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🇨🇦×🇺🇸
『愛してるよお兄ちゃん。でも、君を壊すのは多分僕。』
薬物の表現あります
前半
金曜の夜になると、アメリカは決まってやってくる。
疲れた顔で笑いながら、少し重たいバッグを肩から下ろし、玄関に小さく溜息を落とす。
「……来たよ。寒いな、今日」
カナダは、ソファから動かないまま微笑んだ。
そばには、まっすぐ立てかけられた斧と、半分空のグラス。
「うん、寒いよね。でもお兄ちゃんが来ると、少しだけあったかくなる。気のせいだけど」
「気のせいかよ」
アメリカは笑って見せる。けれど、その視線はすぐに斧へと落ちた。
その刃先は、光を吸い込むように鈍く冷たい。
「……また持ってるのか、それ」
「いるからね。あの人が」
「また“あの人”の話か……」
カナダはうなずく。ゆっくりと、優しく。
まるでそこに“本当に誰かがいる”かのように、空いた隣の座面に手を置いた。
「彼は、お兄ちゃんが来るのを嫌がってるんだ。君が僕の邪魔をするからって。
でも僕は、お兄ちゃんに会いたかった。お兄ちゃんの顔を見たかった。だから――」
彼は一拍置き、グラスを持ち上げた。
「彼の声を、ちょっと無視してる。今夜はお兄ちゃんを優先することにした」
「あっそ。……いやっ…その跡、なんだよ」
「ただの薬。ぁー……最近ちょっと打つ量が増えちゃったし……それにちょっと強めだけど」
アメリカの視線が一瞬だけ険しくなる。
「減らすって言ってたよな」
「うん。でも、減らすのはお兄ちゃんがいないときだけにしてる。
お兄ちゃんがいると、ちょっとだけ――不安になるんだよ。あ、お兄ちゃんのせいじゃないよ」
笑顔が、優しかった。だからこそ、言いようのない不気味さがあった。
その笑顔は、天使のような顔をした化け物のそれだった。
「……なあ」
アメリカが低く言う。
「どうしてそこまで俺に執着してんだ?」
「ん?」
「いや、昔からさ。俺、お前にとって“兄”だってのはわかってるけど、
それ以上のもの、欲しがってないか?」
カナダは答えず、グラスを置いた。
ソファの背もたれに身を預け、アメリカをまっすぐに見つめた。
「もしお兄ちゃんが“僕だけを愛してくれたら”、全部解決するんだと思う。
彼も、きっと何も言わなくなる。
薬も、斧も、イマジナリーフレンドも、全部いらなくなる。たぶんね」
「“たぶん”かよ……」
「でも、お兄ちゃんはそれをしない。お兄ちゃんは僕のことを好きなくせに、
誰かの兄でいようとする。誰かの友達でいようとする。
僕のことを一番にしない。……それが、彼には許せないんだ」
アメリカは返せなかった。
すべてが狂っている。なのに、すべてがどこか理屈として成立してしまっていた。
「お兄ちゃんが僕を“治そう”とするたびに、僕は少しずつ壊れてく気がする。
でも、お兄ちゃんが来ないと、壊れる速度がもっと早くなるんだよ。
……面倒だよね。僕のこと」
そう言って、カナダは微笑んだ。
本当に優しげな、弟の顔だった。アメリカは、目を逸らせなかった。
「お兄ちゃんが壊れてしまえばいいのに、って彼が言ってた。
それなら、僕はきっと安心できるって」
「お前……」
「でも僕は、お兄ちゃんのこと、壊したくないんだよ。
壊さないで済むなら、それが一番いい。でも、もし選べって言われたら……」
カナダは静かに立ち上がった。
すらりとした長身が、アメリカを見下ろすように覆いかぶさる。
「お兄ちゃんが壊れて、僕がひとりにならない世界と、
お兄ちゃんが笑って、でも僕が消えてしまう世界。どっちがいいと思う?」
沈黙が落ちる。
遠くで、冷蔵庫のモーター音だけが鳴っていた。
「僕はね、お兄ちゃん――」
カナダは囁いた。耳元で、祈るように。
「どちらかといえば、お兄ちゃんが壊れてくれた方がいいかなって、思ってる」
そう言ってカナダは斧に手を伸ばすような仕草をした。