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教会の入口ごと粉砕した結婚式から、100日以上が過ぎた。
外はすっかり寒くなり、アリエッタはせっせと新しい服のデザインを考えている。
(ここでも季節ってあるんだなぁ……そもそも1年は何日だ? 誕生日とかの風習ってあるのかな?)
描いているのは冬服の絵。前世の記憶から、冬用の衣類に必要な物を洗い出している。
まずはざっくりと服を着たミューゼの絵を描く。この時はデザイン重視で、服の仕組みは考えない。要するにただのイラストを描く感覚である。
そして気に入った服の見た目が出来たら、1つ1つ分解し、パーツごとの図面を作っていく。アウター、トップス、ボトムス、インナー、ソックス、ブーツ、アクセサリーなどなど、それらを紙1枚ずつ分けて、絵だけの資料を作る。
アリエッタは、フラウリージェのノエラが望む絵を、完全に把握していた。渡せばその通りの服が笑顔と共に作られてくるので、とにかく結果が分かりやすいのだ。
しかし、アリエッタには反省点と懸念点がある。
(季節が変わるって分かってたら、寒くなる前に考えてたんだけどなぁ。まぁ仕方ないか。それよりも……ミューゼに似合う服描いたら、また僕のサイズで作られたりするんだろうなぁ。もういいけど)
今まで描いた服のデザインは、全てミューゼサイズ、パフィサイズ、アリエッタサイズが揃って作られた。そして着せられた。かわいい系だろうとセクシー系だろうと関係無く。恥ずかしくて無理と思っていたが、かなり慣れてしまっていた。
(せっかくの季節ものだし、いろんな人をモデルにしてみようかな。しんせーとか、ダンディなトレンチコート似合いそうだし)
思いついた人物の分の案を、一通り出してみようと思ったアリエッタであった。
「えっと、アリエッタちゃん何かした? 姉さん達がすっごい事になってたけど……」
「あたし、ごはんオイシイ、たべた、です」
「いや、うん、よかったねー。そうじゃなくてね。服の絵描いたのかなー?」
「ふく? むーむー、ほしい?」
「あ、ありがと? でも違うのー。新しい紙はいいから」
「ちがう? ほしい、くぉん?」
「えーっと……」
十数日後、ムームーとクォンが訪ねてきて、頑張ってアリエッタから情報を聞き出そうとしていた。フラウリージェの店員が、新たな服作りで暴走しているらしい。
ミューゼは仕事中、パフィは料理中の為、リビングにいるのはアリエッタ、ムームー、クォンの3人だけである。
「ムームーさま。後でパフィに聞いた方がいいんじゃ……」
「それはそうなんだけど、気になるし、出来るだけ会話に慣れさせたいからね」
ムームーはこう言っているが、実のところは、
「……つまり、頑張って喋ろうとするアリエッタちゃんが可愛いから、もっとお話ししたいと?」
「バレてる!?」
「そりゃクォンも同じ事考えてますからっ!」
驚愕のムームーとドヤ顔のクォンが一瞬見つめあい、そのままひしっと抱き合った。
「何やってるのよ……」
おやつを作り終えて戻ってきたパフィが、呆れた顔で2人を見た。
「もしかしてフレア様を見習っちゃったのよ?」
「いやそれは流石に」
「アレを見習ったら、人として終わりよ」
「いやアンタら、人の親に何不敬な事言ってんの……」
3人で顔を顰めながら悪口を言っていたら、仕事を終えたらしいミューゼと、なぜか同行中のネフテリアがリビングに入ってきた。微妙な顔になっているネフテリアの後ろには、無気力…というよりはアホ面になっているミューゼがいる。
『だって、ねぇ?』
「よーしいい度胸だわっ! そこに直れっ、脇腹に空気弾くれてやるっ」
憤慨したネフテリアが、3人を指さして、直接的だか陰険だか分かりにくいお仕置きを口にする。
パフィ達が嫌そうに脇を締めると、今度はアリエッタが動き出す。
「て、てりあ?」(ど、どうしよう……)
その顔は、驚愕というよりは、困惑と絶望の色が混ざっているように見える。
「……あ、違うのよアリエッタちゃん。今のはそこの3馬鹿に言っただけで……」
「あわわ……」(これ教えちゃっていいのかなぁ……よくないよなぁ。でもこのままだと最悪な事になるし)
アリエッタが妙に怯えているせいで、ネフテリアが慌てて取り繕う。こんな悪口と暴力の低レベルな争いを、純粋な子供に見せるべきではないという想いで、言い訳を口にする。
しかし、アリエッタはネフテリアの全身をしばらく見て、何かを決意。慌ててネフテリアの手を掴み、家の奥にある裏口へと走っていった。
「えっ、ちょっ、どうしたのおおぉぉぉ~……」
『………………』
いきなりの謎の行動に、残された面々は首を傾げる。まぁネフテリアが同行しているなら、危ない事もないだろうと判断し、今度は目の前にある奇妙なミューゼについて行動を起こす事にした。
