忘れない
あの春の日を──
春の光は、まだ少し冷たかった。
昇降口の窓から差し込む朝の陽射しが、床の上にまばらな影を作っている。
新しい制服の襟が、まだ少し固い。靴を履き替えながら、私は深呼吸をした。
昨日よりも今日の方が、少しだけこの学校に馴染めた気がしていた。
「よう、紬」
その声を聞いた瞬間、時間が止まった。
顔を上げると、少し離れたところに立っていたのは水森先輩だった。二年前、中学生のときに仲良くしてくれていた、あの人。 春の日差しのような温かい彼。
光の向こうで、相変わらず優しい顔をしていた。
胸の奥が痛いくらいに懐かしい。
信じられないほど心臓が高鳴って、言葉が出なかった。
先輩の笑顔がぼやけて見えたのは、春の光のせいだと思いたかった。
──
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