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変化に気づいたのは、夏の終わりだった。
その日、二人は海沿いのコンビニにいた。
アイスを選びながら、悠真がふと外を見る。
「……あれ」
「ん?」
蒼は炭酸飲料を持ったまま振り返る。
空が、オレンジ色だった。
夕焼け。
それ自体は珍しくない。
でも。
「さっきからずっとこの色じゃね?」
蒼は時計を見る。
午後二時十七分。
なのに空は、完全に夕方だった。
最初は気のせいだと思った。
でも。
三時間経っても、空は夕焼けのままだった。
太陽は沈みかけた位置で止まっている。
世界全体が、茜色に染まっていた。
「……またか」
悠真がベランダで呟く。
三年前、夜しか来なくなった時と同じ感覚。
世界が、静かに壊れていく感じ。
次の日も。
その次の日も。
空はずっと夕方だった。
夜にならない。
朝も来ない。
永遠に、放課後みたいな光だけが続いている。
「なんか変な気分」
悠真はマンションの屋上で寝転がる。
空はオレンジ色。
雲の端だけが赤く光っている。
風は少し涼しかった。
蒼は隣に座る。
「眠くならない」
「わかる」
夜じゃないから寝るタイミングが掴めない。
でも昼でもない。
世界全体が、“帰り道の時間”で止まっているみたいだった。
動画のコメント欄も騒がしかった。
『夕焼け綺麗すぎる』
『ずっとこの空なの?』
『映画のラストシーンみたい』
『切なすぎる世界観』
『なんか泣きたくなる』
『放課後っぽい』
そのコメントを見て、悠真が笑う。
「みんな同じこと思うんだな」
蒼も画面を見る。
“放課後”。
三年前、悠真が言った言葉。
今の世界は、本当にそんな感じだった。
どこかへ帰る途中みたいな空。
でも。
帰る場所がわからないまま、時間だけが止まっている。
ある日。
二人は高校へ行った。
通っていた学校。
校門は開いたまま。
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グラウンドには雑草が伸びている。
でも夕焼けの光のせいで、不思議と綺麗に見えた。
廊下を歩く。
窓からオレンジ色の光が差し込んでいた。
「うわ」
悠真が教室を覗く。
「エモ」
「便利な言葉だなそれ」
誰もいない机。
止まった時計。
黒板には途中まで書かれた数式。
まるで昨日まで誰かがいたみたいだった。
二人は窓際の席に座った。
夕日が机を照らしている。
風でカーテンが揺れる。
「……なんかさ」
悠真が静かに言う。
「今なら普通に授業始まりそう」
蒼は窓の外を見る。
校庭。
オレンジ色の空。
「でも誰も来ない」
その言葉に、少しだけ静けさが落ちた。
悠真はスマホを取り出して、動画を回し始める。
「こんばんは」
少し笑う。
「いや、こんにちは?」
蒼も吹き出した。
「どっちだよ」
「わからん」
カメラが教室を映す。
夕焼けの教室。
並んだ机。
誰もいない学校。
「最近、この世界ずっと夕方です」
悠真の声は静かだった。
「なんか……」
言葉を探すみたいに少し止まる。
「帰り道みたいな世界になりました」
投稿された動画は、いつも以上に反響が大きかった。
『綺麗すぎる』
『青春映画みたい』
『この世界に入りたい』
『でも寂しすぎる』
『二人がいるから耐えられる空気感』
向こうの人たちは、“綺麗”と言う。
でも二人にはわかっていた。
綺麗な景色ほど、時々どうしようもなく寂しい。
帰り道。
校門を出る。
夕焼けが長く影を伸ばしている。
悠真がぽつりと言った。
「俺さ」
「ん?」
「この世界、嫌いじゃないかも」
蒼は少し驚いた顔をする。
悠真は空を見たまま続けた。
「もちろん普通の世界戻れたら嬉しいけど」
風が吹く。
どこか遠くで看板が軋んだ。
「でも、この空ずっと見てると落ち着く」
蒼も空を見上げる。
終わらない夕方。
少し切なくて。
でも優しい光。
「……わかる」
二人は並んで歩く。
誰もいない通学路を。
まるで放課後が永遠に続いているみたいな世界の中を。