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#死亡遊戯で飯を食う
ユイ
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「おい! 誰かが入ってくるぞ。すぐに隠れろ!」
3人が同時に叫んだ。
瞬時に全員が状況を整理しはじめた。
増殖する可能性のあるキャプテン。
体がひと回り大きくなったブルース。
そして、見た目だけなら普段の勇信と同じあまのじゃく。
キャプテンとブルースは、ほぼ同時にバスルームへ向かって走り出した。
消去法により、あまのじゃくがリビングに残ることになった。
「勇信さん……」
リビングへ入ってきたのは、星花だった。
「星花。どうやってここに」
星花は最初、心配そうにあまのじゃくを見つめた。
だが、その視線はすぐにカエルのフードがついたスウェットへ移った。
「勇信さん、その服……」
「ああ、これか。兄さんが大学時代のハロウィーンパーティーで着ていた服だ。何だか懐かしくなって、つい着てしまった」
「そうだったのね」
事情を聞いた星花の表情が、再び曇った。
「それより、どうやってここに入ったんだ」
「勇信さんが心配で来たに決まってるじゃない」
「いや、それはわかる。だが、どうやって中へ入った?」
父・吾妻和志の唯一の友人である、現警察長官の菊田盛一郎。その娘、菊田星花。
父が植物状態となる前は、菊田盛一郎とは互いの邸宅をよく往来した。
そのため勇信と星花は子どもの頃から互いを知る仲だった。
かつてモデルだった母親譲りの容姿と、警察庁長官である父親譲りの頭脳。
ベースボールキャップにジーンズという飾り気のない服装でも、その印象は変わらない。
「玄関のパスワード、どうして変えたの? 勇信さんの携帯電話の末尾4桁だったから入れたけど、変えるなら私にも教えておいてくれなきゃ」
星花は涙目でそう言った。
「星花。なんで泣いているんだ」
「勇太お兄ちゃんが、本当にかわいそうだからよ。それに勇信さんは大丈夫なの? ずっと連絡が取れないから、心配で会いに来たんだよ。いきなり入ってきたりして、ごめんなさい」
星花の目から涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう。でも、今日はもう遅い。明日にでも話さないか」
「こんな大変なときだからこそ、勇信さんのそばにいてあげたいの。心って、いろいろ深く考えはじめると、変な方向に行ってしまうことがあるでしょ。私が一番よくわかってるんだから」
星花の真剣な目に、あまのじゃくは当惑した。
「兄さんのことは、少しずつだけど整理している。だから心配しないでくれ。俺はまだ、ひとりでいたいんだ。気持ちがちゃんと落ち着いたら、必ずこっちから連絡する」
「勇信さん。そんなことより――」
星花はいきなり不審そうな顔でリビング全体を見渡した。
「あれ、何? どうしてカップラーメンの容器が3つもあるの」
「ああ、これはだな……えっと、その」
ひとりだから、逆に3つ作ったんだ。
そんなバカげた言い訳が頭に浮かんだのと同時に、テーブルの上の携帯電話が光った。
[時間を稼げ]
キャプテンのタブレットから届いたメッセージだった。
「星花。とにかく涙を拭いて。はい、これ」
あまのじゃくはティッシュを取り出し、星花に手渡した。
しかし、星花の涙はすでに乾いていた。ベースボールキャップの下にあるのは、不審に満ちた視線だった。
「誰か来てるの?」
鋭い声だった。
「こんな夜に誰が来るってんだ。これを見てくれ」
あまのじゃくは携帯電話を星花に向けた。
画面には、カップ麺メーカーから送られてきた商品レポートが表示されていた。
外部へ熱を逃がしにくい容器の構造。熱特性に応じた麺の太さの違い。メーカーが長い年月をかけて蓄積した、カップラーメンのノウハウだった。
星花は携帯電話を受け取り、メール本文を読み上げた。
「弊社は特に麺と容器に多額の投資をしてきました。先述のように、カップ麺のひとつひとつに科学技術が組み込まれているのです。どうか今回の合併事業がよりよい結果となりますことを祈り、吾妻グループと我々雷神食品の明るい未来を思い描いている次第です。改めまして、吾妻勇太副会長のご不幸を心よりお悔やみ申し上げます」
メールの送信者は、キャプテンだった。
