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昼休み。遥はいつも通り、ひとりで弁当を広げるふりだけをして、箸も持たず、机に肘をついていた。
その視線の先。
少し離れた席で、日下部が数人の男子と話している。
笑っている──ように見えた。
(……あんな顔、俺には見せないくせに)
そう思った瞬間、胸の奥で何かがちくりと痛んだ。
自分でも意味が分からない感情だった。
怒りでも嫉妬でもなく──ただ、ひどく置いていかれる感じ。
(あのとき、手……伸ばさなきゃよかった)
昨日の夜。あの沈黙。
何もされなかった安心と、
何もされなかった苦しさが、ごちゃ混ぜになって残っている。
──何もされなかったから、
自分はただの「哀れな人間」として置かれただけなんだ。
そう思うと、胃の奥がざらついた。
同時に、胸の中に、じくじくとした「欲望」が顔を出す。
(……どうせなら、壊してくれよ)
(中途半端に守るなよ)
自分を汚すような思考。
でも、それが遥にとっての「愛されたい」の最終形だった。
「……遥」
不意に、日下部が声をかけてきた。
いつのまにか、隣に立っていた。
遥は、気づかないふりをした。
目も合わせず、無言で視線を背ける。
日下部は少し困ったように眉を下げた。
「……昨日、ありがとな。ちゃんと寝れた?」
優しげな声音。
──けれど、遥にはそれが「見下し」にしか聞こえなかった。
(“いいことしてあげた”みたいな顔しやがって)
「別に……寝てねぇし。てか、何、今さら」
「いや……なんか、気に障ること言ったなら、ごめん」
その言葉に、遥はぴくりと反応した。
「気に障ること」──それは、遥の中に“地雷”があると決めつけているようにも聞こえた。
「……何も言ってねぇじゃん。なに勝手に“謝ってる風”の顔してんの?」
棘のある声で言い返す。
教室の空気がわずかに波打つ。
日下部はそれ以上、何も言わなかった。
口を閉じて、そのまま席に戻った。
──遥は、その背中を見送りながら、唇の内側を噛んだ。
(……何やってんだよ、俺)
傷つけて、追い返して。
自分で壊したくせに、いなくなると苦しい。
(抱かれたいって思ってる……くせに。
抱かれたら、“日下部が終わる”って思ってるくせに)
机に伏せたその下で、遥の拳は静かに震えていた。