パフィが少し考え、1つのお菓子をキッチンから持ってきた。
「ミューゼ、ミューゼ。これ食べるのよ。うりゃっ」
「むぐっ!?」
そのお菓子を、問答無用でミューゼの口に突っ込む。すると、すぐにミューゼが反応した。
「……まずっ! ヴォエエエエエ!」
「え゛」
悲鳴をあげて蹲り、一気にナニカを吐き出した。本気の拒絶反応である。
その横で、ムームーが驚愕している。
「パフィの食べ物が不味い? ラスィーテ人だよね?」
「どういう事です? パフィさんが不味い食べ物作るのはおかしいんですか?」
まだラスィーテ人を知らないクォンに、丁寧にラスィーテ人の事を説明する。
ラスィーテ人の料理は全リージョンで最も美味しく、不味いなんてあり得ない。クリムのように、王女の管理下にある場合は特例として、ラスィーテ人がいる料理店をラスィーテ以外で経営する場合は、営業時間や販売数を制限するか、販売価格を何倍にも上げる必要があるのだ。でなければ、その地域の生活バランスが崩壊してしまう。
まだラスィーテの事が周知されていなかった頃、大儲けしようとラスィーテ人を内密に働かせた者がいた。その料理店はすぐに大繁盛。そこまでは良かったのだが、過剰なまでに繁盛し、その国の人口が突如一点集中。国の上層部が調べ始めた頃には、他の料理店が軒並み潰れ、少ない料理店で客を捌く事になると、仕入れと調理が間に合わず、残った料理店では暴動が起こった。食の需要と供給が狂った国は住みにくく、あっという間に人が激減してしまったという。
つまり、ラスィーテ人が外のリージョンに出た場合、全員が傾国の料理人となるのだ。クリムの店も、小規模なニーニルの町でネフテリアがコントロールする事で、平穏に済んでいるに過ぎない。
「食べ物っておっそろしいですね……」
「それくらい美味しいから、パフィが失敗なんてあり得ない筈なんだけど……」
クォンもパフィの料理を食べているので、その腕前を知っている。
では、今ミューゼに食べさせたのは何なのか。それは、
「味を調整すれば、不味いお菓子なんて、簡単に作れるのよ」
『えぇ……』
「辛くて酸っぱくて苦くて、口に入れたら臭くなるお菓子は、眠気覚ましにも使えるのよ」
『こわっ!』
わざと吐く程不味くしたお菓子だった。実際ミューゼは吐いている。そうなる前提なので、桶もパフィによってバッチリ用意されている。
「お゛え゛ぇ……パフィ……ひどい……」
涙と鼻水と嘔吐物でグチャグチャになった顔で、恨みがましくパフィを見上げるミューゼ。
そんなに不味いの?と、見ていた2人はドン引きしている。
「えっと、大丈夫なの? 毒とか入れた?」
「毒なんて邪道中の邪道なのよ。ただ不味いだけで健康にはとても良いのよ」
「なんて有難迷惑!?」
ラスィーテ人は毒を使えない。ヒトの体を壊す物は、食材ではないからだ。能力で調理すると、人体に悪影響を与える要素は自然と取り除かれる。毒を食べられるように加工する場合は、その過程だけを手作業で行う事になる。
料理の味は自由自在。その力で、限界まで美味しく出来るのと同じように、極限まで不味くも出来るのだ。
口直し用の水をミューゼに渡し、改めて質問した。
「目が覚めたのよ? 一体何があったのよ?」
「んぐっ、んぐっ、はぁ……これよ」
少し落ち着いたミューゼが、鞄から1枚の紙を取り出して見せた。
「はぁ!?」
「あぁ~……」
紙に描かれていたのは、少し荒いが女神ミューゼと女神パフィの絵。教会の壁画にされた、アリエッタの絵である。
驚愕するパフィの後ろで、クォンが天を仰いでいた。
「なんでコレが!?」
「ゴメン、それクォンのせい」
「あんたかああああああ!! あんたのせいかあああああ!!」
クォンの自白でミューゼが暴走。犯人を締め上げた。
「ぐえっ、ごめ……」
ガクガクガク
「ちょっとミューゼ、落ち着いてえええ!」
ミューゼが放心していた理由は簡単。エインデルブルグでミューゼの絵が大量配布され、絵のコピー元を知った人々が教会の壁画を見てしまった。そこから情報収集をし、リージョンシーカー本部で張り込みをした所に、仕事を終えたミューゼ本人がのこのこやってきたのだ。
突然人々に囲まれ、自分の絵のコピーを見せられ、サインと握手を求められ、ミューゼは目を回して混乱した。そこへ偶然やってきたピアーニャによって、なんとか救助。丁度打ち合わせに来ていたネフテリアによって、ニーニルに帰されたという訳である。
あまりの出来事に、ミューゼの頭が追い付かず、アホ面での帰宅となってしまったのだった。
「し、死ぬかと思った……」
「ふーっ、ふーっ、シャーッ」
なんとか2人を引き剥がし、興奮するミューゼを落ち着けていると、突然家中に悲鳴が響いた。
「いやああああああ!!」
「テリア!?」
「ネフテリア様!?」