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桜を家に残し「BAR STAR」に行くため、いつも通りの道を歩いていた。
仕事が嫌いなわけではない。
苦手な従業員も特別いないし。恵まれた環境で仕事が出来ていると思う。
それにしてもさっきの桜、可愛かったな。
たこ焼きを食べているところも、玄関先での言葉も――。
なぜ「蒼さんは?」なんてことを聞いてしまったんだろう。
こういう感情はなんて言うんだろうな。
桜の彼氏については、あんなに酷い人間だとは思っていなかった。
想像以上だった。よくあんな奴と一緒に居れたよな。
浮気していた女は、あの子は本命ではないと思った。
デリヘルかまたはお金で雇った彼女?そんな予感がする。
風俗にハマったから、金が必要になって桜の貯金に手を出したんじゃないか?
自分なりの予測を立てる。
許していいはずの行為ではないが、もう桜と関わらせたくはない。
彼女が自立できるまで、俺が支えればいい。
そう思った。
なぜだろう?
こんなこと思うなんて、まるで桜の「親」みたいだな。おかしくなり笑ってしまう。
「STAR」の入口を開けようとするとーー。
「何か良いことあったの?」
耳元でそう囁かれた。
「……!!?」
振り返ってみると、蘭子さんが立っていた。
「あぁ。びっくりした。驚かさないでよ?ただでさえ、声にだって迫力があるんだから」
囁かれた耳を手で押さえる。音の残りがまだあるような気がして気持ちが悪い。
「まぁ、失礼ね!椿が一人で笑っていたのを見てそう思っただけよ!」
こんなことをつい言ってしまうが、蘭子さんは俺の恩人だから。
蘭子さんにも心配かけたから、後で事情を話さないといけないな。
「……ということで、しばらく一緒に暮らすことになったの」
開店の準備をしながら蘭子《《ママ》》に説明をする。
「まぁ、それが正解よね。桜ちゃん、大きなケガとかしなくて良かったわぁ。また遊びに来るように伝えてね?」
世の中酷い男だらけね、と愚痴を溢しながら掃除をしている。
「それで、椿?」
クイっと急に腕を引っ張られた。
相変わらず、すごい力。
「桜ちゃんのこと、好きなの?」
他のキャストに聞こえないように小声で囁かれたが、音量を押さえ切れていない。近くにいたキャストが振り向いている。
「ちょっと!なんでそういう話になるの?そんなわけないじゃない!」
慌てて否定をする。
「女の勘と男の勘よ?まぁ、今は男の勘の方が強く働いているわ」
なにそれ。
「桜ちゃんは可愛いと思うけど、恋愛とかそんな感じじゃないわ。なんか親心みたいな感じなの」
「何、その親心って。あんた、子どもできたことないじゃない?」
蘭子ママは納得がいかないと言った感じでツッコんできた。
しかし
「まぁ、私は椿を応援してるから。何かあったらいつでも相談しなさいよ?」
下手なウインクをされた。
この人の人柄に惹かれてここで働くようになった。
蘭子さんがいなかったら、絶対に落ちぶれていたもんな、きっと。
「ええ。ありがとう」
一応、お礼を伝えておいた。
店が開店し、いつも通り接客をする。
「椿ちゃん、今日も綺麗だね」
常連のお客さんに指名をされ、席に着く。
「ありがとう。今日は何を飲みますか?」
「そうだねー。今日は、派手に飲みたいから強いお酒にしようかな」
この人、強いお酒は飲まない人だったのに。
「何かあったんですか?」
そう訊ねると
「実はねー。仕事が上手くいっていなくてさ。社員にはセクハラだのパワハラだの言われてもう嫌になっちゃってね」
「そうなんですね」
こういう時は傾聴に努める。
お客さんのほとんどは人生経験は俺以上だし、改善提案なんかほぼ浮かばない。
そしてそこまで個人の事情を深く知りたくはない。
ただ「聴く」ことはできるから。
話すことでお客さんが気持ち的に楽になってくれればいい。
そのくらいの軽い関り方をしている。
例え女性のお客さんが来ても同じ。
ただ「仕事」だから、またお店に来たいって思ってくれるような対応は心がけているつもり。
売上が下がって、蘭子ママが大変な思いをするのも嫌だし。
「お辛いですね」
そんな一言だけで泣いてしまうお客さんは、相当精神的に追い込まれているんだろうなと思う。
「いやぁ、今日は椿ちゃんに話を聴いてもらえてスッキリしたよ。ありがとう!」
お酒も入っている為か、上機嫌でそのお客さんは帰って行った。
「椿、さっきのお客さんがあんたにって言っておひねりくれたわよ」
ただ自分は話を聴いていただけなのに。
「そう。お店の売上として、蘭子ママが管理して?」
たまに個人的にお金を渡されるが、全てお店への売上にしてもらっている。
ここで働かせてもらえているから貰えているわけだし……。
「さすがうちの稼ぎ頭だわ!」
ルンルンと鼻歌を歌いながらコップを拭く蘭子ママ。ご機嫌で良かった。
今日も特に問題もなく、閉店をする。
桜は何をしているのだろう。携帯を見る。連絡は来ていなかった。
特別困ったことがない……と考えていいよな。