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すぐ目の前にいた真衣香に八木が驚きの声を上げる。
「うお!? ビビらせんなよ! 何だよ、お前まだ帰ってなかったのか……って、ちょい待て」
八木は、目を合わせず走り去ろうとする真衣香の手首を掴んで、引き留めた。
「何で泣いてんだ?」
聞きながら、八木はフロアを見渡す。
そうして電気が消されていないままの給湯室に視線を定めて、その動きを止めた。
「誰かいんのか?」
真衣香の肩に手を回し、逃げてきた道を八木が戻るように進む。
開かれたままの給湯室のドア。八木が長く大きな溜め息を吐いた。
「まーた、お前かよ。 なに泣かせてくれてんだ? あ? 人の女と軽々しく二人きりになるな。 つーか、仕事じゃねぇんなら許可取れ、俺の」
八木の言葉に、坪井は前髪をかき上げながら俯かせていた顔を上げて、恐ろしいほどにゆっくりと真衣香たちに視線を向けた。
「また泣かせてごめん、立花」
八木にではなく、真衣香にそう言って声を掛ける。
不快感をあらわにするよう、真衣香に絡みつく八木の手には力が込められた。
「おいコラ、お前俺には何も言うことねぇってか?」
「いや、ありますけど」
真衣香に向けられていた鎮痛な面持ちから一点、冷ややかな瞳が八木を見据えた。
「今日は、帰ります。 ただ、俺も立花のこと好きなんで。 それだけ覚えといてもらえますか」
さすがの八木も、坪井に対して返す言葉が見つからないようだ。
歩き出した坪井が横を通り過ぎようとしても、沈黙が続いている。
すぐ近くに気配を感じて横を見上げると、坪井と目が合った。力無い弱々しい笑みに胸が軋む。
その痛みを振り切るように目を逸らした真衣香は、八木の腕に頬を擦り付けるようにして顔を隠した。
パタン、とドアが閉められたあとも、動くことができないでいると頭にポンっと軽く八木の手が触れる。
「意味がわからん、マジでどーなってんだ、あいつは」
八木の呆れた声が響く。
「おい、もう行ったぞ坪井」
ゆっくりと顔を上げると「あーあ、ったく。またこんな泣きやがって」そう言って、涙を手のひらで拭うように真衣香に触れたあと、困ったように頭を掻く。
そしてしがみついていた真衣香から距離を取った。
腕を組んで、目線に合わせるように上体を折った八木。
そして、まるで自分に言い聞かせるかのように、ゆっくりと話し始めた。
「あのな、お前は手のかかる後輩で、可愛がってきたって言っても妹どころか実家の犬を重ねて見てたんだけどな。 いやマジで」
少し失礼なセリフ。
真衣香は涙は止まらないままだと言うのに、少しだけ笑い声が溢れそうになってしまう。
しかし次に続いた声がやけに真剣だったので、真衣香も口元に力を込めた。
「悪いな。 今思ってること正直に言うぞ」
「……八木さん?」