らしい野望。
どうやら、この二人の愛しくて不毛な戦いは、まだまだ終わりそうにない。
阿部は腕の中の温もりを、もう一度、ぎゅっと抱きしめると、愛しい勝者の寝顔に、そっと、優しいキスを落とし、ゆっくりと、目を閉じた。
次の戦いのための、ほんの少しの休息のために。
コメント
2件

まだまだ続けてくれるの?! マジ?!嬉しすぎる!!! あべちゃん頑張れ!!