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「椿、今日はもう上がってもいいわよ?」
「えっ。どうして?」
これから食器の片付けや備品の管理をしなきゃいけないはずだ。
蘭子ママが近くに寄り
「今日から桜ちゃん、家に居るんでしょ?早く帰ってあげて。お店にも寄付してくれたし、今日はお客さんも多くなかったからやることも少ないし、大丈夫よ」
不敵な笑みを浮かべている。
仕事に送ってもらった時は元気そうだったけど、午前中は元彼のせいで具合が悪そうだったしな。言葉に甘えよう。
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
他のキャストに挨拶をし、帰宅をした。
誰もいない部屋に帰る時とは違い、今日はなぜか胸が躍る。
でも、帰ったら寝てるんだろうな。明日は彼女も仕事だろうし。
「ガチャッ」
カギを開け、部屋の中に入る。
桜が寝ていて起こしたら可哀想だと思い、できるだけ音は立てないようにしたつもりだった。
しかし――。
パタパタと部屋の奥から歩いて来る音がした。
起こしちゃったかな。
靴を脱ぎ、廊下へ一歩、踏み出した時だった。
パジャマ姿の桜が目の前に見えた。
「ただいま。起こしちゃった?」
椿のまま声をかけ「ごめんねっ?」と伝えようとした時
「お帰りなさい!」
満面の笑みでそう言われ
「っ……!?」
桜に抱き付かれた。
これは、どうしたらいいのだろう。
そんなに寂しかったのか?
ギュッと一瞬抱きしめられたと思ったら
「ごめんなさいっ、なんか帰って来てくれたのがすごく嬉しくなっちゃって」
腰に腕を回されたまま、上目遣いでそう言われる。嘘偽りのない目。
素直な感情をぶつけられた気がした。
「蒼さんの家だから、帰って来るのは普通のことなのに」
桜が俺から離れる。
何も言わない俺に
「あの……。ほんとにごめんなさい。抱き付いちゃって?馴れ馴れしくしちゃいました。まさかっ!蕁麻疹出ちゃいました?」
大丈夫ですか?と俺の身体を気にし始めた。
「あのっ……!あ……」
衝動的に身体が動き、俺も桜を抱きしめていた。
「……?」
「そんなに可愛く出迎えてくれるとは思わなかった」
あぁ、ダメだ。声が蒼になっている。
「寒いし、部屋の中に入りましょうか?」
椿に戻り、声をかける。
「はい!」
彼女は気にしていない様子で、一緒にリビングへ向かう。
「蒼さん……。あの、今は椿さんって呼んだ方が良いですか?」
部屋の中は俺たちしかいない。桜には、椿の姿の時は椿って呼んでほしいって言った気がするけど……。
「家の中は、蒼でいいよ?」
「わかりました。蒼さん、お風呂にしますか?ご飯にしますか?」
なんだそのセリフ。
よく漫画とかである新婚のお嫁さんが言う言葉じゃん。
彼女は特に気にしている様子はない。狙ってやっているわけではない、そんなこと表情を見ればわかる。
「先にお風呂に入って来るけど、もう遅いし、桜は寝てていいよ。明日、仕事でしょ?」
時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時間だ。
「お世話になっているので、ご飯温めるまでは起きてます!」
そんなこと気にしているのか。
ご飯を作ってくれるだけで助かるんだけどな。
「ダメ。夜更かしはお肌に悪いの。今日は疲れたと思うし、寝なさい?」
オネエらしい理由をつけて寝てもらおうとした。
「わかりました。じゃあ、ご飯はテーブルの上に出して置きますね?」
良かった、納得してくれて。
「うん。おやすみ」
よしよしと頭を撫でる。
「おやすみなさい」
彼女はニコッと笑い、部屋に戻って行った。
久しぶりに心が温かくなった気がする。
誰かに「おかえり」って言ってもらえるのってこんなに安心したっけ?
姉ちゃんと一緒に住んでた時、たまに言ってもらってた気がしたけど、あんまり感じたことなかったな。
まぁ、あの姉ちゃんだし。
ウイッグを取り、クレンジングをし、シャワーを浴びる。
髪の毛を乾かし、部屋着になる。あぁ、楽。
キッチンへ向かいテーブルの上を見ると
「マジか……」
思わず呟いてしまった。
一汁三菜ってやつか?
ご飯に味噌汁、ホウレン草の和え物、レンコンの煮物、豚の生姜焼き。
定食は外食で時折食べる程度。
手作りでこんな飯食べるの何年ぶりだろう?
レンジで温める。
「いただきます」
一口食べる。
「美味い……」
最近はただ食べれれば良いと思って、飯にも妥協してたからな。健康的とも言えない食事だったし、肌が荒れればサプリとか飲んでたくらいだもんな。
しばらく毎日こんなの出て来るのか?逆に申し訳ない気がする。
「ごちそうさまでした」
もちろん完食し、食器を洗う。
あー、美味かったな。
桜、ちゃんと眠れてるんだろうか?
心配になり部屋の前まで行ったが、いや、もう大人なんだし。
困ったら何か言ってくる……――?
おい、姉ちゃんの部屋に布団なんかあったっけ?
だから昨日は俺がソファーで寝るってことになったんじゃ?
ベッドすらない――。
俺が出かけている間に布団とか買ったのか?
いや、金はあいつ(元彼)に盗られて持っていないはず。
まさか床に直接寝てる?今まだ2月だぞ。こんな寒い中、布団も無しに?
慌ててノックをした。
「桜!ごめん!聞きたいことがある!」
何回かのノックの後、ドアが開いた。
「どうしました?ご飯、不味かったですか?」
彼女はコートを着ていた。
まさか――?
部屋の中を覗いた。
やっぱり――。
「ごめん!桜!寒かっただろ?もっと早く気付けば良かった」
彼女は、床に寝ていたようだった。
部屋の中でもコートを着ているのは、寒かったからだとすぐ理解できる。