テラーノベル
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元貴が旅立ってから、5年。
24歳になった若井滉斗は、世界を股にかけるギタリストとして、一人で旅を続けていた。
傍らにはいつも、元貴の遺したあの古いノートと、使い込まれたビデオカメラ。
そして、あのオレンジ色のマフラー。
若井は今、かつて元貴と二人で逃亡した、あの思い出の海辺の街にいた。
「……変わんねえな、ここは」
若井は堤防に腰掛け、
小型のレコーダーを取り出した。
波の音、風の鳴る音、カモメの声。
元貴が「音が聞こえなくなる前に、もっとたくさん聴きたかった」と言っていた世界の音を、若井は代わりに集めて歩いているのだ。
レコーダーのスイッチを入れた、その時。
風に乗って、
どこからか**「歌」**が聞こえてきた。
「……え?」
若井の手が止まる。
その歌声は、ひどく拙く、どこか不安定だった。
けれど、その声の「揺れ方」や、言葉の「温度」が、あまりにも、
あまりにも——あの男に似ていた。
若井は弾かれたように立ち上がり、声のする方へ走った。
砂浜の片隅、流木に座って歌っていたのは、17歳くらいの、少し病弱そうな顔立ちをした少年だった。
少年は、若井の存在に気づくと、歌を止めて不思議そうに小首を傾げた。
その仕草までもが、若井の記憶の中の「誰か」と重なる。
「……あ、……ごめんなさい。
うるさかったですか?」
少年の声は、元貴の地声よりも少しだけ高い。
けれど、若井の共感覚が、少年の周りに「淡いオレンジ色のオーラ」が揺れているのを捉えた。
「……いや、違うんだ。
その、今歌ってた曲……」
「これですか? 誰の曲か知らないんですけど、小さい頃からずっと頭の中で鳴ってるメロディなんです。
……変ですよね、僕、耳が少し悪いのに」
少年は、補聴器に触れながら照れくさそうに笑った。
若井の心臓が、あの日音楽室で感じたような激しい鼓動を打ち始める。
「……君、名前は?」
少年は、水平線の向こうを見つめながら、静かに答えた。
「**『あさひ』**です。…どうかしました?」
若井は言葉を失った。
元貴の名前の由来は「物事の基(もとい)」。
そして、この少年の名は、光の始まりを意味する「旭」。
「……旭。……俺は、若井。
……君のその歌、続きを一緒に作ってもいいか?」
若井が差し出した手を見て、旭は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにひまわりが咲くような笑顔を見せた。
「……はい! 若井さん。……なんだか、ずっとあなたを待っていたような気がします」
空の上で、誰かが「ニヤリ」と笑ったような気がして、若井は思わず苦笑いした。
(……ったく。お前の仕業かよ、元貴)
新しいオレンジ色の物語が、
今、微かに動き出した。
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