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「……童。何を、そんなに険しい顔をしている」
朱雀が、煌の鎖骨をなぞる指に力を入れた。まるで、自分の隣で別の男のことを考えているのが気に入らないとでも言うように。
「別に。……お前が重いっつってんだよ」
ようやく辿り着いた寝所の重厚な扉を、煌は肩で押し開けた。
室内には、香の匂いと、冷え切った夜の静寂が沈殿している。煌は崩れ落ちるように歩みを止めた朱雀を、そのまま広い寝台の上へとなだれ込ませた。
「ほら、着いたぞ。……大人しく寝ろ」
支えていた腕を離そうとした、その時だった。
朱雀の大きな手が、煌の特攻服の袖をぎゅっと掴んだ。
「今夜は傍に居てくれ……」
黄金色の瞳が不安そうに、煌の視線を求めて彷徨っている。
普段の傲岸不遜な態度からは想像もつかないほど、その声は掠れ、震えていた。まるで、今この手を離せば、自分という存在が暗い澱みの底へ永遠に沈んでしまうとでも恐れているかのように。
「……っ、おい。……お前、マジでどうしちまったんだよ」
煌は、振り払おうとした手を止めた。
朱雀の肌から伝わってくるのは、やはり火傷しそうなほどの熱、そして――その奥で脈打つ、魂を凍らせるような異質な冷気だ。
「どうもせぬ。――ただ、人肌が恋しいだけだ……」
「――……っ」
心臓が、どくんと嫌な音を立てた。
真っ向からそんな事を言われるなんて、予想もしていなかった。
朱雀の指先が、煌の特攻服の袖をさらに強く握りしめる。その大きな身体が、熱に浮かされながらも小刻みに震えているのが、腕を通じて伝わってきた。
(……人肌が恋しい、だと? どの口が言ってんだよ、このエロ鳥が……っ)
喉まで出かかった罵倒は、朱雀の黄金色の瞳に宿る、あまりに切実な「渇き」を見て飲み込んだ。
今のこいつは、いつもの余裕たっぷりな神様じゃない。内側から何かに喰い破られそうで、必死に自分の輪郭を保とうとしている、ただの弱りきった生き物だ。
「……たく。……マジで世話が焼ける奴」
煌は吐き捨てるように言うと、乱暴に、けれど折れ物を扱うような手つきで、朱雀の頭を自分の膝の上へと引き寄せた。
「ほら。……これで満足かよ」
朱雀は驚いたように一度だけ瞬きをし、それから深く、深く、煌の体温を確かめるように吐息を漏らした。
柔らかい髪が膝をくすぐり、煌は一瞬顔を顰める。
「……温かいな。……お主の熱は、わしの火を焼かぬ。ただ、静めてくれる……」
「……当たり前だろ。俺は人間なんだから。お前みたいに年中燃えてねーんだわ。つか、くすぐったいって」
「そうか?」
膝枕が気に入ったのか、朱雀は更に深く身を寄せてくる。何度も頭の位置を微調整するのは、ちょうどいい場所を探しているのか、それとも煌がくすぐったがるのを確信犯的に楽しんでいるのか。
気持ちよさそうに目を細めながら、微かに喉を鳴らして笑っている様子は、さっきまでの「死にかけの神様」とはまるで別人のようだ。 むしろ、日向で丸くなる巨大な猫か何かに見えてくる。
「たく……少しは元気になったみたいだな」
苦笑しつつ手を伸ばし、朱雀の乱れた前髪を漉いた。滑らかな感触に触れているとなんだかむず痒いような気持になってくる。
そっと頭を撫でていると、ふいに腰に手が回った。
「ぅわっ!?」
いきなりだったから、思わず変な声を上げてしまった。飛び上がりそうになった煌を見て、朱雀は我慢できないと言った風で小さく笑った。
「てめっ、笑ってんじゃねぇよ! いきなり抱きついてくんじゃねーっつーの!」
「ふ……。お主があまりに無防備に撫でるのがいけないのだ。こうして捕まえておかなければ、どこかへ消えてしまいそうでな」
朱雀は腕の力を緩めるどころか、さらに深く顔を煌の腹に押し当て、その温もりを独占するように抱きしめた。
「たく、……消えねぇよ。お前が寝るまでは、付き合ってやるって言っただろ」
煌は呆れ半分で、それでも突き放すことはできずに、朱雀の背中にそっと手を置いた。
「そうだったな。どうせなら添い寝してくれたらもっといいのだが」
「あ? 調子乗ってんじゃねぇぞコラ。随分復活したみたいじゃねぇか?」
煌はわざとらしく眉を吊り上げ、膝の上の頭を軽く小突いた。だが、朱雀は退くどころか、その腕にぐいと力を込め、煌の腰を自分の胸元へと引き寄せる。
「ふ……。お主の温もりが心地よくてな。身体は楽になったが、心がまだお主を求めて止まぬのだ」
「……っ、そういう恥ずかしい台詞をサラッと言うんじゃねぇよ!」
「わしは事実を述べたまでだ。何を恥ずかしがる必要がある?」
朱雀は事もなげに言い放ち、煌の腰を抱く腕にさらに力を込めた。薄衣越しに伝わるその心音は、依然として早鐘のように打ち鳴らされている。
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