「俺のやることが不満なら、明日から貴様が出社しろ」
ビジネスマンが呆れ顔で言った。
ジョーに向けた言葉だった。
「俺はトレーニングで忙しいから、会社には行けない。正直なところ、仕事への興味も薄れてしまったしな」
「なら俺が引き続き業務を進める。キャプテンは増える可能性があるため論外だからな」
「疑問なんだが、結局おまえの属性って何なんだ? どうにもビジネス志向とは思えないフシか多いんだが」
ジョーは純粋な好奇心からそう言った。
「残念ながら、俺はビジネスマンではないようだ。おそらくは『あまのじゃく』……。何かを指示されるたびに、真逆の行動がとりたくなる属性のようだ。反発欲求。予定外を好み、頭で描いた裏をかくことで欲求が満たされる。それが俺の原動力だ」
「最初はただ一生懸命に働きたいって言ってただろ?」
「おまえがトレーニングをしたいって言うから、その逆を――」
「……タチの悪い勇信が生まれてたってわけか。で、今後おまえを何と呼べばいい?」
ジョーはこれ見よがしに大きなため息をついた。
「これからは『あまのじゃく』と呼んでくれ。あまのじゃくと呼ばれると普通は腹が立つだろう。だから逆にあまのじゃくと呼ばれることにした」
ビジネスマンから改名した「あまのじゃく」勇信は、そのままドレスルームへと向かった。好んで着ていたビジネススーツは、じつは窮屈だったからあえて着ていたとあまのじゃくは言った。彼が選んだのはカエルフードがついたダボダボのスウェットだった。
「おまえに会社を任せたら3年ともたない。乗り気じゃないが、明日からは俺が出社するしかないようだ」
あまのじゃくが着るカエルのスウェットに失望したジョーが言った。
「おまえが行くって言うならやっぱり俺が行くよ」
「……クソみたいな属性を抱えやがって」
「さあ、ふたりとも座ってくれ。夕食ができたから、とにかく食べてからにするんだ」
キッチンでふたりの会話を聞いていたキャプテンが先にテーブルについた。
「やろうと思えばできるもんだな」
「やろうと思えばできるもんだな」
大きな大理石のテーブルには、3杯のカップラーメンと中央には浅漬けが並んだ。
「カップラーメンなんてアメリカ留学時代ぶりだな」
経営学を学ぶためアメリカに渡り、何度か料理にトライしたことがあった。しかし今にして思えばそれは料理などではなく、すでにできあがった食品を加熱して皿に盛るだけのものだった。
カップにお湯を注ぎ3分待つ。
現時点で勇信が作れる最高の料理だった。
広々としたリビングにラーメンをすする音が響いた。
3人は同時に浅漬けを食べようとしたが、6本の箸がぶつかり即座に手を引いた。突然喉が渇きそれを全員が水に手を伸ばした。また3つの手が衝突し、ガラス製のウォーターボトルが床に落ちて割れた。
「この同一人物どもめ……」
ティッシュに一番近いあまのじゃくが、不満を述べながら床掃除を行った。
カップラーメンを食べ終わると、全員が同時に手を挙げた。
「何を言いたいかわかっている。料理についてだろ」
キャプテンがそう言うと、「そうだ」とふたりが声を揃えた。
「まったく興味はないが……俺たちの生存のためだ。料理を学んでみるさ」
キャプテンがうなだれた。
「それなら俺は逆に習わないでおくよ」
あまのじゃくが言った。
「ああ、邪魔しないでくれて助かる」
キャプテンが面倒くさそうに言った。
「料理はこれでいいとして、少し他の考えをまとめよう。現状の推論としては、ジョーとあまのじゃくは俺を母体として増殖した。俺の心理状態や体調をそのままコピーした状態で現れ、しかしそれぞれが独自の属性を持っていた。ここまでは異論ないな?」
「なし」とジョー。
「ない。あるけどない」とあまのじゃく。
「今後も俺が増えると仮定するなら、俺の持つ知識量が多いほどより有利になるってことだ。つまり俺ががんばって料理を習得すれば、次に生まれる俺は同レベルの料理スキルを持って現れる」
「だな。さらに言うなら、運よく料理属性を持つ勇信が生まれる可能性だってある。そうなればキャプテンは晴れて料理修行から解放され、俺たちの食問題は解決されるだろう」
「さらなる俺が生まれるのが前提だなんて。不幸極まりないな」
「あくまでも可能性だ。問題は次に増殖することより、現在の食事だ。こうしてカップラーメンばかり食べていては、近く病院に直行だぞ」
「万が一俺ら同時に病気にでもなったら……」
3人はテーブル中央の浅漬けを見つめた。
「想像するだけでもおぞましい」
「もし俺たちが同時に倒れたら、家にやってきた救急隊員はその場で卒倒するだろうな。すぐにニュースは速報として全国に流れる。吾妻グループ常務吾妻勇信は、実は三つ子だったと」
「そうした事態を避けるには、常に健康でなければならない。食べるという行為はあくまで肉体を作る下地なのだが、病気を予防するという意味合いも含まれている」
ジョーは自身の上腕二頭筋を確認しながら言った。
「料理だけじゃない。より良い食材を見抜く目、誰にも見つからずマーケットを見て回る能力、食材をうまく家に持ち帰るテクニックも必要だ。あらかじめ決めておくことが多いな」
「ミッション名:吾妻勇信庶民化作戦」
「さすがに食料や日用品の配達はできない。とにかくせっせとマーケットに行って、家に運び込むしかないんだ。つまり俺たちは一般市民ですらなく、それ以下の何ものかに堕ちてしまった」
「常に食料を蓄えておかないとな。カップラーメンすら食べられない日がくるのは避けねば」
「あ、それと皿洗いなんかはとくに技術が必要ないから、今後はあまのじゃくが担当してくれ」
「つまり皿を洗う必要がないってことか?」
「次に無駄口を叩いたら、どこかに監禁してやるからな」
ジョーが怒りに震えたその時だった。
玄関のドアが開く音が聞こえた。
「おい! 誰が入ってくるぞ。すぐに隠れるんだ」
3人が同時に言った。
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