テラーノベル
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朝が戻ってから、三年が経った。
季節はまた巡るようになった。
春には桜が咲き、
夏には蝉が鳴き、
秋には風が冷たくなり、
冬には静かに雪が降る。
世界は、何事もなかったみたいに動いている。
ただ一つ。
人だけがいない。
二人はもう、高校生と呼ばれる歳ではなかった。
鏡を見ると少し背が伸びていて、声も変わっている。
悠真は髪を伸ばすようになったし、
蒼はいつの間にかブラックコーヒーを飲むようになっていた。
でも。
二人とも、どこか“高校生のまま”だった。
時間だけが進んで、人生が止まっているみたいに。
「やば」
悠真がソファでスマホを見ながら笑う。
「“高校生の日常Vlog”ってコメントまだある」
蒼はキッチンから振り返る。
「訂正する?」
「いや、もういいかなって」
悠真は少し笑う。
「なんか今さら感あるし」
動画投稿は、まだ続いていた。
もう何百本もある。
『夜しかない世界の雪』
『無人遊園地で花火』
『誰もいない海』
『世界で二人きりの夏祭り』
向こうの世界では、かなり有名になっていた。
コメント欄には毎日たくさん言葉が届く。
『二人とも大人っぽくなった』
『ずっと見てる』
『この世界観好き』
『なんか時間の流れ切ない』
その中で、時々。
『帰れそう?』
というコメントもある。
その質問には、今でも答えられない。
夕方。
二人はスーパーの屋上にいた。
オレンジ色の空。
風が気持ちいい。
悠真はフェンスにもたれながら言う。
「三年ってやばくね?」
「何が」
「普通に考えて」
蒼は缶コーヒーを開ける。
「まあ長いな」
「高校一年だったのにさ」
悠真は笑った。
「今もう大学生くらいだろ」
でも。
その言葉のあと、少しだけ沈黙が落ちる。
大学。
就職。
恋愛。
未来。
本来なら進んでいたはずの時間。
二人には、それがなかった。
「なあ蒼」
「ん?」
「俺らって、ちゃんと大人になってんのかな」
風が吹く。
遠くで電車が止まったまま夕日に照らされている。
蒼は少し考えた。
「……わかんない」
「だよな」
「でもまあ」
蒼は空を見る。
「昔より料理うまくなったし」
「それはある」
「あとお前、前よりちゃんと片付ける」
悠真は嫌そうな顔をした。
「成長そこ?」
蒼は少し笑った。
「大人って、案外そんなもんかも」
悠真はしばらく黙ったあと、小さく吹き出した。
「なんかそれっぽいこと言うじゃん」
夜。
マンションの部屋。
昔より少し生活感が増えていた。
本棚。
観葉植物。
増えた食器。
壁には、三年間で撮った写真が貼られている。
雪の日。
海。
山奥の焚き火。
朝が戻った日。
二人しかいない世界なのに、思い出だけは増えていった。
動画の編集をしながら、悠真が言う。
「最近さ」
「うん」
「コメント欄に“エモい”ってめっちゃ来る」
「便利な言葉だな」
「でもわかる気もする」
蒼はキーボードを打ちながら聞く。
「何が」
悠真は少し考えた。
「俺らってさ」
「うん」
「ずっと放課後みたい」
その言葉に、蒼の手が止まる。
放課後。
帰る途中の空。
少し寂しくて、でも嫌いじゃない時間。
終わりそうで終わらない時間。
「……あー」
蒼は静かに笑った。
「それは、ちょっとわかる」
大人になりきれないまま。
でも子供でもなくて。
世界に取り残された二人だけが、ずっと長い放課後を歩いているみたいだった。
深夜。
二人はベランダに出た。
街は静か。
風だけが流れている。
悠真は空を見上げる。
「なあ」
「ん?」
「もしさ」
「うん」
「向こうの世界戻れたら、俺ら普通に生きられるかな」
蒼は少し考える。
長い時間。
それから静かに言った。
「……無理かも」
悠真は笑う。
「だよな」
「でも」
蒼は夜景を見る。
「たぶん、お前いるならなんとかなる」
悠真は少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。
「それ、三年前にも聞いた気する」
「言ったかも」
街の灯りが揺れている。
世界は静かだった。
でも。
二人だけの時間は、まだ終わらなかった。
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