「進めている買収計画があって、商品への理解を深めようと思って食べてみただけだ。思ったよりおいしくて、少し驚いたよ」
「それにしても、なんで3つも――」
「容器がどうやって熱を逃がすのか調べていた」
「……」
「嘘だよ」
あまのじゃくは小さく息をついた。
「兄さんが大学時代、この服を着てラーメンを食べていたことを思い出したんだ。2つは自分で食べたが、もう1つは兄さんの分だ」
その言葉に、星花の表情から疑いが消えた。
代わって、悲しみが再び浮かび上がった。
菊田が来宅するたびに、勇太と勇信と星花はよく一緒に出かけた。
中学生になって同じ学校に通うようになると、勇信と星花は、周囲からも当然のように一組の男女として見られるようになった。
「付き合おう」と言葉にしたことは一度もない。
ただ寄り道のない直線道路を行くように、ふたりの関係は自然と続いてきた。
星花が初めて自分たちの関係を「恋人」と呼んだのは、勇信が留学のためにアメリカにいたときだった。
勇信に会うため、星花は1週間の旅にやってきた。
日本への帰国便の中で、彼女は初めて自分をガールフレンドと位置づけた。
[ガールフレンドを裏切らず、勉強だけに邁進してくださいね。まだアメリカの空の上なのに、もう勇信さんに会いたいです]
勇信は返信を送らなかった。
肯定も否定もしないまま、その関係は現在まで続いている。
「勇信さん、無理はしないでね。あんな大変なことがあったんだから、ゆっくり休んで」
星花は、空になったラーメン容器を見つめながら言った。
「買収の件もあるし、仕事が山積みなんだ。長く休んだから仕方ない」
「今は有能な部下の方にお願いしたほうがいいわ」
星花はそう言って、バスルームのほうへ歩きはじめた。
「星花、待ってくれ」
「どうしたの」
「さっき言ったこと、理解してくれるよな。だから今日は家に帰って、また今度ゆっくり食事でもしよう。お父さんと一緒に」
「……うん、わかった。でも、ひとつだけ約束してもらえるかな」
「まさか、兄さんの後を追うなとか? そのラーメン容器を見ればわかるだろ。生きるためにカップラーメンを食べたんだ」
「そうじゃないわ。私のメッセージを無視しないでってこと」
「それは、無視しろということか? 逆に」
あまのじゃくは真剣な顔で言った。
「どうしたの? いきなりあまのじゃくみたいに」
[ふざけるな!]
すぐにキャプテンからメッセージが届いた。
「星花の表情があまりに暗いから、冗談を言っただけだ」
あまのじゃくはすぐに付け加えた。
「わかってるわ。今日はもう帰るね」
星花が身を翻し、リビングを離れようとした。
そのとき、再び携帯電話にメッセージが届いた。
[今伝えたほうがいい。引き延ばしたところで問題が増えるだけだ]
あまのじゃくはメッセージを見て、片方の眉を上げた。
「星花、最後にひとついいかな」
「うん。どうしたの」
それは昨夜、3人の勇信の間で決まったシナリオのひとつだった。
シナリオ:星花と別れる。緊急度「高」
理由:勇信の増殖が世間に露呈しないようにするための対策。星花とは距離を置く必要がある。実行は早いほど望ましい。
「いや、ただ呼んだだけだよ。逆に」
「そう。じゃあ、また連絡ちょうだいね」
星花がリビングを離れ、玄関のドアを閉めた。
その音が消えると、あまのじゃくは唇を噛んだ。
3人の勇信を守るためには、シナリオどおりに動くべきだった。
それをわかっていても、あまのじゃくは自分自身をコントロールできなかった。
「今朝まで、俺は普通に仕事をしていた。なのに、なんでこんな性格になってしまったんだ」
浴室に隠れていたキャプテンがリビングへ戻ってきた。
「仕方ない。おまえは解放されたんだ」
「解放?」
「吾妻勇信という殻を破りはじめたんだ。今まで通りに物事を捉えようとしたが、結局、新しい属性には勝てなかった」
「要するに、おまえは落ちぶれたんだ」
バスルームから出てきたブルースが言った。
「言葉に気をつけろよ、筋肉め」
「それで、自分の思ったことと真逆の言動を繰り返す気分はどうだ?」
「正直なところ、なんだかかっこいい」
「救いようがないな……。もう好きにしろ。今後は皿洗いをする必要もないし、掃除も俺がやる。おまえは好き勝手に寝ていろ」
「ふざけるな! 皿洗いと掃除は絶対に俺がやる……ああっ!」
この瞬間、あまのじゃくは掃除と皿洗い担当になった。