テラーノベル
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🌹はなみせ🍏
「……ねえ、若井。今日の元貴、なんか怖くない?」
「……シーッ、涼ちゃん。声が大きい。また怒られるぞ」
インカム越しに小声でやり取りしながら、僕たちは冷や汗をかいていた。
スタジオの空気は、いつものレコーディングの倍……いや、三倍はピリついている。元貴がブースの中から出す指示が、とにかく細かい。
「若井、今のビブラート、感情が乗りすぎ。もっとタイトに」
「涼ちゃん、三小節目の裏、リズム走ってる」
いつもなら「今の良かったね!」なんて笑い合うようなテイクでも、今日の元貴は妥協を一切許さない。プロとして当然なんだけど、その目が……獲物を狙う鷹みたいに鋭いんだ。
……で、その鋭い視線が、フレーズの合間になると、スッと後ろの席に向かうのを僕たちは見逃さなかった。
(あ、また見た)
(うん、また見たね……)
元貴が座らせたあの制服の女の子。彼女が真剣な顔で手元のノートに何かを書き留めたり、機材をじっと見つめたりするたびに、元貴の口角がほんのわずかに、本人も無自覚なレベルで上がっている。
「……あの子の前で、格好いいところ見せたいだけなんじゃないの?」
「若井、それ以上言うと僕ら消されるよ」
涼ちゃんがフルートを構えながら、震える声でささやく。
正直、僕らだってあの子のことは気になる。元貴が「外で出会って連れてきた」なんて、そんなドラマみたいな展開、信じられるわけがない。でも、元貴があんなに「自分の領域」に他人を、しかもあんなに若い子を招き入れるなんて、本当に涼ちゃん以来なんだ。
休憩中、隙を見てあの子に話しかけようとしたら、元貴が「あ、今プロデューサーと打ち合わせするから若井たちはあっち行ってて」なんて、見え透いた嘘で僕らを遠ざけた。
どんだけ独占したいんだよ。
「……涼ちゃん、僕ら、今日は徹底的に『最高の引き立て役』に徹するしかなさそうだね」
「そうだね、若井……。でも、あの子が将来マネージャーになってくれたら、元貴、毎日あんなに張り切るのかなぁ」
そんな未来を想像して、僕たちは少しだけ楽しくなってきた。
でも今は、元貴の「完璧主義」の餌食にならないよう、必死にギターとキーボードに向き合うしかない。
「おい、若井。次、Aメロから」
「……はいっ! 喜んで!!」
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